17 / 148
7.秋晴れとホットケーキ
しおりを挟む
晴れの日が好きや。雲一つない青いのもいいし、夏の日の背の高い入道雲が怪獣みたいに空の青と張り合ってんのもいい。楽しいことがありそうでワクワクする。
もちろん、ええことなんかそうそうあらへんのは俺だって知ってる。でも気持ちいいやん。
「またあんたは友達どついて!」
そのアホみたいに晴れた空の日、そう言ってオカンは俺の頭をどついた。
「痛った! 友達ちゃうわ!」
「わかっとる。でもクラスメイトを便宜上、友達って言うやろが」
また一発、今度は背中を平手で殴った。
「まっ……まあまあお母さんっ! 暴力は」
担任の男の先生は眼鏡の奥の気弱そうな瞳を細くして、泣いてるみたいに言った。青髭の中に不潔そうな吹き出物が数個、ポツポツと点在している。あんまり好きなタイプの先生じゃなかった。
「庄助くんが腹を立てる気持ちもね、僕はわかりますよ。でも友達を殴るのは良くないよって、何回も指導してるんですよぉ」
先生は救いを求めるような声を出した。俺は、大人の話はわからん、と窓の外を見た。小学校五年の二学期に入って、しばらくしたその日は、秋晴れっちゅーんやろか。乾いた風が涼しくて気持ちよかった。
昼休みに校庭でドッヂボールしてて、さっきの当たったとか当たってないとかそんなことで、オクダくんと言い合いになった。言い合いはエスカレートしていって、オクダくんは俺の家がひとり親でいやしいから、みたいなことを言ってきた。俺はむかついたので、オクダくんの頭と肩を殴った。怪我はしなかったがオクダくんは泣いてしまって、お母さんに迎えに来てもらって帰っていった。
「どうでもええやない、ドッヂボールなんか。そういうど~~~~~でもいいことで呼び出されるママの気持ちがわかる? 職場に『すみません』つって冷たい目で見られながら帰らなあかんママの気持ちがわかるんか? わからへんやろが~!」
「あ? 何がママじゃキッショい、ババアのくせによ……」
「おん!? そのババアの股から産まれたのはどこのガキンチョや! 言うてみ!」
「お、お母さんあの、落ち着いて」
落ち着けと言われても無理そうやった。オカンがこうやって目を三角にして怒るときは、向こう3日くらいは矛がおさまらん。寝ても起きても風呂の中でも、ずっと何かしらプリプリしてる。
「先生! ドッヂボールはどうでもええけど、ウチの息子が言われた言葉わかってます?」
「いやそれはっ……、ハイあの」
「ひとり親やから卑しい、言うたんでしょそのオクダくん。普通はね、そんなん言うたら殴られて当然ですよ」
「そんなっ、殴られて当然なんてそんな! 子供の言ったことですから……。どうかお母さんもほんとに、落ち着いてもらって……」
バン! とオカンは机を叩いた。
「なんで落ち着かなあかんの。自分の子供が傷ついて悲しんで、そのことで声一つ荒らげられへんことこそ間違うてる。ちゃいますか?」
「せやせや!」
「あんたもどうでもええことで喧嘩すんなアホ!」
オカンはまた俺をどついた。こんな暴力的なオカンやけど、こっぴどく叱るようでちゃんと信じてくれるし、最後は味方してくれる。実は俺はそんなふうに、先生にでも誰にでも啖呵を切るオカンの横顔が好きやった。
負けん気が強くて、歳をとっても丸くならずに尖ってて、身体は小さいのに敵と見なすと噛みついていく感じが、常識はないし頭は悪いしモンスターペアレントやけど、なかなかええ女やなって思う。別れたオトンもそう思ってたからこそ、オカンと結婚したんちゃうんかな。
結局何も解決せずに、オカンは先生に言いたいことだけを言ってその日は終わった。
帰り道、オカンの行きつけの喫茶店でホットケーキを食った。カフェではなく町の古い、老夫婦がやってる喫茶店。パンケーキじゃなくてホットケーキ。ペラペラの薄い生地やったけど、甘じょっぱいメープルシロップが、気疲れした身体に滲みた。
「謝ったらあかんで」
オカンはアイスのブラックコーヒーを飲みながらそう言った。
「庄助は間違ってへん。大人でも子供でも、ひどいこと言うたらまるまる自分に返ってくる覚悟が必要や。オクダくんもそれがわかったやろ」
けけけ、と悪そうに笑うオカンの目尻の笑い皺が、きゅっと深くなる。
「怒ってへんの?」
「怒ってるわアホが。仕事の途中で呼び出してホンッマ」
オカンの手が伸びてくる。叩かれると思って目を閉じたが違った。慈しむように俺の頭を何度も撫でた。
「あたしのことで怒ってくれてありがとう。先生はああ言うけど、腹立つ気持ちに蓋をしたらあかんって思うで。庄助は義侠心のあるええ子や、自分の気持ちに正直でいてほしい」
と、優しく笑った。俺を女手一つで育ててくれている、硬くなった掌の皮膚が切なかった。はやく大きくなって強くなって働いて、オカンがこんな優しい顔で笑っていられるように守ってやりたい。
