上 下
2 / 2

二話

しおりを挟む
「何故殿下が……?」

 思わずローズマリーが口を開くと、彼はこてりと首をかしげてみせる。

「婚約者を迎えに来ることはそんなに変なことだろうか?」
「え、いえ、そういうわけでは……」

 狼狽えるローズマリーにしかしレオンハルトは気にした様子もなく、良かったと微笑み返す。

 そうしてふと視線をローズマリーのドレスへと下げ、嬉しそうに口を開いた。

「そのドレス、着てくれたんだね。贈らせてもらった甲斐があるよ」
「……ええ、その、ありがとうございます」

 その言葉にああ、と彼女は何故ドレスが今回だけ違うのかを理解した。そのドレスの色は彼の瞳の色と同じなのだ。つまり、このドレスの贈り主はレオンハルトだということを指していた。

 しかしそこまで理解してもとてもでは無いが頭が追いついてこない。 

 一体これはどういうことなのだろうか。

 何故、ローズマリーの婚約者がレオンハルトになっているのか。五度目の人生なんだかよく分からない方向に変わってません!?と彼女は心の中で叫んだ。

 しかしこれでは当初予定していた悪役令嬢になるという目標が達成できないのではないだろうかとふと彼女は不安になる。なにせ例の少女はエドガーに近付いたのだ。レオンハルトの婚約者となった今の自分の身では彼女に悪事を仕出かす理由が見当たらない。

 と、そこまで考えてふと思いとどまる。

 (あれ、でももしかしてレオンハルト殿下と婚約関係にあったら変な罪をでっち上げられたりすることなんてなくこの一年を生きることが出来るんじゃないかしら)

 ローズマリーはしげしげとレオンハルトを見つめた。

 サラサラの金糸雀のような美しい金髪にエメラルドを思い起こさせる翠色の瞳。そのかんばせは人形のように精巧で美しく、それこそ物語の王子様のようである。

 そんな彼はこの国の王太子としても有能であった。どこかの誰かさんとはまるで大違いである。

 そんな彼が何故だか分からないが今回のループでは婚約者となっているのだ。もしかしたら、とどこかでローズマリーは希望を見出してしまった。

 ───もしかしたら、生きる道があるのかもしれない、と。

「ローズマリー、私の顔になにか着いてる?」
「……いえ、なんでもありません殿下」

 いけない、あまりにもまじまじと見すぎてしまったかもしれないと彼女はゆるりと首を振る。

「そう?ならいいんだけれど……それと殿下なんて他人行儀な呼び方じゃなくていつもみたいにレオンハルトと呼んで欲しいな」

 きみには名前で呼んでいてもらった方が嬉しいんだ、と笑うレオンハルト。
 いつ自分がレオンハルトのことを名前で呼んだのかなんて勿論記憶にあるはずもなく、内心でローズマリーは首を傾げるものの、きっとこのループされる前の出来事であったのだろうと結論付けた。
 そして恐る恐るその名前を呼んでみせる。

「……レオンハルト様?」
「うん、その呼び方の方が嬉しい」
「左様ですか……」

 にこりと甘く微笑む彼にローズマリーはほっと胸を撫で下ろす。どうやらその呼び方が正しかったようだ。

 そんな彼女の前にレオンハルトは手を差し出すと、エスコートさせていただいても?と口角を上げる。その手に重ねるように自身の手を置き、ローズマリーはお願いしますと告げて馬車までの道を歩いていった。


 * * *

 この夜会は、王家が主催する社交シーズンの幕開けを告げる最初の催しである。
 通称「春告の夜会」と呼ばれるそれは様々な貴族が王都へ集い、またデビュタントを行うのに最適な夜会でもあった。

 そんな夜会で彼女は現れるのだ。今年がデビュタントの年の彼女のことを知るものはこれまではまだ殆どおらず、今日この日をきっかけに運命は狂い出していく。

 婚約者が変わったとは言えどあまり積極的に彼女に会いたいと思わないローズマリーは、細心の注意を払いつつ夜会会場へと足を踏み入れた。

 会場内は五回とも何も変わっておらず、煌びやかなセッティングに圧倒される。公爵家の令嬢としてそれなりに高価なものや華美なものに見慣れてはいるが、やはり王家主催の夜会ともなると規模もレベルも違うのだと何度見ても思い知らされる。

「大丈夫。きみはこの場にいる誰よりも綺麗だよ」

 そんなローズマリーの耳元に囁くように甘い言葉を吐かれた。
 ぽかんとしながらレオンハルトを見上げれば、彼はなんでもないような顔をして背中に手を添えた。

 (……レオンハルト様ってたらしか何かなの?)

 四度目までの人生で大して関わりのない相手だったのでいまいちローズマリーはレオンハルトの性格を図りきれずにいる。
 しかしまあ、婚約者を蔑ろにするような人間に比べたらましなのだろう。ましどころか、婚約者を立ててくれるなんて立派な紳士である。

 兄からそういう部分も学んで欲しかったわね、とローズマリーは思った。

 そうすれば少なくともエスコートくらいはしてくれたのではないのだろうかと。






しおりを挟む

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

【短編】転生悪役令嬢は、負けヒーローを勝たせたい!

夕立悠理
恋愛
シアノ・メルシャン公爵令嬢には、前世の記憶がある。前世の記憶によると、この世界はロマンス小説の世界で、シアノは悪役令嬢だった。 そんなシアノは、婚約者兼、最推しの負けヒーローであるイグニス殿下を勝ちヒーローにするべく、奮闘するが……。 ※心の声がうるさい転生悪役令嬢×彼女に恋した王子様 ※小説家になろう様にも掲載しています

悪役令嬢になる前に、王子と婚約解消するはずが!

