39 / 51
第4章 新しい過去、違う道の未来
第33話 もう俺は、必要ないよな……
しおりを挟む
朦朧とした闇の中、俺は走っていた。
いや、走ろうとしても足が重くて思うように進めない。
目の前で、襲われている仲間がいるのに!
「逃げろ、フラウ! ニルス! チコ!」
叫ぶ甲斐もなく、仲間たちは凶刃に倒れていく。
その刃を振るうのは、冷たい殺意だけを目に宿した女。勇者アリア。
違う。やつは宿敵だが、彼らを殺したのは他の人間だ。
だからこれは夢だ。わかっていても、叫ばずにはいられない。
「なんでだ!? なぜ殺す!? 俺たちがなにをしたっていうんだ!?」
「……わたしの家族を、奪った。魔族は殺す」
「それは俺たちドミナ系魔族じゃない!」
「嘘つき。あなただって、いっぱい殺してる」
勇者アリアの冷たい視線が、俺の足元に向けられる。
死体の山があった。魔王として殺してきた人間たち。その手始めだった第6騎士団も……。
「こ、れは……違う。やつらが先に手を出したんだ。悪いのは俺じゃ――!?」
顔を上げた先に、もう勇者アリアはいなかった。
代わりに、俺のアリアがいた。青ざめた顔に、絶望の涙が流れていく。
「カイン……どうして……?」
やめろ……。
そんな顔で、俺を見ないでくれ……!
◇
その日も、アリアたちと一緒に学内の清掃活動だ。
気が重く、やる気が起きないのは夢見が悪かっただけではない。
ふとしたときに目に入る今日の日付。そしてアリアたちが口にする、俺の誕生日。
「本当に、もうすぐなんだな……」
カレンダーを見つめながら、ひとり呟く。
誕生会の日は、俺が――ただの魔族だったゾールが、最強の魔王になると決意した日だ。
ただ自分たちが平和に暮らせる場所を作ろうとしていただけなのに、人間に――王都の第6騎士団に襲撃された。
俺の考えの足りなさを、補ってくれる親友がいた。
慕ってくれる可愛い女の子がいた。
憧れた、姉のような女性がいた……。
みんな殺された。家族同然の仲間たちを、すべて奪われた。
同胞を守るためには、誰にも負けない力が必要だと悟った。
守るためならば誰とだって戦った。南の魔王ゼートリック4世とも。人間とも。
そうして俺は、魔王ゾールとなっていった。
「……ねえカイン。なんか元気ない?」
不意に、アリアが俺の顔を覗き込んできた。
「ん、ああ。今朝は寝苦しくてな」
「嘘つき」
どくり、と心臓が高鳴る。夢の中で、勇者アリアにも同じことを言われた。
「そういう元気のなさとは違うよね?」
誤魔化すのは無理か……。
考えようによっては、ちょうどいいかもしれない。
俺は意を決して、アリアと向かい合う。
「……誕生日パーティには、俺は出られない」
「え……」
アリアは一瞬固まった。
「……どうして? 主役はカインなのに」
「用事ができたんだ」
「それって大事な用? 先生になにか頼まれちゃったのかな?」
「そうじゃないが、とても……とても大切な用なんだ」
救いに行くのだ。俺の家族を。
彼らは、今ならまだ生きている。過去の俺――ゾールと共に。
第6騎士団を返り討ちにしてやれば、みんなを救える。
歴史を変えることに抵抗はない。
こんなにもアリアの運命を変えてしまっているのに、今の俺の考えにも記憶にも、なんの変化はないのだ。
きっとこの世界は、今の俺に影響しない。分岐したべつの世界になったに違いない。
だから、変えてもいい。家族が、幸せに生きる世界があったっていい……!
「そっか……。そこまでの用なら仕方ないね……。それじゃあ、べつの日に……。用事が済んだあととか――」
「ダメだ。しばらくかかる」
「じゃあ前倒しで! それなら――」
「やめてくれ。決心が、鈍る」
第6騎士団を討つということは、魔族に味方し、人間と敵対するということだ。
もうアリアの元にはいられない。
いずれ勇者となるアリアと、戦うことにもなるだろう。
それが俺の迷いだった。
だが、そもそも、なぜ迷う必要がある?
