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魔女狩りの日

フェスターとカーラ3

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「君優しそうだし」
「目が悪いのかあんた。この年で雑用してる惨めな男が性格いいわけないだろ」
「君は正直だから……そこらにいる人よりずっと優しいと思う」
「どういう理屈だそりゃ」

フェスターは彼女から目を逸らす。
バカなことを言っているというのに、カーラの目は真っ直ぐだった。

「もしさ、私が襲われたら助けてくれる?」
「俺に何の得がある」
「そうだね、何かお礼してあげる」
「金か?」
「お金はないから、君の望むことならなんでも」
「ヤラせろって言ったら?襲われるのと同じだろ」
「同じじゃないよ。1人だけなら愛が生まれる」
「何言ってんだよお前」

思わずフェスターは吹き出した。
カーラも嬉しそうだ。

「じゃあ前払い。私の歌を聞かせてあげる」
「金出す客に取っとけよ。喉を痛めるぞ」
「痛めたりしないよ。それにどんなにお金が入っても、私の懐に入らないもん」
「まぁそりゃそうだな」
「じゃあ歌うね」
「ああ、勝手にしてくれ」
「このサーカス団で初めてのお客さんは君だよ」
「光栄だな」

カーラは「コホン」と咳払いをして、腹に力を入れて歌い出した。
美しく伸びる声は、フェスターの体を包みこむ。
甘いような力強いような美声に、いつのまにか彼は聞き惚れた。
カーラが歌い終わっても、フェスターは彼女に目が釘付けのままだ。
「どうだった?」と聞かれるまで彼は呆然としていた。

「ああ……歌がうまいな」
「これが仕事ですから。下手だったらクビになってるよ」
「まあそりゃそうだ。本当に上手だったよ、聞き惚れた」
「けっこう素直だよね君」
「そうか?」

フェスターは頭を掻き、練習場から出ようとした。

「もう行っちゃうの?」
「ああ、明日に備えて寝ないとな。あんたも寝ろ」
「もう少し話そうよ」
「俺に媚び売っても得はないぞ」
「得とかさ……そういうのいいじゃん。仲良くしようよ」
「あん?」

どことなく寂しそうなカーラを見て、フェスターは足を止める。
ため息をつき、彼はカーラに近づいた。

「休まないと体壊すぞ、公演も近いんだから」
「孤独よりはマシだよ」
「よくわかんねぇ」
「ねぇ今夜フェスター君のテントにお邪魔していい?」
「雑用係に専用のテントなんかねぇよ。数人で雑魚寝だ」
「いいじゃん、泊めてよ」
「……ダメに決まってんだろ。女を男の寝床に入れるとロクなことはない。レイプ祭りの開催だ。うるさくて俺が眠れなくなる」
「ふふ、サイテー」
「じゃあ俺はテントに戻るから。練習するなり寝るなり好きにしろ」

流石に睡魔に負けそうになっているフェスターがこの場を離れようとすると、カーラは彼の手をギュッと握った。
温かい体温が、フェスターに伝わる。

「君の顔、好きなんだよね」
「物好きだな」
「顔に力があるから」
「よくわかんねぇ」
「ふふ、私はもう少し練習していくから。明日もよろしくね」
「ああ、明日な」

カーラは小さく手を振った。
照れながらも、フェスターも手を振ってここで彼女と別れる。
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