餡子
恋愛
恋愛小説の世界に悪役令嬢として転生してしまい、ヒーローである第五王子の婚約者になってしまった。 なんとかして円満に婚約解消するはずが、解消出来ないまま明日から物語が始まってしまいそう! このままじゃ悪役令嬢まっしぐら!?

【完結】もったいないですわ!乙女ゲームの世界に転生した悪役令嬢は、今日も生徒会活動に勤しむ~経済を回してる?それってただの無駄遣いですわ!~

鬼ヶ咲あちたん
恋愛
内容も知らない乙女ゲームの世界に転生してしまった悪役令嬢は、ヒロインや攻略対象者たちを放って今日も生徒会活動に勤しむ。もったいないおばけは日本人の心! まだ使える物を捨ててしまうなんて、もったいないですわ! 悪役令嬢が取り組む『もったいない革命』に、だんだん生徒会役員たちは巻き込まれていく。「このゲームのヒロインは私なのよ!?」荒れるヒロインから一方的に恨まれる悪役令嬢はどうなってしまうのか?

王子好きすぎ拗らせ転生悪役令嬢は、王子の溺愛に気づかない

エヌ
恋愛
私の前世の記憶によると、どうやら私は悪役令嬢ポジションにいるらしい 最後はもしかしたら全財産を失ってどこかに飛ばされるかもしれない。 でも大好きな王子には、幸せになってほしいと思う。

不機嫌な悪役令嬢〜王子は最強の悪役令嬢を溺愛する?〜

晴行
恋愛
 乙女ゲームの貴族令嬢リリアーナに転生したわたしは、大きな屋敷の小さな部屋の中で窓のそばに腰掛けてため息ばかり。  見目麗しく深窓の令嬢なんて噂されるほどには容姿が優れているらしいけど、わたしは知っている。  これは主人公であるアリシアの物語。  わたしはその当て馬にされるだけの、悪役令嬢リリアーナでしかない。  窓の外を眺めて、次の転生は鳥になりたいと真剣に考えているの。 「つまらないわ」  わたしはいつも不機嫌。  どんなに努力しても運命が変えられないのなら、わたしがこの世界に転生した意味がない。  あーあ、もうやめた。  なにか他のことをしよう。お料理とか、お裁縫とか、魔法がある世界だからそれを勉強してもいいわ。  このお屋敷にはなんでも揃っていますし、わたしには才能がありますもの。  仕方がないので、ゲームのストーリーが始まるまで悪役令嬢らしく不機嫌に日々を過ごしましょう。  __それもカイル王子に裏切られて婚約を破棄され、大きな屋敷も貴族の称号もすべてを失い終わりなのだけど。  頑張ったことが全部無駄になるなんて、ほんとうにつまらないわ。  の、はずだったのだけれど。  アリシアが現れても、王子は彼女に興味がない様子。  ストーリーがなかなか始まらない。  これじゃ二人の仲を引き裂く悪役令嬢になれないわ。  カイル王子、間違ってます。わたしはアリシアではないですよ。いつもツンとしている?  それは当たり前です。貴方こそなぜわたしの家にやってくるのですか?  わたしの料理が食べたい? そんなのアリシアに作らせればいいでしょう?  毎日つくれ? ふざけるな。  ……カイル王子、そろそろ帰ってくれません?

乙女ゲームのヒロインに転生したらしいんですが、興味ないのでお断りです。

水無瀬流那
恋愛
 大好きな乙女ゲーム「Love&magic」のヒロイン、ミカエル・フィレネーゼ。  彼女はご令嬢の婚約者を奪い、挙句の果てには手に入れた男の元々の婚約者であるご令嬢に自分が嫌がらせされたと言って悪役令嬢に仕立て上げ追放したり処刑したりしてしまう、ある意味悪役令嬢なヒロインなのです。そして私はそのミカエルに転生してしまったようなのです。  こんな悪役令嬢まがいのヒロインにはなりたくない! そして作中のモブである推しと共に平穏に生きたいのです。攻略対象の婚約者なんぞに興味はないので、とりあえず攻略対象を避けてシナリオの運命から逃げようかと思います!

悪役令嬢に転生したら溺愛された。(なぜだろうか)

どくりんご
恋愛
 公爵令嬢ソフィア・スイートには前世の記憶がある。  ある日この世界が乙女ゲームの世界ということに気づく。しかも自分が悪役令嬢!?  悪役令嬢みたいな結末は嫌だ……って、え!?  王子様は何故か溺愛!?なんかのバグ!?恥ずかしい台詞をペラペラと言うのはやめてください!推しにそんなことを言われると照れちゃいます!  でも、シナリオは変えられるみたいだから王子様と幸せになります!  強い悪役令嬢がさらに強い王子様や家族に溺愛されるお話。 HOT1/10 1位ありがとうございます!(*´∇`*) 恋愛24h1/10 4位ありがとうございます!(*´∇`*)

その国外追放、謹んでお受けします。悪役令嬢らしく退場して見せましょう。

ユズ
恋愛
乙女ゲームの世界に転生し、悪役令嬢になってしまったメリンダ。しかもその乙女ゲーム、少し変わっていて?断罪される運命を変えようとするも失敗。卒業パーティーで冤罪を着せられ国外追放を言い渡される。それでも、やっぱり想い人の前では美しくありたい! …確かにそうは思ったけど、こんな展開は知らないのですが!? *小説家になろう様でも投稿しています

処理中です...