アリアと敵対するのは当初の目的通り。
その上、かつて失った者たちを救うこともできる。
これほど理想的な選択はあり得ない。
……あり得ないんだ。
「……そっか。そっかぁ……。なんだかすっごい事するんだね。じゃあしょうがない……。しょうがない……のかな?」
アリアの紫の瞳が、みるみるうちに潤んでいく。
「あ、あれ? ごめん。なんだか、急に……」
こぼれ落ちそうな涙をぬぐって、アリアは儚げに笑う。
「ねえカイン。ごめんね? すごく大切なのはね、顔を見てればわかるよ」
アリアはぎゅっと手を握りしめる。
「でも、でもね……それって、他の人に代わってもらえないのかな? せっかくのカインの誕生日で……グレンくんも、レナちゃんも、わたしだってたくさん伝えたいことがあって……」
唇を震わせながら、訴えるように言葉を紡ぎ続ける。
「だって、カインが覚醒して……。レナちゃんに会えて……わたしも覚醒して。一緒に学園に来て、グレンくんやみんなと仲良くなれて……。来期からはみんなでSクラスで……。そんな特別な一年だったんだよ。だから、特別な誕生日にしてあげたくて……」
俺は必死に感情を殺す。歯を食いしばる。
「だから……行かないで欲しいって思っちゃうの。わがまま、かな……?」
「ああ、わがままだ……。みんなには中止と伝えておいてくれ」
もう言葉も出せないまま、アリアは俺に背を向けた。そのままとぼとぼと歩き去っていく。
「もう俺は、必要ないよな……」
アリアはもう充分に強い。つらい目に遭うことがあっても、死ぬことはあるまい。
これからいくつも過酷な経験を経て、あの美しく冷たい殺意の塊へと成長してくはずだ。
太陽のように温かい笑顔を失いながら……。
そして俺は、家族を救う。
その家族の輪に、俺が入る余地などないだろうけれど……。
「さらばだ、アリア。次に会うときは、敵同士だ」
その日の晩、俺は誰にも告げず、学園を抜け出した。
いや、走ろうとしても足が重くて思うように進めない。
目の前で、襲われている仲間がいるのに!
「逃げろ、フラウ! ニルス! チコ!」
叫ぶ甲斐もなく、仲間たちは凶刃に倒れていく。
その刃を振るうのは、冷たい殺意だけを目に宿した女。勇者アリア。
違う。やつは宿敵だが、彼らを殺したのは他の人間だ。
だからこれは夢だ。わかっていても、叫ばずにはいられない。
「なんでだ!? なぜ殺す!? 俺たちがなにをしたっていうんだ!?」
「……わたしの家族を、奪った。魔族は殺す」
「それは俺たちドミナ系魔族じゃない!」
「嘘つき。あなただって、いっぱい殺してる」
勇者アリアの冷たい視線が、俺の足元に向けられる。
死体の山があった。魔王として殺してきた人間たち。その手始めだった第6騎士団も……。
「こ、れは……違う。やつらが先に手を出したんだ。悪いのは俺じゃ――!?」
顔を上げた先に、もう勇者アリアはいなかった。
代わりに、俺のアリアがいた。青ざめた顔に、絶望の涙が流れていく。
「カイン……どうして……?」
やめろ……。
そんな顔で、俺を見ないでくれ……!
