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善人だけの世界

ウルクス神へ捧ぐ……2

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「なんだ……?」

コトネは目を擦り、目の前の光景を認識しようとした。
ポルターガイスト現象のように無機物が激しく動き、その中で蝶々が舞っている。
とてもじゃないが現実の光景とは思えない。
呆けているコトネを、デロリスは錫杖で攻撃しようとした。
だがピアノがそれを許さなかった。
勢いづいたピアノはコトネを巻き込み、デロリスを外に弾き出す。
教会の外に放り出されたコトネに、ミユは近づいた。

「コトネ!」
「大丈夫だよ、何ともない……しかしなんの奇術だ?物が空を飛んで、おまけに変な蝶がいるぞ」
「蝶?」

ミユはデロリスに見せられた幻覚を思い出す。

「あの薬か……よし、コトネ結界を描いて!」
「え?あ、ああ」

わけもわからぬままコトネは地面に結界を描いた。
その結界の中にミユは座り、精神を集中させる。

「コトネ、私のこと守ってね」
「ああ、任せろ」

教会の壁をぶち壊し、フェスターとテンが外に出る。
2人はすでにイタレアーナの虜になっており、見えているものが真実か幻覚か分からなくなっていた。

「クソ!幻覚でまともに狙いがつけられないぞ!」
「何とかして!」
「そんなこと言われてもよ!クソッ!なんだこの蝶は!邪魔だな!」

フェスターとテンは自分たちに迫りくる蝶々を必死に振り払おうとしていた。
その間にデロリスは立ち上がり、そして続々と新たな村人が彼らに近づいてきていた。

「数が多いな……というかあれ誰なんだ?」

コトネは四方八方に魔法を放っているフェスターを見て首を傾げる。
デロリスは懐に手を入れて、2つ目の錠剤を掴み口に含む。
歯で噛んだ瞬間、彼女の頭に痛みが走る。
その代償に、デロリスの力はさらに増した。

「まだ足りません……きっと正しさを証明してみせましょう」

デロリスは瓶の蓋を開けて、頭にかけた。
そして踊るように、軽やかに体を動かして大量のシャボン玉を宙に浮かせる。
そのシャボンはパチパチと割れて、風に乗り、この地一体に広がる。
逃れようのない祝福に、フェスターたちの瞳に映る蝶はどんどん増えていった。
それと同時にふらつきやだるさ、快楽を取得する。

「ミユ……やばい、視界が……」

コトネはミユを見た。
彼女は目を瞑り、必死に神に祈っている。
まだ諦めていない彼女の姿が美しくて、コトネは背筋をシャンと伸ばした。

「そうだよね……役目を果たさないと」

コトネは刀を強く握った。
襲いかかる村人たちを斬り伏せ、自分も殴られる。
幻覚のせいで上手く敵を捉えられないのだ。
時間が経つごとにつれ、意識が薄まっていく。
それでも彼女は刀を振った。
わずかに残った視界と相手の気配を頼りに、鮮血で地面を濡らしていく。

「コトネさん……」

声がしたほうを振り返ると、腹に魔法をぶちこまれ、コトネは吹き飛びそうになった。
しかしなんとか踏みとどまる。

「もう頑張らなくてよいのです。やめましょう。この戦いは何も生み出しはしません」
「そっちが吹っかけてきたくせによく言うな。僕たちはお前の人形じゃない」
「私は同志たちを人形と思ったことはありません。みな大切な仲間です」

デロリスは杖の先をコトネに向けた。
だがガシッと自分の腹に両手を巻かれたことに気づき、動きを止める。

「これシスター!?」
「え?」
「これシスターなの!?」
「あ、ああ!そうだ!!」

なんとかデロリスにたどり着いたテンは、今自分が掴んでいる相手がデロリスか確認をとった。
そして彼女だと分かると、脚と背筋に力を入れて思い切り後ろに体を反らした。
そのままジャーマンスープレックスで、デロリスの頭を地面に激突させる。
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