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善人だけの世界

ウルクス神へ捧ぐ……5

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「……これは」

鮮やかな一刀だった。
修練を重ねたコトネの剣技が、デロリスを襲った。
真っ直ぐに振り下ろされた刃が、彼女な肉と骨を断ち、杖を持った手を斬り落としたのだ。
デロリスの腕はポトリと地面に落ち、土に塗れる。
デロリスは瞬時に何が起こったのかを理解し、落ちた錫杖を足で蹴り上げて宙に浮かせた。
杖を左手で握り、回転しながら魔法を放ち、テンたちを後方に吹き飛ばす。
デロリスの顔色がみるみる悪くなっていく。
切断されて残った腕からは、赤い血液がドバドバと流れ出て地面に落ちた。
その血は雨により薄まり、風によって流れていく。
嵐はさらに強まり、収まることを知らない。
雷が光る空の下で、デロリスは天を仰いだ。
彼女の意識は途絶えかかり、立っていることすらやっとだ。
だがデロリスは、自分がここで死ぬなどとは微塵も考えていなかった。
彼女は錫杖を地面に突き立てた。
懐にあるイタレアーナとモギリ草を調合した錠剤を、ありったけ左手で掴む。
デロリスは15錠もある薬を、一気に口に押し込んだ。
バリバリと音を立てて噛み、その薬を全て飲み込む。

「うっ……うぐっ!あああぁ!!」

デロリスは体が焼かれるような痛みを味わい、大声で叫んだ。
心臓が高鳴り、出血量は増え、肌にははち切れんばかりにまで膨らんだ血管が浮き出る。
滝のような汗を流し、瞳は血液のように充血した。
さらに体中に悪寒も走り、発熱も感じた。
デロリスは震える手で錫杖を握り直す。
そして薬によって引き出された魔力を、全て杖に流し込む。
この世のものとは思えない、全ての闇を消し去るほどの光が、この島を包み込む。
あまりの美しさと強さに、見るものは目を焼かれてしまいそうだ。
テンとコトネは呆気に取られ、フェスターはその光を浴びるだけで体を動かすことができなくなってしまう。

「きれい……」
「テン!見惚れてねぇであいつを止めろ!あの規模の聖魔法食らったらアンデッドじゃなくても木っ端微塵だ!そこの銀髪女もさっさと立て!!」
「わ、わかった!」

フェスターに叱咤され、テンとコトネは立ち上がり戦闘を続けようとした。
しかし村人たちが執念とも言えるしつこさと力強さで、彼女たちの動きを押さえた。
振りほどき、切り伏せ、投げ飛ばして彼女たちは進もうとするが、足を取られたりしがみつかれたりして思うようにいかない。

「おい急げ!この場にいるやつら全員死ぬぞ!!」
「分かってるよ!でも進めないんだ!」

テンたちがモタモタしている間にも、デロリスは杖に魔力を送り込んでいる。
杖は時間が経つごとに輝きを増し、この悪天候の空さえも照らそうとしている。
デロリスは優しく微笑みながら、増大した光を見つめる。
その表情はこの上なく穏やかだ。

「主よ……私たちは最後まであなたに仕えます。あなたの手となり足となり、そして口となりましょう……主のご意志を、教えを、優しさを……私たちは世界に広め、完璧な世界に変えてみせます」
「デロリスさん……」

名前を呼ばれ、デロリスは振り向いた。
そこに立っていたのはミユだった。
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