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第二幕 番外編
納涼・雀荘に巣食う怪異〜呪いのリャンピン牌〜③
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ギリギリ上半身が通るくらいの大きさの穴に、庄助はまるで猫みたいに体を入れ込む。ダボついたオーバーサイズのジーンズが、割れた壁の凹凸に引っかかっているのか、腰の部分が通らない。
頭を上げるとそこはやはり、従業員の事務所及び休憩所のようだった。暗くてちゃんと見えないが、二段組のロッカーやPCを置いた簡素なデスク、革張りの古めかしいテーブルセットなどが置かれている。
店側に下半身だけ出した不思議な格好で、スマホのライトで地面を照らしながら、ツヤツヤとした雀牌を拾い上げる。二つの紺色の円を、白く花の形に抜いた、スタンダードなリャンピン牌だ。
目的を果たした庄助は、身体を抜こうと身を捩った。その時背中側に割れた壁面の尖った部分が触れて、驚いて手が滑った。
「あ……っ」
カシャンと音を立てて、スマホが転げ落ちた。カバーのついた背面を上に向けて、くるくると回転しながら逃げてゆく。
「え、うそやろ」
ぐっと手を伸ばして追いかけるが、勢いよく回転したスマホは、部屋の中ほどのテーブルセットの足に側面をぶつけてようやく止まった。
このままでは届かない。完全に身体を入れてしまうか、一旦抜いて長い棒か何かで引き寄せるかの二択だった。
少し考えて、庄助は後者を選択した。さっき店内に見えたモップを使ってスマホを救出しようと、身体を引く。
が。
「……うそやろ」
先程と同じ台詞だが、今のほうがずっと絶望の色が滲んでいる。前にも後ろにも、動かない。抜けないのだ。
多分おそらく。砕けて毛羽立った壁材、石だか木だか知らないが、それに服の布がうまいこと引っかかってしまっているか、さもなくばジーンズのベルトループに、突き出たワイヤーか何かが絡んでいるのかもしれなかった。
あくまで全て庄助の想像だ。実際は暗くて見えなかった、迂闊だった。
まさに抜き差しならない状況だ。こんなところでタイトルを回収することになってしまうなんて。
左の手のひらの中に握り込まれてぬるくなったリャンピン牌が恨めしい。庄助はそれをそっと地面に置くと、腰のあたりを探った。
「いやこれ、向こう側やな……」
こちら側から触れない下半身側に、何かが引っかかっているようでどうしようもない。どうしようもないということがどうしようもなくわかって、庄助はにわかに焦りはじめた。
「かっかっ、カゲ……」
先程まで一緒にいた相棒の名前を口に出してしまってから、さっき意気揚々と帰っていいで! などとのたまった自分を思い出す。ああ殴りたい。タイムマシンに乗りたい。
冷静になれ、庄助は深呼吸をした。
大人しく朝まで待ってもいい。死にはしないんだから、それも一つだろう。朝イチで、ビルの清掃の人が見つけてくれるかもしれない。
でもその場合トイレは? こんなところで服を着たまま垂れ流す? 意識すると、もうすでに軽い尿意が腹の奥に感じられる気がする。
「やば、やば……っ」
思ったよりヤバい状況に、背中から汗が噴き出した。
景虎は、本当に帰ってしまったのだろうか。お前の大事な存在が、人知れず壁に挟まってもーてるねんぞ。助けてくれ。
……蒸し暑い。首筋を汗が伝う。静かで真っ暗で、事務所のテーブルの足を無駄にスマホのライトが照らしているばかりだ。
耳をそばだてると、遠くか近くかわからない距離で、ピキピキと家鳴りのような音がしたり、ちいさな何かが走り回る音や、女の笑い声のようなものが聞こえた。
そういえばさっき。ザイゼンがSNSに書いていたのを盗み見たことを思い出す。
《ウチのビルの4階、ジサツした女の霊が出るってゆわれてるけど、どう考えても老害になることのほうが怖いゆぉ。。。》
