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6.郵便で「カワウソ送れ」は全て詐欺②
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伝票整理にレンタル物品の配送、庄助がその日の全ての業務を終わらせた頃には19時を回っていた。
お先に失礼します、とまばらに事務所に残る兄貴分たちに声をかける。スマホに表示されたQRコードをPCに繋がったスキャナに読み込ませ、退勤の打刻をした。国枝は二日酔いで休むと連絡があり、景虎は午後から出勤してくるなり、別件の用で出ていった。
いつも景虎に配送の時の運転をやってもらっていたから、庄助は慣れない道を一人で運転しなくてはいけなかった。慣れない上に土地勘もない道なのはもちろん、そのうえで組の作業車をぶつけてはいけないというプレッシャーでとびきり疲れた。
「庄助も出る? 晩飯がてら焼き鳥食いに連れてってやろうか」
懲りずにナカバヤシが誘いかけてくる。疲労困憊で空腹だった庄助は、諸手を挙げて喜んだ。
「ほんまに!? ビール飲んでいいですか?」
「2杯までな」
二人して業務用机の上をざっと片付けると、急いで夜の街に繰り出した。まさに飲食店のゴールデンタイムである今の時間は、そこらじゅうのビルから様々な食べ物の匂いが漂ってくる。
「景虎もいれば一緒に連れてきてやったのに」
金はなくても自分より歳下には奢らなくてはならない、ナカバヤシはそういう価値観の持ち主だった。ジェネレーションギャップ的なものを感じるときもあるけど、庄助はやはりナカバヤシのことを嫌いにはなれなかった。
「あいつはいいっすよ別に……」
「もしかして景虎の晩飯作る予定だった? すまんなぁ淋しいオッサンに付き合わせて」
ナカバヤシは、小指のない方の手で鼻の下を掻いた。
「いや、勝手に食うでしょ。そこまで面倒見てられませんて」
本当はスーパーに寄って帰ろうと思っていたのだ。カゲが帰ってくるの何時になるかわからんから、遅くなっても温めて食べられるカレーがええかな。などと、人のための献立を考えてしまっている自分に、庄助は自分で軽くショックを受けた。
いくらなんでも、あんなヘンタイ男相手に甲斐甲斐しすぎる。これでも食っとけって言って半額弁当投げつけるくらいがちょうどいい、と思い直した。
「あ」
ふと歩道の向こうからこちらにやってくる、腰の曲がった小さな老人を見つけた。庄助がここしばらく営業に行っている介護施設に、デイサービスの利用のために来所している老婆だ。
「アリマのおばーちゃん!」
名前を呼ばれた老婆は顔を上げると、庄助に向かって手を振った。庄助は実の祖母であるかのように嬉しそうに駆け寄る。生来の人懐っこさのせいか、短い期間ですっかり仲良くなっている。
「庄助ちゃあん、こんばんは。おでかけ?」
「せやで、晩メシ食べに行くねん。アリマのおばーちゃんは? デイサービスから帰るとこ?」
背の低い老婆と目線を合わせるように腰を曲げて、庄助は優しい口調でゆっくり話した。アリマ老人は骨粗鬆症で足を悪くしているものの、受け答えは溌溂としている。歩かないとすぐにボケるからと、運動も兼ねて徒歩とバスで自力で通所しているのだそうだ。
「ううん、ちょっと郵便を出しにねえ。そちら、会社のひと? こんばんはぁ」
後ろにいるナカバヤシに丁寧に頭を下げた老婆は、手に大きめの封筒のようなものを持っている。
「昨日はぎょーさんお菓子もろたから、会社の人にもおすそ分けしたねん。ありがとうな、おばーちゃん。……あ、それ、ポストに入れるん? 出してきたろか?」
「庄助ちゃんは優しいねえ。ありがとう、でも自分で出すわぁ。お金が入ってるからねえ」
アリマはにっこりと笑ったが、庄助とナカバヤシは目を見合わせた。
「お金っ!?」
「そう、30万円を送金したら国からいくらかカンプキン? がもらえるって電話で言われたんだけど、あたし目が悪いから、銀行のATMの画面が見えないって言ったの。そしたら、封書でもいいですよって」
「おい、婆ちゃん。それ詐欺だわ。書留以外で現金は送れねえのよ」
ナカバヤシが割って入る。アリマは見知らぬ厳つい男に、少し警戒したような顔をした。
「でも、少し前に制度が変わったって言ってたのよぉ?」
「いや、変わんねえよ、それが嘘だよ! いいから警察に……」
「おばーちゃん、ここ見える? ちょっと一緒に読んで」
アリマ老人の持っているのは、郵便局などでもらえるパック式の封筒だ。その裏には『現金を送れと言うのは詐欺です』と、注意喚起が赤い文字で書かれていた。老眼のため、封筒から距離を取って読み上げながら、老婆は愕然とした。
「あ、あら……ほんとう。やだ、あたし騙されてたの?」
アリマは口を押さえた。庄助は封筒の宛先を写真に撮ると、ナカバヤシに言った。
「すんませんナカバヤシさん、ちょっと今日は焼き鳥中止で。おばーちゃんのこと頼みます」
「えっ、なんで……」