◇
その日も、アリアたちと一緒に学内の清掃活動だ。
気が重く、やる気が起きないのは夢見が悪かっただけではない。
ふとしたときに目に入る今日の日付。そしてアリアたちが口にする、俺の誕生日。
「本当に、もうすぐなんだな……」
カレンダーを見つめながら、ひとり呟く。
誕生会の日は、俺が――ただの魔族だったゾールが、最強の魔王になると決意した日だ。
ただ自分たちが平和に暮らせる場所を作ろうとしていただけなのに、人間に――王都の第6騎士団に襲撃された。
俺の考えの足りなさを、補ってくれる親友がいた。
慕ってくれる可愛い女の子がいた。
憧れた、姉のような女性がいた……。
みんな殺された。家族同然の仲間たちを、すべて奪われた。
同胞を守るためには、誰にも負けない力が必要だと悟った。
守るためならば誰とだって戦った。南の魔王ゼートリック4世とも。人間とも。
そうして俺は、魔王ゾールとなっていった。
「……ねえカイン。なんか元気ない?」
不意に、アリアが俺の顔を覗き込んできた。
「ん、ああ。今朝は寝苦しくてな」
「嘘つき」
どくり、と心臓が高鳴る。夢の中で、勇者アリアにも同じことを言われた。
「そういう元気のなさとは違うよね?」
誤魔化すのは無理か……。
考えようによっては、ちょうどいいかもしれない。
俺は意を決して、アリアと向かい合う。
「……誕生日パーティには、俺は出られない」
「え……」
アリアは一瞬固まった。
「……どうして? 主役はカインなのに」
「用事ができたんだ」
「それって大事な用? 先生になにか頼まれちゃったのかな?」
「そうじゃないが、とても……とても大切な用なんだ」
救いに行くのだ。俺の家族を。
彼らは、今ならまだ生きている。過去の俺――ゾールと共に。
第6騎士団を返り討ちにしてやれば、みんなを救える。
歴史を変えることに抵抗はない。
こんなにもアリアの運命を変えてしまっているのに、今の俺の考えにも記憶にも、なんの変化はないのだ。
きっとこの世界は、今の俺に影響しない。分岐したべつの世界になったに違いない。
だから、変えてもいい。家族が、幸せに生きる世界があったっていい……!
「そっか……。そこまでの用なら仕方ないね……。それじゃあ、べつの日に……。用事が済んだあととか――」
「ダメだ。しばらくかかる」
「じゃあ前倒しで! それなら――」
「やめてくれ。決心が、鈍る」
第6騎士団を討つということは、魔族に味方し、人間と敵対するということだ。
もうアリアの元にはいられない。
いずれ勇者となるアリアと、戦うことにもなるだろう。
それが俺の迷いだった。
だが、そもそも、なぜ迷う必要がある?
アリアと敵対するのは当初の目的通り。
その上、かつて失った者たちを救うこともできる。
これほど理想的な選択はあり得ない。
……あり得ないんだ。
「……そっか。そっかぁ……。なんだかすっごい事するんだね。じゃあしょうがない……。しょうがない……のかな?」
アリアの紫の瞳が、みるみるうちに潤んでいく。
「あ、あれ? ごめん。なんだか、急に……」
こぼれ落ちそうな涙をぬぐって、アリアは儚げに笑う。
「ねえカイン。ごめんね? すごく大切なのはね、顔を見てればわかるよ」
アリアはぎゅっと手を握りしめる。
「でも、でもね……それって、他の人に代わってもらえないのかな? せっかくのカインの誕生日で……グレンくんも、レナちゃんも、わたしだってたくさん伝えたいことがあって……」
唇を震わせながら、訴えるように言葉を紡ぎ続ける。
「だって、カインが覚醒して……。レナちゃんに会えて……わたしも覚醒して。一緒に学園に来て、グレンくんやみんなと仲良くなれて……。来期からはみんなでSクラスで……。そんな特別な一年だったんだよ。だから、特別な誕生日にしてあげたくて……」
俺は必死に感情を殺す。歯を食いしばる。
「だから……行かないで欲しいって思っちゃうの。わがまま、かな……?」
「ああ、わがままだ……。みんなには中止と伝えておいてくれ」
もう言葉も出せないまま、アリアは俺に背を向けた。そのままとぼとぼと歩き去っていく。
「もう俺は、必要ないよな……」
アリアはもう充分に強い。つらい目に遭うことがあっても、死ぬことはあるまい。
これからいくつも過酷な経験を経て、あの美しく冷たい殺意の塊へと成長してくはずだ。
太陽のように温かい笑顔を失いながら……。
