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第二幕
3.人非人のフィロソフィー④
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エレベーターが29階に到着し、扉が開く。国枝はすっとミヤモトから身体を離し脇に避けた。
それと同時に、景虎はミヤモトの背を軽く蹴った。胴体を狙ったいわゆるヤクザキックに、ミヤモトはつんのめってエレベーターから飛び出す。
「わ……っ」
「あーあ、大丈夫です?」
国枝は、膝をついたミヤモトの脇にしゃがむと、手を差し伸べた。ミヤモトは苛立たしげにそれを払うと、立ち上がって後ずさった。
地上29階のエレベーターホールは、下から吹きつける風で、夏だというのに寒いくらいだ。ミヤモトの半袖の二の腕に、ぷつぷつと鳥肌が立った。
「困ったもんで、たまにお客様の中でもいらっしゃるんですよね。自分の意思で借りたものなのに、違法だから返さなくてもいい、最悪警察に垂れ込めばいいって、そう思ってる方が。……まったく、どっちがヤクザなんだかねぇ」
深いため息をついた国枝は、景虎に目配せをした。それを受けて、景虎は工具箱から軸の長いマイナスドライバーらしきものを取り出した。
国枝が暇さえあれば、事務所の窓際でヤスリがけしているお手製のもので、先端の刃厚が薄く、触れれば切れそうなほど尖っている。
おそらくもう、ネジの頭の規格にはちゃんと嵌まらないであろうそれを、果たしてまだマイナスドライバーと呼べるかは謎だ。
景虎はミヤモトの腕を掴み、胸ポケットから取り出した彼のスマートフォンを手に握らせた。
「な、なんだ……」
「通報するならするといい。それは税金を納めている者の権利だ」
ミヤモトは鼻白みつつ、スマホの画面と景虎の顔を交互に見る。景虎はその鼻先にマイナスドライバーの先端を向けた。息を呑む呻きのような小さな音が、やけに大きく聞こえた。
「だが、俺達だって本気だ。返す気がないのなら、警察が来るまでに内臓がいくつ駄目になるか試してみるか?」
つう、と軸の先端で腹を上から下になぞられ、ミヤモトは震え上がった。
若く筋肉隆々とした、まるで美術品のように美しい男が、唇だけでそう告げるさまは恐ろしかった。
「こんな、私の知人の家まで調べて……! キミたちは……ニンゲンじゃない!」
ミヤモトは、エレベーターホールの床に、尻からへたり込んでしまった。
「大丈夫ですって、ミヤモトさん。ゆっくり返済のプランを考えましょう。ね?」
国枝は、いかにも裏がありそうな、優しい声で言った。
景虎がミヤモトの腕を引っ張って立たせ、部屋まで案内させる。鍵を開けた音で、ミヤモトの愛人らしき若い女が玄関まで出てきたが、一緒に入ってきた見知らぬ二人の男の姿をみとめて後じさった。
「えっ誰ですか? 警察呼びますよ」
「待ってカナちゃん、待って……呼ばないで……」
結論から言うと、ミヤモトは愛人のカナちゃんに買ってあげたマンションの一室を売ることに決めた。当然、別れる羽目になった。
国枝に詰められすぎて、誰も頼んでいないのに「これからは真面目に働いて、妻と子供のために生きます」と涙を流しながら言ったミヤモトの姿は、まるで学級会で怒られ、自己憐憫に酔い涙する子供のようで気持ちが悪かった。
それと同時に、景虎はミヤモトの背を軽く蹴った。胴体を狙ったいわゆるヤクザキックに、ミヤモトはつんのめってエレベーターから飛び出す。
「わ……っ」
「あーあ、大丈夫です?」
国枝は、膝をついたミヤモトの脇にしゃがむと、手を差し伸べた。ミヤモトは苛立たしげにそれを払うと、立ち上がって後ずさった。
地上29階のエレベーターホールは、下から吹きつける風で、夏だというのに寒いくらいだ。ミヤモトの半袖の二の腕に、ぷつぷつと鳥肌が立った。
「困ったもんで、たまにお客様の中でもいらっしゃるんですよね。自分の意思で借りたものなのに、違法だから返さなくてもいい、最悪警察に垂れ込めばいいって、そう思ってる方が。……まったく、どっちがヤクザなんだかねぇ」
深いため息をついた国枝は、景虎に目配せをした。それを受けて、景虎は工具箱から軸の長いマイナスドライバーらしきものを取り出した。
国枝が暇さえあれば、事務所の窓際でヤスリがけしているお手製のもので、先端の刃厚が薄く、触れれば切れそうなほど尖っている。
おそらくもう、ネジの頭の規格にはちゃんと嵌まらないであろうそれを、果たしてまだマイナスドライバーと呼べるかは謎だ。
景虎はミヤモトの腕を掴み、胸ポケットから取り出した彼のスマートフォンを手に握らせた。
「な、なんだ……」
「通報するならするといい。それは税金を納めている者の権利だ」
ミヤモトは鼻白みつつ、スマホの画面と景虎の顔を交互に見る。景虎はその鼻先にマイナスドライバーの先端を向けた。息を呑む呻きのような小さな音が、やけに大きく聞こえた。
「だが、俺達だって本気だ。返す気がないのなら、警察が来るまでに内臓がいくつ駄目になるか試してみるか?」
つう、と軸の先端で腹を上から下になぞられ、ミヤモトは震え上がった。
若く筋肉隆々とした、まるで美術品のように美しい男が、唇だけでそう告げるさまは恐ろしかった。
「こんな、私の知人の家まで調べて……! キミたちは……ニンゲンじゃない!」
ミヤモトは、エレベーターホールの床に、尻からへたり込んでしまった。
「大丈夫ですって、ミヤモトさん。ゆっくり返済のプランを考えましょう。ね?」
国枝は、いかにも裏がありそうな、優しい声で言った。
景虎がミヤモトの腕を引っ張って立たせ、部屋まで案内させる。鍵を開けた音で、ミヤモトの愛人らしき若い女が玄関まで出てきたが、一緒に入ってきた見知らぬ二人の男の姿をみとめて後じさった。
「えっ誰ですか? 警察呼びますよ」
「待ってカナちゃん、待って……呼ばないで……」
結論から言うと、ミヤモトは愛人のカナちゃんに買ってあげたマンションの一室を売ることに決めた。当然、別れる羽目になった。
国枝に詰められすぎて、誰も頼んでいないのに「これからは真面目に働いて、妻と子供のために生きます」と涙を流しながら言ったミヤモトの姿は、まるで学級会で怒られ、自己憐憫に酔い涙する子供のようで気持ちが悪かった。
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