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一章

4.夜会の裏に潜む影

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 会場に入ると、ミルフィはまず挨拶をしなければならない貴族たちの元へとフェリクスと一緒に順番に回って行く。その最中、老若男女問わず数多くの視線がミルフィに向けられていた。
 その視線には比較的好感情のものから嫌悪を抱くような感情まで、実に様々なものがあった。
 王女として人に見られることに慣れはある。しかし、舐めるよにじっとりとした視線を向けられるのはいくら慣れていようとも嫌悪感は募る一方である。見世物となった気分だ。
 吐き気が込み上げて来るのも仕方がないことだろう。

「姉上、少し休憩しましょうかぁ?」

 一通り挨拶が終わると、フェリクスが気を利かせて料理の置いてある場所へとミルフィをエスコートしていった。

「ありがとう、フィル。……ほんと、うんざりするわね」

 あまり人目につかないような場所に二人で飲み物と少量の食べ物を持って移動すると、ミルフィは盛大に溜め息を零した。

「まるで見世物小屋にいる珍しい動物扱いですよね~。まあ、気持ちは分からなくもありませんけどぉ~」
「……」

 フェリクスの言葉を無視してミルフィは改めて会場を見渡した。そこには沢山の人で溢れかえり、中央ではダンスを踊る者や、隅で会話をしている者が多く見受けられた。

「……レオンハルトお兄様は今回は参加していないのね」

 会場中をぐるりと見渡してからミルフィはポツリと呟いた。
 レオンハルトは第二王子であり、ミルフィの腹違いの兄である。いつもどこか飄々としていて、それでいて相手をよく見ている。どこからか秘密を暴いてきては、それを元に貴族たちの弱みを握る。
 二番目の兄であるレオンハルトとは、ミルフィにとって油断ならない人物の一人であったりする。

「ああ、そのようですね~。ウィルヘルム兄上は参加しているようですけどねぇ」

 ウィルヘルムはミルフィの一番目の腹違いの兄で、第一王子でもある。紳士的で、ミルフィ達兄弟の中では一番王子様らしい人だが、その性格は理性的だ。
 一度敵と認定したものには容赦しないという、これまたミルフィにとっては油断も隙もない人物であった。

「そう。ウィルヘルムお兄様が……」

もレオンハルトお兄様は参加していなかった。やはりも同じね)
 それならばやはりも同じなのだろう。

「フィル、わたしは庭園に出ることにするわ」
「あ、それじゃあ僕もついていきますかぁ?」
「いえ、フィルはここにいて」

 ミルフィの言葉にフェリクスは首を傾げる。

「一人だと姉上の場合は危ないですよ~?良からぬことを考えた狸やら虫が綺麗な花に群がるようにうじゃうじゃ寄ってきますよ~?」
「それを狙っているのよ」

ミルフィの告げた言葉にフェリクスは首を傾げて不思議そうに視線を向ける。

「はい?」

どうしてと言いたげた視線を受けながら、ミルフィはあっさりと理由を話した。

「誘拐の計画があるってこと、さっき話したでしょう?さっさとそれを片付けておきたいの」

 わたしから庭園に出ていまえば話は早いでしょうと言う言葉にフェリクスは成る程と頷いた。

「そう言うことなら僕はここにいますね~。姉上が無事でいることを願ってますよぉ。まあ、姉上なら無事だとは思いますかどぉ~」
「そうね、多分平気だと思うわ」

 フェリクスに空いたグラスを渡してからその場を離れようとして姉上、とフェリクスに呼び止められる。

「どうかしたかしら?」

踏み出しかけた足を元に戻して、ミルフィはフェリクスへと向き直ると、フェリクスは少しだけ言いにくそうにミルフィに尋ねた。

「今回の首謀者はどちら様か訊いてもいいですかぁ?」
「ああ、そのことね。計画をたてているのはオルコット伯爵よ。貴方も知っているでしょう?」

 オルコット伯爵はレオンハルト派の貴族である。
 今現在、シルバート王国では、四つの派閥に分かれていた。
 一つ目は第一王子、ウィルヘルムの派閥。
 二つ目は第二王子、レオンハルトの派閥。
 三つ目は第五王子、ハインリッヒの派閥。
 そして最後に、ミルフィの派閥。
   本来ならば、弟のフェリクスの派閥が出来るところなのだが、フェリクスは早々に王位継承権を放棄していた。
 血筋的なもので言えば、正妃の子供であるフェリクスかミルフィが次期王になることが望ましいのだが、フェリクスは王位継承権を放棄して、ミルフィは女だ。
 この国では女王も認められているが、それでも圧倒的に王の方が多い。だからこそ側妃達の第一息子である三人が正式に王位継承権を承ることとなったのだ。
 それぞれの派閥は、他の継承権持ちの王子達を厭う。
 その為、頻繁に暗殺されそうになったり、今回のミルフィのように誘拐を目論まれたりするのはよくあることなのである。

「それは兄上の指示ですかぁ?まあ違うとは思いますけどぉ」
「伯爵の独断よ」

 フェリクスの問いにミルフィは頷いた。

「でも実際お兄様達は、そして、ハインリッヒはわたしのことをどう思っているのかしらね」

 そう言ってミルフィは自身の兄二人と弟に想いを馳せた。

「……まあ、いいわ。今はそんなことを考えている暇は無いもの。それじゃあフィル、行ってくるわね」
「はぁい。健闘を祈ってますので~」

 フェリクスはひらひらと手を振ってミルフィを見送った。






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