ぬきさしならへんっ!

夢野咲コ

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7.秋晴れとホットケーキ

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 晴れの日が好きや。雲一つない青いのもいいし、夏の日の背の高い入道雲が怪獣みたいに空の青と張り合ってんのもいい。楽しいことがありそうでワクワクする。

 もちろん、ええことなんかそうそうあらへんのは俺だって知ってる。でも気持ちいいやん。
「またあんたは友達どついて!」
 そのアホみたいに晴れた空の日、そう言ってオカンは俺の頭をどついた。
「痛った! 友達ちゃうわ!」
「わかっとる。でもクラスメイトを便宜上、友達って言うやろが」
 また一発、今度は背中を平手で殴った。

「まっ……まあまあお母さんっ! 暴力は」
 担任の男の先生は眼鏡の奥の気弱そうな瞳を細くして、泣いてるみたいに言った。青髭の中に不潔そうな吹き出物が数個、ポツポツと点在している。あんまり好きなタイプの先生じゃなかった。
「庄助くんが腹を立てる気持ちもね、僕はわかりますよ。でも友達を殴るのは良くないよって、何回も指導してるんですよぉ」
 先生は救いを求めるような声を出した。俺は、大人の話はわからん、と窓の外を見た。小学校五年の二学期に入って、しばらくしたその日は、秋晴れっちゅーんやろか。乾いた風が涼しくて気持ちよかった。

 昼休みに校庭でドッヂボールしてて、さっきの当たったとか当たってないとかそんなことで、オクダくんと言い合いになった。言い合いはエスカレートしていって、オクダくんは俺の家がひとり親でいやしいから、みたいなことを言ってきた。俺はむかついたので、オクダくんの頭と肩を殴った。怪我はしなかったがオクダくんは泣いてしまって、お母さんに迎えに来てもらって帰っていった。

「どうでもええやない、ドッヂボールなんか。そういうど~~~~~でもいいことで呼び出されるママの気持ちがわかる? 職場に『すみません』つって冷たい目で見られながら帰らなあかんママの気持ちがわかるんか? わからへんやろが~!」
「あ? 何がママじゃキッショい、ババアのくせによ……」
「おん!? そのババアの股から産まれたのはどこのガキンチョや! 言うてみ!」
「お、お母さんあの、落ち着いて」
 落ち着けと言われても無理そうやった。オカンがこうやって目を三角にして怒るときは、向こう3日くらいは矛がおさまらん。寝ても起きても風呂の中でも、ずっと何かしらプリプリしてる。

「先生! ドッヂボールはどうでもええけど、ウチの息子が言われた言葉わかってます?」
「いやそれはっ……、ハイあの」
「ひとり親やから卑しい、言うたんでしょそのオクダくん。普通はね、そんなん言うたら殴られて当然ですよ」
「そんなっ、殴られて当然なんてそんな! 子供の言ったことですから……。どうかお母さんもほんとに、落ち着いてもらって……」
 バン! とオカンは机を叩いた。
「なんで落ち着かなあかんの。自分の子供が傷ついて悲しんで、そのことで声一つ荒らげられへんことこそ間違うてる。ちゃいますか?」
「せやせや!」
「あんたもどうでもええことで喧嘩すんなアホ!」
 オカンはまた俺をどついた。こんな暴力的なオカンやけど、こっぴどく叱るようでちゃんと信じてくれるし、最後は味方してくれる。実は俺はそんなふうに、先生にでも誰にでも啖呵を切るオカンの横顔が好きやった。

 負けん気が強くて、歳をとっても丸くならずに尖ってて、身体は小さいのに敵と見なすと噛みついていく感じが、常識はないし頭は悪いしモンスターペアレントやけど、なかなかええ女やなって思う。別れたオトンもそう思ってたからこそ、オカンと結婚したんちゃうんかな。
 結局何も解決せずに、オカンは先生に言いたいことだけを言ってその日は終わった。

 帰り道、オカンの行きつけの喫茶店でホットケーキを食った。カフェではなく町の古い、老夫婦がやってる喫茶店。パンケーキじゃなくてホットケーキ。ペラペラの薄い生地やったけど、甘じょっぱいメープルシロップが、気疲れした身体に滲みた。
「謝ったらあかんで」
 オカンはアイスのブラックコーヒーを飲みながらそう言った。
「庄助は間違ってへん。大人でも子供でも、ひどいこと言うたらまるまる自分に返ってくる覚悟が必要や。オクダくんもそれがわかったやろ」
 けけけ、と悪そうに笑うオカンの目尻の笑い皺が、きゅっと深くなる。
「怒ってへんの?」
「怒ってるわアホが。仕事の途中で呼び出してホンッマ」
 オカンの手が伸びてくる。叩かれると思って目を閉じたが違った。慈しむように俺の頭を何度も撫でた。

「あたしのことで怒ってくれてありがとう。先生はああ言うけど、腹立つ気持ちに蓋をしたらあかんって思うで。庄助は義侠心のあるええ子や、自分の気持ちに正直でいてほしい」
 と、優しく笑った。俺を女手一つで育ててくれている、硬くなった掌の皮膚が切なかった。はやく大きくなって強くなって働いて、オカンがこんな優しい顔で笑っていられるように守ってやりたい。
「せやけど、人をどつくときは、二度と立ち上がって来られへんほど完膚なきまでに相手の気持ちを折らんと……。もうこんな中途半端なことしたらあかんで」
 前言撤回、オカンは全然優しくない。俺が守らんでも大丈夫そうや。相変わらず悪そうな、でも安心する微笑みを浮かべて、オカンは言った。

「な、明日ダルいから休もうか。学校も仕事も」
「親がそれ言うてええんかよ」
「ええねん。明日も晴れたらどっか遊びに行こ。雨やったら家でインスタントラーメン食べながら映画とゲーム。念のためビデオ屋で映画借りてこ。仁義なきシリーズ」
 どっちも最高やん。さすが俺のオカン。そう思ったけど、恥ずかしいから黙っておいた。
 ちなみに次の日は暑いくらいの晴天やった。遊園地に行って帰ってきて、借りた映画を観て寝た。
 やっぱり晴れの日はええ。気持ちええ。最高や。
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