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一章

34.過去の記憶と躊躇い2

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 フェリクスが会話を切り上げて部屋を出ようとする。

「……待って」

 しかし、それをミルフィは呼び止めた。
 ピタリと足を止めてフェリクスが振り向くと、ミルフィが無言で再び座るようにと促した。
 フェリクスはそれに黙って従う。
 しかしミルフィは硬く口を閉ざしたままで、その口を開く気配が無かった。
 そしてその瞳は、不安で揺れていた。
 その様子にフェリクスは少しだけ眉をひそめて、それから優しく言い聞かせるように告げる。

「姉上、先程僕が言ったことは、本当に気にしなくていいんです。ただ、僕があまりにも姉上に対して何も出来なくて、それを姉上に当たってしまっただけなんです」

 だから本当に姉上は気にしなくていいんですよ。と、フェリクスはミルフィに微笑みかける。

「それに、姉上が答えたくない、答えられないような質問をしてしまったのは僕の方ですから」

 フェリクスの言葉にミルフィは、気を使わせてしまうなんて……と、ほんの少し後悔する。

「……ねえ、フィル。フィルには、今のわたしはどう見えているのかしら?」

 少しだけ言いにくそうにミルフィが言うと、フェリクスはほんの一瞬だけ目を丸くした。

「突然、どうしたんですか?」

 姉上は姉上にしか見えませんけど……と不思議そうに首を傾げるフェリクスを見て、ミルフィはそういうことじゃなくて、と首を振る。

「さっきのフィルの話を聞いて、わたしはフィルの目にどう映っているのかと疑問に思ったの。……わたしは、結局自分のことしか考えられていないから。だから、どうしてそう思ったのかを聞いてみたくて」

 ごめんなさい、と謝るミルフィにフェリクスはなんで謝るんですかと苦笑した。

「それは謝ることじゃないですよ。……でも、そうですね。姉上は僕から見れば確かに誰かの為を思っての行動をしているようにしか見えないんですよ。昔から誰かに助けを求められたら、簡単に手を差し伸べる人ですからね」

 そう言ってくすりと笑う。

「でも、姉上は前回の記憶に囚われているのかもしれないですね。だからどうしても、どんなことに対しても全てが懺悔するように思えてしまうのではないでしょうか?」
「それは……」

 そうかもしれない、とミルフィは思う。
 確かに自分は今でも前回のことを後悔しているし、悲観も、憤りも感じていた。

「……でも、わたしはやっぱりフィルの言うような人間だとは到底思えない。自己中心的な考えをしているようにしか思えないわ」

 だって、誰かを助けた後でいつも自分は心の内でどこか安堵してしまう。ほっとしてしまう。
 誰かを救うことが出来た。目を逸らさずにいられた、と。

「わたしは結局、自分の過去を精算したいだけ。……あの人のことだってそう。内乱を引き起こしたかもしれないから信頼しないなんて口では言っているけれど、実際は単にまた裏切られるのが怖いだけ。……アルトに見限られたかもしれないと思いたくないだけ」

 アルベルトの名前を口にしたミルフィにフェリクスはほんの少し目を細めた。

「……そうですか」
「でも、わたしはやっぱり駄目ね。……気が付くとアルベルトに心を許そうとしてしまうんだもの。アルトに裏切られた時のことを、今でも鮮明に憶えているのに。その時に感じた思いだって、何もかもを忘れてなんていないのに。……それでも、時々本当は違かったのかもしれないなんて思ってしまう」

 都合良く考えてしまうのよ、とミルフィは自身を嘲笑した。
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