「ここの住所、けっこう近くみたいなんで一発殴り込みに行ってきます」
庄助の目は怒りと義侠心に燃えていた。
お先に失礼します、とまばらに事務所に残る兄貴分たちに声をかける。スマホに表示されたQRコードをPCに繋がったスキャナに読み込ませ、退勤の打刻をした。国枝は二日酔いで休むと連絡があり、景虎は午後から出勤してくるなり、別件の用で出ていった。
いつも景虎に配送の時の運転をやってもらっていたから、庄助は慣れない道を一人で運転しなくてはいけなかった。慣れない上に土地勘もない道なのはもちろん、そのうえで組の作業車をぶつけてはいけないというプレッシャーでとびきり疲れた。
「庄助も出る? 晩飯がてら焼き鳥食いに連れてってやろうか」
懲りずにナカバヤシが誘いかけてくる。疲労困憊で空腹だった庄助は、諸手を挙げて喜んだ。
「ほんまに!? ビール飲んでいいですか?」
「2杯までな」
二人して業務用机の上をざっと片付けると、急いで夜の街に繰り出した。まさに飲食店のゴールデンタイムである今の時間は、そこらじゅうのビルから様々な食べ物の匂いが漂ってくる。
「景虎もいれば一緒に連れてきてやったのに」
金はなくても自分より歳下には奢らなくてはならない、ナカバヤシはそういう価値観の持ち主だった。ジェネレーションギャップ的なものを感じるときもあるけど、庄助はやはりナカバヤシのことを嫌いにはなれなかった。
「あいつはいいっすよ別に……」
「もしかして景虎の晩飯作る予定だった? すまんなぁ淋しいオッサンに付き合わせて」
ナカバヤシは、小指のない方の手で鼻の下を掻いた。
「いや、勝手に食うでしょ。そこまで面倒見てられませんて」
本当はスーパーに寄って帰ろうと思っていたのだ。カゲが帰ってくるの何時になるかわからんから、遅くなっても温めて食べられるカレーがええかな。などと、人のための献立を考えてしまっている自分に、庄助は自分で軽くショックを受けた。
いくらなんでも、あんなヘンタイ男相手に甲斐甲斐しすぎる。これでも食っとけって言って半額弁当投げつけるくらいがちょうどいい、と思い直した。
「あ」
ふと歩道の向こうからこちらにやってくる、腰の曲がった小さな老人を見つけた。庄助がここしばらく営業に行っている介護施設に、デイサービスの利用のために来所している老婆だ。
「アリマのおばーちゃん!」
名前を呼ばれた老婆は顔を上げると、庄助に向かって手を振った。庄助は実の祖母であるかのように嬉しそうに駆け寄る。生来の人懐っこさのせいか、短い期間ですっかり仲良くなっている。
「庄助ちゃあん、こんばんは。おでかけ?」
「せやで、晩メシ食べに行くねん。アリマのおばーちゃんは? デイサービスから帰るとこ?」
背の低い老婆と目線を合わせるように腰を曲げて、庄助は優しい口調でゆっくり話した。アリマ老人は骨粗鬆症で足を悪くしているものの、受け答えは溌溂としている。歩かないとすぐにボケるからと、運動も兼ねて徒歩とバスで自力で通所しているのだそうだ。
「ううん、ちょっと郵便を出しにねえ。そちら、会社のひと? こんばんはぁ」
後ろにいるナカバヤシに丁寧に頭を下げた老婆は、手に大きめの封筒のようなものを持っている。
「昨日はぎょーさんお菓子もろたから、会社の人にもおすそ分けしたねん。ありがとうな、おばーちゃん。……あ、それ、ポストに入れるん? 出してきたろか?」
「庄助ちゃんは優しいねえ。ありがとう、でも自分で出すわぁ。お金が入ってるからねえ」
アリマはにっこりと笑ったが、庄助とナカバヤシは目を見合わせた。
「お金っ!?」
「そう、30万円を送金したら国からいくらかカンプキン? がもらえるって電話で言われたんだけど、あたし目が悪いから、銀行のATMの画面が見えないって言ったの。そしたら、封書でもいいですよって」
「おい、婆ちゃん。それ詐欺だわ。書留以外で現金は送れねえのよ」
ナカバヤシが割って入る。アリマは見知らぬ厳つい男に、少し警戒したような顔をした。
「でも、少し前に制度が変わったって言ってたのよぉ?」
「いや、変わんねえよ、それが嘘だよ! いいから警察に……」
「おばーちゃん、ここ見える? ちょっと一緒に読んで」
アリマ老人の持っているのは、郵便局などでもらえるパック式の封筒だ。その裏には『現金を送れと言うのは詐欺です』と、注意喚起が赤い文字で書かれていた。老眼のため、封筒から距離を取って読み上げながら、老婆は愕然とした。
「あ、あら……ほんとう。やだ、あたし騙されてたの?」
アリマは口を押さえた。庄助は封筒の宛先を写真に撮ると、ナカバヤシに言った。
「すんませんナカバヤシさん、ちょっと今日は焼き鳥中止で。おばーちゃんのこと頼みます」
「えっ、なんで……」
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庄助の目は怒りと義侠心に燃えていた。
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