「せやけど、人をどつくときは、二度と立ち上がって来られへんほど完膚なきまでに相手の気持ちを折らんと……。もうこんな中途半端なことしたらあかんで」
前言撤回、オカンは全然優しくない。俺が守らんでも大丈夫そうや。相変わらず悪そうな、でも安心する微笑みを浮かべて、オカンは言った。
「な、明日ダルいから休もうか。学校も仕事も」
「親がそれ言うてええんかよ」
「ええねん。明日も晴れたらどっか遊びに行こ。雨やったら家でインスタントラーメン食べながら映画とゲーム。念のためビデオ屋で映画借りてこ。仁義なきシリーズ」
どっちも最高やん。さすが俺のオカン。そう思ったけど、恥ずかしいから黙っておいた。
ちなみに次の日は暑いくらいの晴天やった。遊園地に行って帰ってきて、借りた映画を観て寝た。
やっぱり晴れの日はええ。気持ちええ。最高や。
もちろん、ええことなんかそうそうあらへんのは俺だって知ってる。でも気持ちいいやん。
「またあんたは友達どついて!」
そのアホみたいに晴れた空の日、そう言ってオカンは俺の頭をどついた。
「痛った! 友達ちゃうわ!」
「わかっとる。でもクラスメイトを便宜上、友達って言うやろが」
また一発、今度は背中を平手で殴った。
「まっ……まあまあお母さんっ! 暴力は」
担任の男の先生は眼鏡の奥の気弱そうな瞳を細くして、泣いてるみたいに言った。青髭の中に不潔そうな吹き出物が数個、ポツポツと点在している。あんまり好きなタイプの先生じゃなかった。
「庄助くんが腹を立てる気持ちもね、僕はわかりますよ。でも友達を殴るのは良くないよって、何回も指導してるんですよぉ」
先生は救いを求めるような声を出した。俺は、大人の話はわからん、と窓の外を見た。小学校五年の二学期に入って、しばらくしたその日は、秋晴れっちゅーんやろか。乾いた風が涼しくて気持ちよかった。
昼休みに校庭でドッヂボールしてて、さっきの当たったとか当たってないとかそんなことで、オクダくんと言い合いになった。言い合いはエスカレートしていって、オクダくんは俺の家がひとり親でいやしいから、みたいなことを言ってきた。俺はむかついたので、オクダくんの頭と肩を殴った。怪我はしなかったがオクダくんは泣いてしまって、お母さんに迎えに来てもらって帰っていった。
「どうでもええやない、ドッヂボールなんか。そういうど~~~~~でもいいことで呼び出されるママの気持ちがわかる? 職場に『すみません』つって冷たい目で見られながら帰らなあかんママの気持ちがわかるんか? わからへんやろが~!」
「あ? 何がママじゃキッショい、ババアのくせによ……」
「おん!? そのババアの股から産まれたのはどこのガキンチョや! 言うてみ!」
「お、お母さんあの、落ち着いて」
落ち着けと言われても無理そうやった。オカンがこうやって目を三角にして怒るときは、向こう3日くらいは矛がおさまらん。寝ても起きても風呂の中でも、ずっと何かしらプリプリしてる。
「先生! ドッヂボールはどうでもええけど、ウチの息子が言われた言葉わかってます?」
「いやそれはっ……、ハイあの」
「ひとり親やから卑しい、言うたんでしょそのオクダくん。普通はね、そんなん言うたら殴られて当然ですよ」
「そんなっ、殴られて当然なんてそんな! 子供の言ったことですから……。どうかお母さんもほんとに、落ち着いてもらって……」
バン! とオカンは机を叩いた。
「なんで落ち着かなあかんの。自分の子供が傷ついて悲しんで、そのことで声一つ荒らげられへんことこそ間違うてる。ちゃいますか?」
「せやせや!」
「あんたもどうでもええことで喧嘩すんなアホ!」
オカンはまた俺をどついた。こんな暴力的なオカンやけど、こっぴどく叱るようでちゃんと信じてくれるし、最後は味方してくれる。実は俺はそんなふうに、先生にでも誰にでも啖呵を切るオカンの横顔が好きやった。
負けん気が強くて、歳をとっても丸くならずに尖ってて、身体は小さいのに敵と見なすと噛みついていく感じが、常識はないし頭は悪いしモンスターペアレントやけど、なかなかええ女やなって思う。別れたオトンもそう思ってたからこそ、オカンと結婚したんちゃうんかな。
結局何も解決せずに、オカンは先生に言いたいことだけを言ってその日は終わった。
帰り道、オカンの行きつけの喫茶店でホットケーキを食った。カフェではなく町の古い、老夫婦がやってる喫茶店。パンケーキじゃなくてホットケーキ。ペラペラの薄い生地やったけど、甘じょっぱいメープルシロップが、気疲れした身体に滲みた。
「謝ったらあかんで」
オカンはアイスのブラックコーヒーを飲みながらそう言った。
「庄助は間違ってへん。大人でも子供でも、ひどいこと言うたらまるまる自分に返ってくる覚悟が必要や。オクダくんもそれがわかったやろ」
けけけ、と悪そうに笑うオカンの目尻の笑い皺が、きゅっと深くなる。
「怒ってへんの?」
「怒ってるわアホが。仕事の途中で呼び出してホンッマ」
オカンの手が伸びてくる。叩かれると思って目を閉じたが違った。慈しむように俺の頭を何度も撫でた。
「あたしのことで怒ってくれてありがとう。先生はああ言うけど、腹立つ気持ちに蓋をしたらあかんって思うで。庄助は義侠心のあるええ子や、自分の気持ちに正直でいてほしい」
と、優しく笑った。俺を女手一つで育ててくれている、硬くなった掌の皮膚が切なかった。はやく大きくなって強くなって働いて、オカンがこんな優しい顔で笑っていられるように守ってやりたい。
「せやけど、人をどつくときは、二度と立ち上がって来られへんほど完膚なきまでに相手の気持ちを折らんと……。もうこんな中途半端なことしたらあかんで」
前言撤回、オカンは全然優しくない。俺が守らんでも大丈夫そうや。相変わらず悪そうな、でも安心する微笑みを浮かべて、オカンは言った。
「な、明日ダルいから休もうか。学校も仕事も」
「親がそれ言うてええんかよ」
「ええねん。明日も晴れたらどっか遊びに行こ。雨やったら家でインスタントラーメン食べながら映画とゲーム。念のためビデオ屋で映画借りてこ。仁義なきシリーズ」
どっちも最高やん。さすが俺のオカン。そう思ったけど、恥ずかしいから黙っておいた。
ちなみに次の日は暑いくらいの晴天やった。遊園地に行って帰ってきて、借りた映画を観て寝た。
やっぱり晴れの日はええ。気持ちええ。最高や。
14
お気に入りに追加
337
あなたにおすすめの小説


平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです
おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの)
BDSM要素はほぼ無し。
甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。
順次スケベパートも追加していきます

【連載再開】絶対支配×快楽耐性ゼロすぎる受けの短編集
あかさたな!
BL
※全話おとな向けな内容です。
こちらの短編集は
絶対支配な攻めが、
快楽耐性ゼロな受けと楽しい一晩を過ごす
1話完結のハッピーエンドなお話の詰め合わせです。
不定期更新ですが、
1話ごと読切なので、サクッと楽しめるように作っていくつもりです。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
書きかけの長編が止まってますが、
短編集から久々に、肩慣らししていく予定です。
よろしくお願いします!
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
双葉病院小児病棟
moa
キャラ文芸
ここは双葉病院小児病棟。
病気と闘う子供たち、その病気を治すお医者さんたちの物語。
この双葉病院小児病棟には重い病気から身近な病気、たくさんの幅広い病気の子供たちが入院してきます。
すぐに治って退院していく子もいればそうでない子もいる。
メンタル面のケアも大事になってくる。
当病院は親の付き添いありでの入院は禁止とされています。
親がいると子供たちは甘えてしまうため、あえて離して治療するという方針。
【集中して治療をして早く治す】
それがこの病院のモットーです。
※この物語はフィクションです。
実際の病院、治療とは異なることもあると思いますが暖かい目で見ていただけると幸いです。

目が覚めたら囲まれてました
るんぱっぱ
BL
燈和(トウワ)は、いつも独りぼっちだった。
燈和の母は愛人で、すでに亡くなっている。愛人の子として虐げられてきた燈和は、ある日家から飛び出し街へ。でも、そこで不良とぶつかりボコボコにされてしまう。
そして、目が覚めると、3人の男が燈和を囲んでいて…話を聞くと、チカという男が燈和を拾ってくれたらしい。
チカに気に入られた燈和は3人と共に行動するようになる。
不思議な3人は、闇医者、若頭、ハッカー、と異色な人達で!
独りぼっちだった燈和が非日常な幸せを勝ち取る話。

悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!
梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!?
【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】
▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。
▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。
▼毎日18時投稿予定
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる