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一章
13.王女は孤児を演じる
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ローネイン公爵領にある、この国の宗教のセリネア教の教会の前に、ひとりの少女とひとりの青年が立っていた。
少女は教会を見渡して、感嘆のため息をついた。
「すごい!!こんなに教会って大きいのね!!」
「少しは落ち着け、でん……ミリア」
はしゃぐ少女を嗜めながら青年も教会を見上げた。
「それにしても、まあ確かにすごいな…」
青年も感心した様子で呟いていた。
そんな様子を横から眺めてから、少女は青年の手を引いて、耳元に口を寄せた。
「いい?ここからはわたし達は兄妹なのよ?間違っても殿下とは呼ばないように」
ね、兄さん。と屈託のない笑みを浮かべ、少女——ミルフィは教会の扉に付いている蝶番に手を掛けた。
「名前はなんて言うのかな?」
「わたしはミリアです!」
「俺は兄のアルと言います」
ミルフィ達は早速教会の中に入ると、ここの司祭と名乗る男の元へと案内された。
そこで自己紹介をする。
そしてどういった経緯で孤児になってしまったのかを説明すると、司祭はここで暮らすといい、と言って快く部屋を用意してくれた。
部屋はあまり広くなく、これならばミルフィの風呂場の方が広いのではと感じるほどのものだった。ベッドは二段ベッドになっていて、ミルフィ達が二人で一つの部屋を使うことになるのは明らかだった。
案内してくれた信者の人にお礼を言って扉を閉めると、ミルフィは備え付けの机とセットになった椅子に座り、溜め息をついた。
「まあ、ここまでは上手くいったわね」
取り敢えずは上々だろうと評価をつける。
(公爵が訪れるのはあと二週間後。それまでにここの司祭には扱いやすい印象を持ってもらってそのまま公爵に売ってもらえるようにしないと)
そのために媚を売ることになるのか、と少しうんざりしてしまう。
さて、どうしたものか……と考えを巡らせていると、アルベルトの感心したような声に遮られた。
「本当に溶け込むのが上手いんだな、殿下は。どこからどう見てもそこらへんにいる子供のようだった」
果たしてそれは褒められているのか貶しているのか。
この場合は褒め言葉だろうとは安易に想像つくが、王女としてのプライドで言えば失礼だと思ってしまう。
仕方がないから開き直ることにして素直に褒め言葉として受け取っておくことにした。
「ありがとう。……兄さん」
ミリアの言葉にアルベルトはピクリとも肩を揺らした。
「……見張り、か?」
「恐らく、魔法で干渉されているようね。でもこれは音声までは拾えないくらい弱いものよ」
それでも監視されるのは厄介ね、と呟くとミルフィは自身がいつも身につけているペンダントを取り出した。
「それは?」
「わたしの大事なお守り」
ミルフィが手にしたペンダントは、花の形に象られ、光に反射するたびに色が変わる不思議なものだった。
その中央にはミルフィの瞳と同色の青玉が埋め込まれており、花びらひとつひとつはとても繊細なもので、それがとても巧妙で、かつ高度な技術を持つものが作った物だということが容易に分かるものだった。
それを握りしめてミルフィは心の中で強く願う。
(風よ、声を攫って。水よ、姿を奪って)
ミルフィは自身の力によって《結界》を創り出すと、こんなものかと頷いた。
それを怪訝そうにアルベルトが眺めていた。
「ミリア、何をしたんだ?」
「少しだけ、お守りに願いを込めたのよ。気にしなくていいわ」
余計なことは探るなとその瞳で語る。
目は口ほどに物を言うとはこのことだろう、とアルベルトは内心で思った。
「まあ、簡単に言うと向こうの干渉を少しだけ遮断したのよ。今頃干渉している者にはわたし達の幻影が映し出されているはず」
そんなことが可能なのかと疑いたくなるが、とりあえずそうか、とアルベルトは流すことにした。
普通なら嘘だと思うことも、ミルフィが言うと本当のように思えてしまうのだ。
それは、殿下が妙に自信があるからだろうな、とアルベルトは考える。
(魔石ではそんな高度なことをできるはずもないし、聞いたこともないんだけどな……)
一体どういう仕組みなのだろうか。やはり王族だけが知っている〝なにか〟があるのだろうか、と考えて、自分には関係ないかと思い直した。
「それにしても、あなたの演技たまに不自然になる時があるから気を付けなさい。いつボロが出るかとこっちがひやひやしたわ」
「いや、殿下が言うほどしどろもどろではなかったと思うが」
「そうじゃなくてっ!わたしのことを毎回必ず殿下呼びしようとしていたでしょう?」
だって仕方がないだろう、とアルベルトは思った。
(殿下を殿下呼び以外にしたのが今日が初めてなんだから戸惑うに決まってるだろう)
そうだ、自分はそこまで悪くないはずだ、と自分自身に言い聞かせようとすると、ミルフィが溜め息をついて、呆れた声音で言葉を紡いだ。
「わたしだってあなたのことを兄さんなんて呼ぶのは初めてよ。お兄様なら今まで呼んだときはあるけれど、兄さんなんて生まれてこのかた口にしたことすら無かったわ」
痛いところをつかれてアルベルトは黙り込んでしまった。それを見ながら実は初めてではないけれど、と小さく呟いた。
(前回では兄さんは流石になかったけれどアルベルトをアルトとは呼んでいたし……まあ、そのおかげで未だにアルベルト呼びが間違えそうになることがあるのだけれど)
