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善人だけの世界
歌を歌おう
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館のダイニングルームから何やら大きな声が聞こえてくる。
テンは扉に近づき、耳を澄ました。
調子が外れていて、しゃがれた醜い声だからわかりにくいが、これは歌のようだ。
落ち着いたラブソングのはずだが、歌い手のせいで愛を綴るのではなく殺害予告をするような雰囲気を醸し出している。
テンはノックもせずに扉を開けた。
部屋には10本目のウイスキーを飲みながら、呆けてにやついた顔をしているフェスターが座っている。
「なんか用か?」
フェスターは歌うのをやめて、どこか弾んだ声で聞く。
「別に、暇だったから。それにして酷い歌声だね。音痴すぎる、歌が可哀想だよ」
「ふふ、そうか?」
彼を貶したことで、てっきり嫌味や罵倒を貰うものかと思っていたテンは少し驚いた。
彼は上機嫌のままグラスに酒を注ぎ足す。
「私けっこう歌が上手だよ?」
「歌ってみろよ」
テンは咳払いをして喉の調子を整える。
そして親友に教えてもらった故郷ランファンの歌を歌った。
スローテンポだが明るく力強い歌詞を声に乗せた。
1曲歌い終わると、フェスターは「くくく」と肩を震わせて笑った。
「確かに上手いな」
「嘘つかないでよ、また嫌味?」
「いや本心さ。いい線いってるよ」
「じゃあどうして悲しそうな顔してるの?」
フェスターの酒を飲む手が止まった。
彼は笑っていた、表面上はそう見えた。
しかしテンを褒めるとき、彼の顔は無意識に歪んでしまっていたのだ。
「お前目が悪いんじゃないか?」
「魔女のこと?」
フェスターは返事をせずに、一気にグラスの中の酒を呷る。
テンは酒を飲み続ける彼に近づいた。
「怖いんだね魔女が……だから依頼を引き受けたくない」
「魔女なんてそうほいほいそこらにはいねぇよ。ただの噂だろう」
「でも本物かもしれない。フェスターは怖がってる」
テンは優しくフェスターの肩に置いた。
フェスターは少し間を置いて、その手を振り払う。
「大丈夫だって。フェスター強いし、私だっているよ」
「……かもな」
「そんなに心配しないでよ!本当にやばかったら逃げればいいんだし!」
テンはなんとかフェスターを励まそうとした。
しかし彼の表情は晴れない。
「やつらは次元が違う。逃してなんかくれねぇだろうよ。もしも負けてみろ、俺たちは仲良く実験体として長い余生を送ることになるんだぞ。死ぬこともできない……朝も昼も夜も……痛みは続く」
テンは微笑んだ。
彼の痛みや苦しみを理解できたわけではない。
しかし彼女はかがみこみ、フェスターの膝に手を置いた。
慈愛に満ちた破顔を見て、フェスターは手を振り払うことができなかった。
「大丈夫。乗り越えられるよ。もしも本当に魔女がいても私が倒してあげる。怖がってるフェスターなんか見たくないな」
真っ直ぐすぎる視線をぶつけられて、フェスターはただ「ふん」と鼻を鳴らす。
そして酒瓶を手に取って、胃の中に残った酒を流し込む。
「いつまで経っても態度がでかい女だ。マギーのところ行くぞ」
「うん!」
2人は屋敷を出て、暗い夜に浮かぶ星々を見上げた。
テンは扉に近づき、耳を澄ました。
調子が外れていて、しゃがれた醜い声だからわかりにくいが、これは歌のようだ。
落ち着いたラブソングのはずだが、歌い手のせいで愛を綴るのではなく殺害予告をするような雰囲気を醸し出している。
テンはノックもせずに扉を開けた。
部屋には10本目のウイスキーを飲みながら、呆けてにやついた顔をしているフェスターが座っている。
「なんか用か?」
フェスターは歌うのをやめて、どこか弾んだ声で聞く。
「別に、暇だったから。それにして酷い歌声だね。音痴すぎる、歌が可哀想だよ」
「ふふ、そうか?」
彼を貶したことで、てっきり嫌味や罵倒を貰うものかと思っていたテンは少し驚いた。
彼は上機嫌のままグラスに酒を注ぎ足す。
「私けっこう歌が上手だよ?」
「歌ってみろよ」
テンは咳払いをして喉の調子を整える。
そして親友に教えてもらった故郷ランファンの歌を歌った。
スローテンポだが明るく力強い歌詞を声に乗せた。
1曲歌い終わると、フェスターは「くくく」と肩を震わせて笑った。
「確かに上手いな」
「嘘つかないでよ、また嫌味?」
「いや本心さ。いい線いってるよ」
「じゃあどうして悲しそうな顔してるの?」
フェスターの酒を飲む手が止まった。
彼は笑っていた、表面上はそう見えた。
しかしテンを褒めるとき、彼の顔は無意識に歪んでしまっていたのだ。
「お前目が悪いんじゃないか?」
「魔女のこと?」
フェスターは返事をせずに、一気にグラスの中の酒を呷る。
テンは酒を飲み続ける彼に近づいた。
「怖いんだね魔女が……だから依頼を引き受けたくない」
「魔女なんてそうほいほいそこらにはいねぇよ。ただの噂だろう」
「でも本物かもしれない。フェスターは怖がってる」
テンは優しくフェスターの肩に置いた。
フェスターは少し間を置いて、その手を振り払う。
「大丈夫だって。フェスター強いし、私だっているよ」
「……かもな」
「そんなに心配しないでよ!本当にやばかったら逃げればいいんだし!」
テンはなんとかフェスターを励まそうとした。
しかし彼の表情は晴れない。
「やつらは次元が違う。逃してなんかくれねぇだろうよ。もしも負けてみろ、俺たちは仲良く実験体として長い余生を送ることになるんだぞ。死ぬこともできない……朝も昼も夜も……痛みは続く」
テンは微笑んだ。
彼の痛みや苦しみを理解できたわけではない。
しかし彼女はかがみこみ、フェスターの膝に手を置いた。
慈愛に満ちた破顔を見て、フェスターは手を振り払うことができなかった。
「大丈夫。乗り越えられるよ。もしも本当に魔女がいても私が倒してあげる。怖がってるフェスターなんか見たくないな」
真っ直ぐすぎる視線をぶつけられて、フェスターはただ「ふん」と鼻を鳴らす。
そして酒瓶を手に取って、胃の中に残った酒を流し込む。
「いつまで経っても態度がでかい女だ。マギーのところ行くぞ」
「うん!」
2人は屋敷を出て、暗い夜に浮かぶ星々を見上げた。
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