ぬきさしならへんっ!

夢野咲コ

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9.デビル、めざめる①*

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 帰るなり風呂に連れ込まれた。3度ほど頭と身体を犬のように丸洗いされて、庄助は「もうええ、ハゲるわ!」と景虎の手を振り払った。

 狭いアパートのバスルームは当然のように狭いわけで、男二人でバスタブなんかに入った日には、少しでも身じろぐと張った湯がドバドバと滝のように出ていく。
 どこか折れてたり異常がないか調べてやる、景虎はそう言ったが、さっき「我慢せずにやってればよかった」などと漏らしていたのを、ちゃんと庄助は聞いていた。
 やらしいことばっか考えてるくせによ……。庄助は思ったが、すっかり景虎に背中を預けて、腕や足を曲げ伸ばしされたり、腹を押されたりするのを、されるがままにしていた。

 アジトから連れ帰られて最初のうちは、恐怖と過度の緊張で庄助は震えていた。平気なふりをしても、何度も暴力を受け、いつ殺されるかもしれない状況は恐ろしかったのだろう。こうして温かい湯の中で景虎に抱きしめられていると、さっきのことが悪い夢のように思えてくる。

 背中に触れる景虎の胸の感触も体温も、不思議とちっとも嫌じゃなかった、どころかすごく気持ちがいい。
 庄助が半グレのアジトに乗り込んだ後、ナカバヤシは老婆を警察に引き渡し、その後景虎に事の顛末を話したらしい。
 あの場にナカバヤシがおらずに一人で突っ走っていたら、今頃お前がシャコの糞になっていたかもしれない。と、景虎に真面目な顔で言われて、庄助はさすがに肝を冷やした。
「どうなったん……あの半グレのやつらは……」
「国枝さんのところに引っ張っていかれたよ。黒弧蛇入くろこだいるのシノギの一部は川濱組にも渡ってるし、いい機会だから徹底的にやると思う」
「徹底的にって、何を?」
「川濱組の金の流れやらなんやら、知ってることをウタってもらうのさ。あいつら三下じゃ期待はできないがな」
「悪いヤクザや~!」
「ヤクザにいいも悪いもないだろう」
「国枝さん大丈夫かな……」
「大丈夫だ。あの人はウタわせるための拷問だとか、そういうのがやたら得意だから。すごいなと思ったのが、足の指の爪の間に……」
「ひ、人の胸揉みながら怖い話すんな!」

 景虎の手のひらは、後ろから庄助の胸を包んでいる。時折ちゃぷちゃぷと水面を揺らしながらそっと揉み込まれるとむず痒く、庄助は腰をくねらせた。
「……つーか、助けに来てくれるって思わんかった」
「そうなのか?」
 景虎は唇で庄助のうなじに触れた。優しく食んだり、水に濡れた産毛の流れを舌で変えたり、そのたびにぴくんと小さく震える肌が愛おしかった。
「ん……カゲは強いし“織原の虎”とか言われてるし……俺みたいな、ヤクザになりたての下っ端なんか、あ、ちょ……っ!」
 盆の窪に鼻先を突き入れ、水に濡れた金髪とシャンプーの匂いを嗅ぐ。柔らかい柑橘の匂いがすると、景虎の下腹は呼応するように力強く持ち上がった。それが尻にゴリゴリと触れるのを感じて、庄助は焦ったように身体を捩った。

「庄助は、自分の立場がわかってないな」
「なんやと……」
「お前はその“織原の虎”の“相棒“なんだろ」
 庄助の頬は、突然吹き上がった嬉しさで薔薇色に染まった。景虎のような、嘘みたいに強いヤクザの相棒という肩書き。そういうの待ってた。そういうの好き、大好き!
 織原の虎と織原の悪魔、最強コンビの爆誕やで! と、尻の下で欲情されていることも忘れて目を輝かせた。
「俺が、カゲの相棒……!」
「不満なら恋人でも嫁でもいいぞ」
「相棒がいい!」
「だったら……」
 喜んでいる庄助の腰を捕まえて、さらに奥まった場所に擦り付ける。ひっ、と庄助は息を呑んだ。
「なおさら、立場をわきまえて軽率な行動は慎め。ほんとに懲りないな、馬鹿」
 後ろから首筋を血が出るほどきつく噛まれた。庄助の背中の毛穴が痛みに逆立つ。跳ねるように反らした胸の先端を、景虎の指が絡め取った。

「ひゃぐっ……あっ、あ……! だって……」
 2つの肉粒をコリコリと捏ねられ、身悶えた。
「だって、なんだ?」
「……むかついたんやもん」
「あの婆さんのことか? お前が何をそんなに怒ることがあるんだ」
「知ってるばーちゃんがかわいそうな目に合うのイヤやんけ。俺は、シンネンを持って極道やりたいねん」
 庄助の語るところの、極道の信念が何なのか、景虎にはよくわからない。が、庄助なりに、何らかの正義感や倫理に基づいて行動しているということだけはわかった。
 景虎は溜息をつくが、そこに厭な気持ちはなかった。庄助が何を正義とし、何に怒るのか興味があるし、彼を深く知ってゆく時間が自分にはある。そう思うと長く空いていた胸の穴が、じわりと何か熱いもので満ちてくるのがわかった。

「とにかく、ひとりで先走るな」
 首筋に口づけたまま、ぎゅっと乳首に爪を立てると、ぬるい湯と一緒に庄助の身体が跳ねた。
「く、わかったって……ん、ひんっ」
 あの日から、景虎に触れられてからずっとおかしい。小指の先よりずっと小さいそこが、アンテナみたいに快感を拾うようになってしまった。景虎の指の動きがいちいち繊細にわかる。目を閉じていても、どの部分でこすられているかとか、どの指を使って引っ張られているかとか、そういうどうでもいいことがわかってしまう。
「ふ……んっ、ぁ……」
 風呂場の円形の乳白色の照明が、水面に映っている。庄助は自分の胸元、その水面の白くてまあるい光が、景虎の手の動きでぐにゃぐにゃとゼリーのように形を変えるのを見ていた。好き放題に弄くられる自分の乳首を、まともに見るのには抵抗があった。

「なあ、俺は庄助が好きだ。多分」
 ここにきて庄助も、うっすらそんな気はしていた。でも、改めて言われてもどうしたらいいかわからない。
「多分てなんやねん……」
「よくわからん。もしかしたらヤりたいだけなのかもしれない」
「正直すぎやろ」
 景虎は真剣な表情で、庄助のろくにヒゲの生えない子供みたいな顎を掴む。柔らかい頬に自分の指が沈むのを、不思議な気持ちで見ていた。
「だから、自分の気持ちを確かめたい」
「なにを……」
「1回ヤらせてくれ」
「アホかっ! そんなアホなこと誰が……つーかルールに従え! チューはもう前借りしたやろ、胸を揉むなっ!」
「庄助はけっこう融通がきかないんだな……」
「お前なァ……あ、おい……っ」
 強引に上を向かせると庄助は瞳を戸惑いに揺らがせ、その後諦めたように目を伏せた。指でこじ開けた口の隙間から、下の奥歯が見える。小さく白い臼歯が並んでいるのを見るだけで胸がいっぱいになるのを感じ、景虎は改めて自覚する。自分が、庄助に恋をしていることを。
「好きだ」
 唇を触れさせて、もう一度言ってみる。空気の振動が熱い息と一緒に、2人の口の中に侵入する。殴られた時に切れて腫れた箇所を探るように、景虎は丹念に唇と粘膜に舌を這わせた。庄助は「好きだ」という言葉に返事はしないものの、薄目を開けてされるがままにしている。
 口づけを何度も繰り返しているうちに、湯船の湯よりも身体のほうがもう熱くなってくる。息が上がる。唇を離した隙に、庄助は意を決したように言った。

「と、特別に……」
「ん?」
「助けてくれたから、特別に……ちょっとだけ、さわっていい……」
 なんとも自分勝手な特別だ、と景虎は笑った。キスの間、頭の中で抱かれる理由をこね回していたのだと思うと、いじらしくてたまらない。シャワーからひときわおおきな水滴が落ちる音がして、それが合図みたいに景虎はもう一度庄助の、小さく震える唇に噛みついた。
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