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番外編
テストステロンのロマンス⑦
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「ハッピーバレンタインだ、庄助」
景虎が差し出したショッパーをまじまじと見つめて、庄助は少し考えた。
「……どしたん? なんか病気?」
「最近のバレンタインは、好きな人にプレゼントをする日なんだろ? だったらお前にやるしかないと思った」
大真面目に言う景虎に、庄助は手に持ったトイレ掃除のブラシを便器の中に落としそうになった。
「ええ……? ありがとう。つーかトイレ掃除してるときに渡すな」
「すまん、置き配にいま気づいて……」
掃除道具を片付け手を洗うと、リビングまで戻った。つけっぱなしのテレビには、昼前のほぼバラエティみたいな情報番組が映っている。
庄助と景虎は、月の真ん中近辺で水回りの掃除を交代でやると決めている。そういえば今日は14日だった。学生時代のように、バレンタインだからと特別に意識することはなくなっていた。というか、男しかいない職場では、イベントごとに関してはなんの楽しみもなさすぎて、すっかり忘れていた。
「あれ? なにこれ服?」
袋から箱を出して、中身をローテーブルの上に広げてみると、鮮やかなロイヤルブルーのロンTと、手触りの良い長袖の、総柄のドレスシャツが出てきた。
「これ、カゲが選んだん? えー、かわいいやん」
景虎はこくんと首を縦に振った。意外だった。お菓子とかじゃなくて、服なんや。しかも普通に着られそうなやつや。と庄助は素直に驚いた。
「この前、俺が怪我したとき、お前のシャツを駄目にしただろう。だから」
これもまた意外だった。庄助だって忘れていたようなことを覚えていて、なおかつ代わりの服を買ってくるなんて。景虎がどんどん人間っぽくなっていく、人の心を理解し始めたゴーレムみたいや……! と、庄助は戦慄した。
「こっちの青いシャツは……ペンギン? ほんでこっちは……? 毛の生えたウンコ?」
「キガシラペンギンとキーウィだ。メジャーな動物のほうがいいのかと思ってな」
メジャーか? と思ったがあえてツッコまず、キーウィの総柄シャツの方を身体にあててみる。景虎のセンスはよくわからんけど、胸元を開けて着崩せばヤクザっぽくてかっこええかも。庄助は景虎に向かって、似合う? と問いかけた。
「ああ、似合う。可愛い」
景虎は微笑んだ。そういえば、件の怪我は先週末に抜糸して、今は傷が開かないようにテープで固定しているようだ。庄助はふと、あの真っ赤な口のような傷を思い出してしまって、思わず景虎の右の手を取った。
「どうした」
「あ……怪我のやつ。もう痛くないんかなって、ちょっと。気になって」
「それはもう大丈夫だ。ここしばらく、庄助が俺の手の代わりになってくれただろう」
「別に……」
「飯を食わせてもらったり、身体を洗ってもらったり。怪我も悪いことばかりじゃないな。何より庄助の騎じょ」
「なーっ! 黙れアホンダラ!」
余計なことを言いそうになった景虎の口を塞いだ。
景虎は笑って、まだ皮膚の感覚がちゃんと戻っていない右手で、庄助の柔らかい頬を撫でる。猫の子にやるみたいに、顎をくすぐって額にキスをした。
いちゃつくことにすっかり慣れてしまっている。これではまるで恋人同士みたいだと思って、庄助はそっぽを向いて拒む、ふりをする。
「えと、バレンタイン? もらっとく…ありがと。そのうち、俺もお返しするからよ……」
庄助はバツが悪そうにモゴモゴ言っている。
窓の外の雲が動いて、部屋の中、カーテン越しに陽光が入ってきた。出かける予定も特になくて、外はきっと寒くて、景虎はただ、柔らかな外の光に透ける庄助の金色の髪と、耳の先の血の赤さを思い知る。
景虎の口から、ふと言葉が滑り出た。
「痛い」
「あ、やっぱり痛いんやんけ!」
本当の幸せは、胸が痛い。ずっと今まで知らなかったことだ。
景虎はまた庄助に触れた。ズキズキと切なく、抉るように痛いのがいつまでも治らない。
わがままを通せるならば、この痛みの中でくたばりたいとさえ思った。
景虎が差し出したショッパーをまじまじと見つめて、庄助は少し考えた。
「……どしたん? なんか病気?」
「最近のバレンタインは、好きな人にプレゼントをする日なんだろ? だったらお前にやるしかないと思った」
大真面目に言う景虎に、庄助は手に持ったトイレ掃除のブラシを便器の中に落としそうになった。
「ええ……? ありがとう。つーかトイレ掃除してるときに渡すな」
「すまん、置き配にいま気づいて……」
掃除道具を片付け手を洗うと、リビングまで戻った。つけっぱなしのテレビには、昼前のほぼバラエティみたいな情報番組が映っている。
庄助と景虎は、月の真ん中近辺で水回りの掃除を交代でやると決めている。そういえば今日は14日だった。学生時代のように、バレンタインだからと特別に意識することはなくなっていた。というか、男しかいない職場では、イベントごとに関してはなんの楽しみもなさすぎて、すっかり忘れていた。
「あれ? なにこれ服?」
袋から箱を出して、中身をローテーブルの上に広げてみると、鮮やかなロイヤルブルーのロンTと、手触りの良い長袖の、総柄のドレスシャツが出てきた。
「これ、カゲが選んだん? えー、かわいいやん」
景虎はこくんと首を縦に振った。意外だった。お菓子とかじゃなくて、服なんや。しかも普通に着られそうなやつや。と庄助は素直に驚いた。
「この前、俺が怪我したとき、お前のシャツを駄目にしただろう。だから」
これもまた意外だった。庄助だって忘れていたようなことを覚えていて、なおかつ代わりの服を買ってくるなんて。景虎がどんどん人間っぽくなっていく、人の心を理解し始めたゴーレムみたいや……! と、庄助は戦慄した。
「こっちの青いシャツは……ペンギン? ほんでこっちは……? 毛の生えたウンコ?」
「キガシラペンギンとキーウィだ。メジャーな動物のほうがいいのかと思ってな」
メジャーか? と思ったがあえてツッコまず、キーウィの総柄シャツの方を身体にあててみる。景虎のセンスはよくわからんけど、胸元を開けて着崩せばヤクザっぽくてかっこええかも。庄助は景虎に向かって、似合う? と問いかけた。
「ああ、似合う。可愛い」
景虎は微笑んだ。そういえば、件の怪我は先週末に抜糸して、今は傷が開かないようにテープで固定しているようだ。庄助はふと、あの真っ赤な口のような傷を思い出してしまって、思わず景虎の右の手を取った。
「どうした」
「あ……怪我のやつ。もう痛くないんかなって、ちょっと。気になって」
「それはもう大丈夫だ。ここしばらく、庄助が俺の手の代わりになってくれただろう」
「別に……」
「飯を食わせてもらったり、身体を洗ってもらったり。怪我も悪いことばかりじゃないな。何より庄助の騎じょ」
「なーっ! 黙れアホンダラ!」
余計なことを言いそうになった景虎の口を塞いだ。
景虎は笑って、まだ皮膚の感覚がちゃんと戻っていない右手で、庄助の柔らかい頬を撫でる。猫の子にやるみたいに、顎をくすぐって額にキスをした。
いちゃつくことにすっかり慣れてしまっている。これではまるで恋人同士みたいだと思って、庄助はそっぽを向いて拒む、ふりをする。
「えと、バレンタイン? もらっとく…ありがと。そのうち、俺もお返しするからよ……」
庄助はバツが悪そうにモゴモゴ言っている。
窓の外の雲が動いて、部屋の中、カーテン越しに陽光が入ってきた。出かける予定も特になくて、外はきっと寒くて、景虎はただ、柔らかな外の光に透ける庄助の金色の髪と、耳の先の血の赤さを思い知る。
景虎の口から、ふと言葉が滑り出た。
「痛い」
「あ、やっぱり痛いんやんけ!」
本当の幸せは、胸が痛い。ずっと今まで知らなかったことだ。
景虎はまた庄助に触れた。ズキズキと切なく、抉るように痛いのがいつまでも治らない。
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