自殺した女の霊。明るいところで聞いてもなんともないが、真っ暗で心細いこんな状況で改めて考えると、ものすごく恐ろしいワードだ。しかもここは、件の4階である。
頭を上げるとそこはやはり、従業員の事務所及び休憩所のようだった。暗くてちゃんと見えないが、二段組のロッカーやPCを置いた簡素なデスク、革張りの古めかしいテーブルセットなどが置かれている。
店側に下半身だけ出した不思議な格好で、スマホのライトで地面を照らしながら、ツヤツヤとした雀牌を拾い上げる。二つの紺色の円を、白く花の形に抜いた、スタンダードなリャンピン牌だ。
目的を果たした庄助は、身体を抜こうと身を捩った。その時背中側に割れた壁面の尖った部分が触れて、驚いて手が滑った。
「あ……っ」
カシャンと音を立てて、スマホが転げ落ちた。カバーのついた背面を上に向けて、くるくると回転しながら逃げてゆく。
「え、うそやろ」
ぐっと手を伸ばして追いかけるが、勢いよく回転したスマホは、部屋の中ほどのテーブルセットの足に側面をぶつけてようやく止まった。
このままでは届かない。完全に身体を入れてしまうか、一旦抜いて長い棒か何かで引き寄せるかの二択だった。
少し考えて、庄助は後者を選択した。さっき店内に見えたモップを使ってスマホを救出しようと、身体を引く。
が。
「……うそやろ」
先程と同じ台詞だが、今のほうがずっと絶望の色が滲んでいる。前にも後ろにも、動かない。抜けないのだ。
多分おそらく。砕けて毛羽立った壁材、石だか木だか知らないが、それに服の布がうまいこと引っかかってしまっているか、さもなくばジーンズのベルトループに、突き出たワイヤーか何かが絡んでいるのかもしれなかった。
あくまで全て庄助の想像だ。実際は暗くて見えなかった、迂闊だった。
まさに抜き差しならない状況だ。こんなところでタイトルを回収することになってしまうなんて。
左の手のひらの中に握り込まれてぬるくなったリャンピン牌が恨めしい。庄助はそれをそっと地面に置くと、腰のあたりを探った。
「いやこれ、向こう側やな……」
こちら側から触れない下半身側に、何かが引っかかっているようでどうしようもない。どうしようもないということがどうしようもなくわかって、庄助はにわかに焦りはじめた。
「かっかっ、カゲ……」
先程まで一緒にいた相棒の名前を口に出してしまってから、さっき意気揚々と帰っていいで! などとのたまった自分を思い出す。ああ殴りたい。タイムマシンに乗りたい。
冷静になれ、庄助は深呼吸をした。
大人しく朝まで待ってもいい。死にはしないんだから、それも一つだろう。朝イチで、ビルの清掃の人が見つけてくれるかもしれない。
でもその場合トイレは? こんなところで服を着たまま垂れ流す? 意識すると、もうすでに軽い尿意が腹の奥に感じられる気がする。
「やば、やば……っ」
思ったよりヤバい状況に、背中から汗が噴き出した。
景虎は、本当に帰ってしまったのだろうか。お前の大事な存在が、人知れず壁に挟まってもーてるねんぞ。助けてくれ。
……蒸し暑い。首筋を汗が伝う。静かで真っ暗で、事務所のテーブルの足を無駄にスマホのライトが照らしているばかりだ。
耳をそばだてると、遠くか近くかわからない距離で、ピキピキと家鳴りのような音がしたり、ちいさな何かが走り回る音や、女の笑い声のようなものが聞こえた。
そういえばさっき。ザイゼンがSNSに書いていたのを盗み見たことを思い出す。
《ウチのビルの4階、ジサツした女の霊が出るってゆわれてるけど、どう考えても老害になることのほうが怖いゆぉ。。。》
自殺した女の霊。明るいところで聞いてもなんともないが、真っ暗で心細いこんな状況で改めて考えると、ものすごく恐ろしいワードだ。しかもここは、件の4階である。
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