そして俺は、家族を救う。
その家族の輪に、俺が入る余地などないだろうけれど……。
「さらばだ、アリア。次に会うときは、敵同士だ」
その日の晩、俺は誰にも告げず、学園を抜け出した。
0
お気に入りに追加
82
あなたにおすすめの小説
学園の美人三姉妹に告白して断られたけど、わたしが義妹になったら溺愛してくるようになった
白藍まこと
恋愛
主人公の花野明莉は、学園のアイドル 月森三姉妹を崇拝していた。
クールな長女の月森千夜、おっとり系な二女の月森日和、ポジティブ三女の月森華凛。
明莉は遠くからその姿を見守ることが出来れば満足だった。
しかし、その情熱を恋愛感情と捉えられたクラスメイトによって、明莉は月森三姉妹に告白を強いられてしまう。結果フラれて、クラスの居場所すらも失うことに。
そんな絶望に拍車をかけるように、親の再婚により明莉は月森三姉妹と一つ屋根の下で暮らす事になってしまう。義妹としてスタートした新生活は最悪な展開になると思われたが、徐々に明莉は三姉妹との距離を縮めていく。
三姉妹に溺愛されていく共同生活が始まろうとしていた。
※他サイトでも掲載中です。
【しっかり書き換え版】『異世界でたった1人の日本人』~ 異世界で日本の神の加護を持つたった1人の男~
石のやっさん
ファンタジー
12/17 13時20分 HOT男性部門1位 ファンタジー日間 1位 でした。
ありがとうございます
主人公の神代理人(かみしろ りひと)はクラスの異世界転移に巻き込まれた。
転移前に白い空間にて女神イシュタスがジョブやスキルを与えていたのだが、理人の番が来た時にイシュタスの顔色が変わる。「貴方神臭いわね」そう言うと理人にだけジョブやスキルも与えずに異世界に転移をさせた。
ジョブやスキルの無い事から早々と城から追い出される事が決まった、理人の前に天照の分体、眷属のアマ=テラス事『テラスちゃん』が現れた。
『異世界の女神は誘拐犯なんだ』とリヒトに話し、神社の宮司の孫の理人に異世界でも生きられるように日本人ならではの力を授けてくれた。
ここから『異世界でたった1人の日本人、理人の物語』がスタートする
「『異世界でたった1人の日本人』 私達を蔑ろにしチート貰ったのだから返して貰いますね」が好評だったのですが...昔に書いて小説らしくないのでしっかり書き始めました。
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
お花畑な母親が正当な跡取りである兄を差し置いて俺を跡取りにしようとしている。誰か助けて……
karon
ファンタジー
我が家にはおまけがいる。それは俺の兄、しかし兄はすべてに置いて俺に勝っており、俺は凡人以下。兄を差し置いて俺が跡取りになったら俺は詰む。何とかこの状況から逃げ出したい。
いきなり異世界って理不尽だ!
みーか
ファンタジー
三田 陽菜25歳。会社に行こうと家を出たら、足元が消えて、気付けば異世界へ。
自称神様の作った機械のシステムエラーで地球には帰れない。地球の物は何でも魔力と交換できるようにしてもらい、異世界で居心地良く暮らしていきます!
強制力がなくなった世界に残されたものは
りりん
ファンタジー
一人の令嬢が処刑によってこの世を去った
令嬢を虐げていた者達、処刑に狂喜乱舞した者達、そして最愛の娘であったはずの令嬢を冷たく切り捨てた家族達
世界の強制力が解けたその瞬間、その世界はどうなるのか
その世界を狂わせたものは
美人四天王の妹とシテいるけど、僕は学校を卒業するまでモブに徹する、はずだった
ぐうのすけ
恋愛
【カクヨムでラブコメ週間2位】ありがとうございます!
僕【山田集】は高校3年生のモブとして何事もなく高校を卒業するはずだった。でも、義理の妹である【山田芽以】とシテいる現場をお母さんに目撃され、家族会議が開かれた。家族会議の結果隠蔽し、何事も無く高校を卒業する事が決まる。ある時学校の美人四天王の一角である【夏空日葵】に僕と芽以がベッドでシテいる所を目撃されたところからドタバタが始まる。僕の完璧なモブメッキは剥がれ、ヒマリに観察され、他の美人四天王にもメッキを剥され、何かを嗅ぎつけられていく。僕は、平穏無事に学校を卒業できるのだろうか?
『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる