94 / 148
第二幕
10.囚われの子猫と末法の姫君④
しおりを挟む
ただの商品だ、そう言いかけて口を噤んだ。
景虎が言っていた言葉の意味を、庄助はここにきてやっと噛み締めている。厭な言い方だと思ったが、それ以外に例えようがない。
向田が自分たちを見る目も、かける言葉も、全て商品に対するそれで、それ以上でも以下でもないことがわかった。
「ただの、なに? あたしらの何がわかるんだよ」
「わかるやろ、普通に……マトモやない、つーか恋人に身体売らせるとかおかしいって思うやろ」
「……でも! こっち出てきて、あたしをちゃんと相手してくれたのは、ネンジくんだけだったもん」
「だからなんやねん。ホンマ、だからなんやねん!? 2回言うてもーたわ。相手してくれたら殴ってええんか? 身体売った金渡してええんか? 考えろ、しっかりしろって!」
庄助はヒカリの肩を掴んだが、触るなとばかりに振り払われてしまった。
「はあうるさっ……! もういいよ。じゃあ早坂さん、あたしを殴ってここ出ていけば? 大丈夫だよ慣れてるから」
自虐的な挑発だった。
別に拘束されているわけではない。確かにここでヒカリを突き飛ばして、あるいは殴って言うことを聞かせれば、外にいる向田たちの隙を見て脱出できるかもしれない。クローゼットの中には、庄助が着てきた服が入れられているのを知っている。
でもそれをやると、向田と一緒になってしまう。庄助は唇を噛んだ。女を殴るなんてできない。拳でヒカリの頬を打ち据える想像をしただけで、魂が穢れてしまうようで庄助は身震いをした。
「それは……できへん。でも、やらしい仕事もできへん」
「……は? なんで? 早坂さんだって、風俗で女抱いたことくらいあんでしょ? 逆は嫌なのかよ、男ってほんと自分勝手だな!」
いきなり眼前で怒鳴られた。口の端に白い泡が溜まる勢いで、ヒカリはまくし立てた。
「早坂さんて、女が好きで知らない男のチンポしゃぶってると思ってんの? セックス好きだからこの仕事してるって思ってる? 思ってんでしょ。ヤクザに騙されて、こんなとこに連れてこられるくらいのバカだから!」
吐き捨てるような、蔑むような。今まで散々金で蹂躙されてきた女の、悲憤の詰まった叫びだった。
「っ……ヒカリちゃんのほうがアホやんけ! 俺は、一緒に遊んで楽しかったのに……」
ズレた反論だったが、ヒカリはそれを聞いて、何か言いたげに小さく息を呑んだ。
左手首の可愛らしい刺青が、さっきからチラチラと庄助の視界に映る。
傷ついてきた気持ちを、上から塗りつぶしてなかったことにしたウサギのタトゥーは、ヒカリという人間を表しているようで悲しかった。
ピピッという小さな電子音の後、部屋の施錠が開く音がした。先程の運転手をやっていた男を伴って、向田が部屋に入ってくる。40半ばに見えるその男は大きな機材を、向田は手提げの黒いカバンをそれぞれ持っている。
「用意できたか?」
「……うん」
ヒカリは庄助から身体を離すと、向田に向かって微笑んだ。
その微笑みがあまりにも嬉しそうで、庄助は絶望した。向田が来てしまっては、自分の言葉はヒカリに、もう届かない。
雨の音がする。本降りになってきたのであろう。ホテルの小さな窓の表面を洗い流すような音が、ざあざあと響いた。
景虎が言っていた言葉の意味を、庄助はここにきてやっと噛み締めている。厭な言い方だと思ったが、それ以外に例えようがない。
向田が自分たちを見る目も、かける言葉も、全て商品に対するそれで、それ以上でも以下でもないことがわかった。
「ただの、なに? あたしらの何がわかるんだよ」
「わかるやろ、普通に……マトモやない、つーか恋人に身体売らせるとかおかしいって思うやろ」
「……でも! こっち出てきて、あたしをちゃんと相手してくれたのは、ネンジくんだけだったもん」
「だからなんやねん。ホンマ、だからなんやねん!? 2回言うてもーたわ。相手してくれたら殴ってええんか? 身体売った金渡してええんか? 考えろ、しっかりしろって!」
庄助はヒカリの肩を掴んだが、触るなとばかりに振り払われてしまった。
「はあうるさっ……! もういいよ。じゃあ早坂さん、あたしを殴ってここ出ていけば? 大丈夫だよ慣れてるから」
自虐的な挑発だった。
別に拘束されているわけではない。確かにここでヒカリを突き飛ばして、あるいは殴って言うことを聞かせれば、外にいる向田たちの隙を見て脱出できるかもしれない。クローゼットの中には、庄助が着てきた服が入れられているのを知っている。