唐突に〝アルト〟なんて呼んだ日にはきっと自分がいたたまれない気持ちになりそうだ。
今後も気を付けないとな、とミルフィはアルベルトを見つめながらそう心に刻んだ。
少女は教会を見渡して、感嘆のため息をついた。
「すごい!!こんなに教会って大きいのね!!」
「少しは落ち着け、でん……ミリア」
はしゃぐ少女を嗜めながら青年も教会を見上げた。
「それにしても、まあ確かにすごいな…」
青年も感心した様子で呟いていた。
そんな様子を横から眺めてから、少女は青年の手を引いて、耳元に口を寄せた。
「いい?ここからはわたし達は兄妹なのよ?間違っても殿下とは呼ばないように」
ね、兄さん。と屈託のない笑みを浮かべ、少女——ミルフィは教会の扉に付いている蝶番に手を掛けた。
「名前はなんて言うのかな?」
「わたしはミリアです!」
「俺は兄のアルと言います」
ミルフィ達は早速教会の中に入ると、ここの司祭と名乗る男の元へと案内された。
そこで自己紹介をする。
そしてどういった経緯で孤児になってしまったのかを説明すると、司祭はここで暮らすといい、と言って快く部屋を用意してくれた。
部屋はあまり広くなく、これならばミルフィの風呂場の方が広いのではと感じるほどのものだった。ベッドは二段ベッドになっていて、ミルフィ達が二人で一つの部屋を使うことになるのは明らかだった。
案内してくれた信者の人にお礼を言って扉を閉めると、ミルフィは備え付けの机とセットになった椅子に座り、溜め息をついた。
「まあ、ここまでは上手くいったわね」
取り敢えずは上々だろうと評価をつける。
(公爵が訪れるのはあと二週間後。それまでにここの司祭には扱いやすい印象を持ってもらってそのまま公爵に売ってもらえるようにしないと)
そのために媚を売ることになるのか、と少しうんざりしてしまう。
さて、どうしたものか……と考えを巡らせていると、アルベルトの感心したような声に遮られた。
「本当に溶け込むのが上手いんだな、殿下は。どこからどう見てもそこらへんにいる子供のようだった」
果たしてそれは褒められているのか貶しているのか。
この場合は褒め言葉だろうとは安易に想像つくが、王女としてのプライドで言えば失礼だと思ってしまう。
仕方がないから開き直ることにして素直に褒め言葉として受け取っておくことにした。
「ありがとう。……兄さん」
ミリアの言葉にアルベルトはピクリとも肩を揺らした。
「……見張り、か?」
「恐らく、魔法で干渉されているようね。でもこれは音声までは拾えないくらい弱いものよ」
それでも監視されるのは厄介ね、と呟くとミルフィは自身がいつも身につけているペンダントを取り出した。
「それは?」
「わたしの大事なお守り」
ミルフィが手にしたペンダントは、花の形に象られ、光に反射するたびに色が変わる不思議なものだった。
その中央にはミルフィの瞳と同色の青玉が埋め込まれており、花びらひとつひとつはとても繊細なもので、それがとても巧妙で、かつ高度な技術を持つものが作った物だということが容易に分かるものだった。
それを握りしめてミルフィは心の中で強く願う。
(風よ、声を攫って。水よ、姿を奪って)
ミルフィは自身の力によって《結界》を創り出すと、こんなものかと頷いた。
それを怪訝そうにアルベルトが眺めていた。
「ミリア、何をしたんだ?」
「少しだけ、お守りに願いを込めたのよ。気にしなくていいわ」
余計なことは探るなとその瞳で語る。
目は口ほどに物を言うとはこのことだろう、とアルベルトは内心で思った。
「まあ、簡単に言うと向こうの干渉を少しだけ遮断したのよ。今頃干渉している者にはわたし達の幻影が映し出されているはず」
そんなことが可能なのかと疑いたくなるが、とりあえずそうか、とアルベルトは流すことにした。
普通なら嘘だと思うことも、ミルフィが言うと本当のように思えてしまうのだ。
それは、殿下が妙に自信があるからだろうな、とアルベルトは考える。
(魔石ではそんな高度なことをできるはずもないし、聞いたこともないんだけどな……)
一体どういう仕組みなのだろうか。やはり王族だけが知っている〝なにか〟があるのだろうか、と考えて、自分には関係ないかと思い直した。
「それにしても、あなたの演技たまに不自然になる時があるから気を付けなさい。いつボロが出るかとこっちがひやひやしたわ」
「いや、殿下が言うほどしどろもどろではなかったと思うが」
「そうじゃなくてっ!わたしのことを毎回必ず殿下呼びしようとしていたでしょう?」
だって仕方がないだろう、とアルベルトは思った。
(殿下を殿下呼び以外にしたのが今日が初めてなんだから戸惑うに決まってるだろう)
そうだ、自分はそこまで悪くないはずだ、と自分自身に言い聞かせようとすると、ミルフィが溜め息をついて、呆れた声音で言葉を紡いだ。
「わたしだってあなたのことを兄さんなんて呼ぶのは初めてよ。お兄様なら今まで呼んだときはあるけれど、兄さんなんて生まれてこのかた口にしたことすら無かったわ」
痛いところをつかれてアルベルトは黙り込んでしまった。それを見ながら実は初めてではないけれど、と小さく呟いた。
(前回では兄さんは流石になかったけれどアルベルトをアルトとは呼んでいたし……まあ、そのおかげで未だにアルベルト呼びが間違えそうになることがあるのだけれど)
唐突に〝アルト〟なんて呼んだ日にはきっと自分がいたたまれない気持ちになりそうだ。
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