でもそれをやると、向田と一緒になってしまう。庄助は唇を噛んだ。女を殴るなんてできない。拳でヒカリの頬を打ち据える想像をしただけで、魂が穢れてしまうようで庄助は身震いをした。
「それは……できへん。でも、やらしい仕事もできへん」
「……は? なんで? 早坂さんだって、風俗で女抱いたことくらいあんでしょ? 逆は嫌なのかよ、男ってほんと自分勝手だな!」
いきなり眼前で怒鳴られた。口の端に白い泡が溜まる勢いで、ヒカリはまくし立てた。
「早坂さんて、女が好きで知らない男のチンポしゃぶってると思ってんの? セックス好きだからこの仕事してるって思ってる? 思ってんでしょ。ヤクザに騙されて、こんなとこに連れてこられるくらいのバカだから!」
吐き捨てるような、蔑むような。今まで散々金で蹂躙されてきた女の、悲憤の詰まった叫びだった。
「っ……ヒカリちゃんのほうがアホやんけ! 俺は、一緒に遊んで楽しかったのに……」
ズレた反論だったが、ヒカリはそれを聞いて、何か言いたげに小さく息を呑んだ。
左手首の可愛らしい刺青が、さっきからチラチラと庄助の視界に映る。
傷ついてきた気持ちを、上から塗りつぶしてなかったことにしたウサギのタトゥーは、ヒカリという人間を表しているようで悲しかった。
ピピッという小さな電子音の後、部屋の施錠が開く音がした。先程の運転手をやっていた男を伴って、向田が部屋に入ってくる。40半ばに見えるその男は大きな機材を、向田は手提げの黒いカバンをそれぞれ持っている。
「用意できたか?」
「……うん」
ヒカリは庄助から身体を離すと、向田に向かって微笑んだ。
その微笑みがあまりにも嬉しそうで、庄助は絶望した。向田が来てしまっては、自分の言葉はヒカリに、もう届かない。
雨の音がする。本降りになってきたのであろう。ホテルの小さな窓の表面を洗い流すような音が、ざあざあと響いた。
26
お気に入りに追加
332
あなたにおすすめの小説
膀胱を虐められる男の子の話
煬帝
BL
常におしがま膀胱プレイ
男に監禁されアブノーマルなプレイにどんどんハマっていってしまうノーマルゲイの男の子の話
膀胱責め.尿道責め.おしっこ我慢.調教.SM.拘束.お仕置き.主従.首輪.軟禁(監禁含む)
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
受け付けの全裸お兄さんが店主に客の前で公開プレイされる大人の玩具専門店
ミクリ21 (新)
BL
大人の玩具専門店【ラブシモン】を営む執事服の店主レイザーと、受け付けの全裸お兄さんシモンが毎日公開プレイしている話。
【変態医師×ヤクザ】高飛びしたニューヨークで出会いからメスイキ調教までノンストップで行われるえげつない行為
ハヤイもち
BL
外国人医師(美人系変態紳士)×ヤクザ(童顔だがひげを生やして眉間のシワで強面作っている)
あらすじ
高飛びしたヤクザが協力者である外国人医師に初めて会って、ハートフルぼっこで騙されて、ペットになる話。
無理やり、ひどいことはしない(暴力はなし)。快楽堕ち。
受け:名前 マサ
ヤクザ。組でへまをやらかして高飛びした。強面、顰め面。常に眉間にしわを寄せている。ひげ。25歳。
攻め:名前 リンク
サイコパス。ペットを探している。産婦人科医。紳士的で美しい見た目をしている。35歳。変態。
※隠語、モロ語。
※♡喘ぎ入ります。
※メスイキ、調教、潮吹き。
※攻めが受けをペット扱いしています。
上記が苦手な方、嫌悪感抱く方は回れ右でお願いします。
苦情は受け付けませんので、自己責任で閲覧お願いします。
そしてこちらpixivで投稿した作品になります。
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=16692560
極道達に閉じ込められる少年〜監獄
安達
BL
翔湊(かなた)はヤクザの家計に生まれたと思っていた。組員からも兄達からも愛され守られ1度も外の世界に出たことがない。しかし、実際は違い家族と思っていた人達との血縁関係は無く養子であることが判明。そして翔湊は自分がなぜこの家に養子として迎え入れられたのか衝撃の事実を知る。頼れる家族も居なくなり外に出たことがない翔湊は友達もいない。一先この家から逃げ出そうとする。だが行く手を阻む俵積田会の極道達によってーーー?
最後はハッピーエンドです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる