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第2章 王立ロンデルネス修道学園
第24話 事故でチューしちゃうこともあるよね……っ
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「……アリア」
女子寮の一室。
運び込まれたアリアがベッドで眠っている。その傍に俺はいた。
保健医の診断によれば、体力と魔力、そしておそらく聖気の使い過ぎが原因だそうだ。
聖気を正確に感知できる者はいなかったが、おそらく間違いないだろう。俺の知る勇者アリアも、聖気を使った技を使い過ぎて不調となることがあった。
俺はアリアの手を、ただ握り続けてやる。
(――こうしてれば安心するでしょう?)
ずっと昔、そう言って手を握り続けてくれた女性がいる。
前世のことだ。優しくて包容力があって、落ち着いていて、時々甘やかしてくれる。そんな年上の憧れの女性。
もう会えない、失われた女性《ひと》……。
いや、今ならまだ、会うだけならできる。
時を遡って、ここにいるのだから……。
でも今この時、大切なのはアリアだ。
アリアには早く回復して、特訓に復帰してもらわねばならない。だから、少しでも苦しみが和らぐよう、この俺が手を握ってやるのだ。
効果があれば、いいのだが……。
安心してくれているといいのだが……。
やがてアリアは、ぼんやりとまぶたを開ける。
「ん……レナ、ちゃん?」
「…………」
「あれ、違う? カイン? なんで、また、その格好……?」
「ここに来たいと言ったら、レナにやられた」
俺はまた女子制服を着せられている。
ちなみに当のレナは、アリアと同部屋の女子生徒を連れ出してくれている。
「そっか……。そこまでして看病しに来てくれたんだ……」
アリアは宝石みたいな紫の瞳を揺らめかせた。ぽろりと涙が流れる。
「ごめん……。心配してくれてたのに、こんなことになっちゃって」
「ああ。なんで、あんな態度を取るんだ」
文句は色々あった。心配したとか、グレンと仲が良くて腹が立ったとか、少しだが――本当に少しだが寂しかったとか。
けれど、そういった言葉も想いも、口には出さなかった。宿敵に言うことではない。
ただ……。
「あんなの、やめてくれよ」
それだけは言いたかった。
「ごめん……。カインが、レナちゃんとばっかり仲良くしてて……キスまでしてて、それでむしゃくしゃしちゃって……」
「だからあれはキスじゃない。レナは魔力を補給してくれただけだ。こうやって、額をつけて……」
と、顔を近づける。
「わ、わっ」
アリアは目を丸くして逃れようとする。
そのせいで狙いが逸れる。意図しない箇所同士が触れ合ってしまう。
慌てて離れる。
アリアは固まってしまう。俺は思わず、自分の唇を指でなぞる。
すごく、柔らかかった……。
しばしの沈黙。
耐えきれず、俺は声を上げる。
「だ、黙るなよ。事故だ、事故。姉弟なんだ、こんなこともある」
「う、うん。そうだよね。姉弟なら、じゃれあって、事故でチューしちゃうこともあるよね……っ」
「こ、今度は動くなよ? 俺が魔力補給してやれば、少しは良くなるはずだ」
改めて額をくっつける。集中して、アリアへ魔力を流し込んでやる。
「ほら、な? 魔力はこうやって受け渡しできるんだ」
「そっか……ごめん。本当に、勘違いだったんだね……」
「今日はごめんばっかりだな」
「えへへ、じゃあ、ありがと。魔力もらったおかげかな、元気出てきた」
その柔らかな笑みに、少しばかり安心する。
「俺も……悪かったかもな。厳しくしすぎた。レナになら、あんな風にはしない。きっと、嫌われるから」
「カインはやっぱり、レナちゃんのこと好き?」
「ああ、気に入ってるよ。でも、恋愛とは違う」
アリアの手を、少しだけ強く握る。
「俺はきっと、甘えすぎていたんだ。お前になら、なにを言っても、なにをやっても、平気だって……な」
「……そんなこと、ないんだよ?」
「今はわかってる……。ただ、俺たちは姉弟だから……。友達や恋人みたいな関係は、なにかの拍子で途切れてしまうかもしれない。けど、血の繋がりは切れない。なにがあっても姉弟なんだ」
「……うん」
「だから無意識に、お前はどこにも行かないって、変わらずにいられるって、安心してしまっていたんだ。そんなわけ、ないのにな……」
俺はなにを言っているんだ。
どうしてこんな気持ちになっているんだ。
いずれ宿敵になるのに。いつか雪辱を果たすべき相手なのに。
「だから……ごめん。俺は、お前と仲違いしたくない」
これではまるで、俺がアリアを本心から好いているみたいじゃないか……!
でも止められない。たぶん、止めたくない。
「うん……。わたしも、そんなの嫌だな」
「どうすれば、許してくれる?」
するとアリアは、悪戯めいた笑みを浮かべる。
「じゃあ……さっきの事故を、もう一回、とか? なんて冗だ――」
「それでいいなら」
俺はそっと事故を起こした。ただの挨拶のように、すぐ離れる。
「これで仲直りだな」
アリアは呆けた顔をしていたが、数秒もすると、耳まで赤くなっていった。
「……う、うん! な、仲直り……!」
「アリア、さっきから顔が赤いな。熱が出てきたんじゃないか?」
「え、あ、へ、平気!」
アリアは俺から手を離すと、ガバッと毛布を引き上げ、顔まで覆った。
「カインは、もう帰っていいよ」
「もう少し手を握っててやろうと思ってたんだが」
「も、もう本当に平気だから……!」
「……そうか……」
毛布を少し下げて、アリアは目だけ出す。
「カイン、ありがと。また一緒に頑張ろうね……」
「ああ。早く、良くなってくれよ」
それを最後に、俺は女子寮を立ち去った。
なんだか冷静になってみると、すごく恥ずかしいことを言ったり、やったりしていた気がする。
「ち、違うからな! これは飴と鞭だ!」
誰にともなく、俺は言い訳していた。
女子寮の一室。
運び込まれたアリアがベッドで眠っている。その傍に俺はいた。
保健医の診断によれば、体力と魔力、そしておそらく聖気の使い過ぎが原因だそうだ。
聖気を正確に感知できる者はいなかったが、おそらく間違いないだろう。俺の知る勇者アリアも、聖気を使った技を使い過ぎて不調となることがあった。
俺はアリアの手を、ただ握り続けてやる。
(――こうしてれば安心するでしょう?)
ずっと昔、そう言って手を握り続けてくれた女性がいる。
前世のことだ。優しくて包容力があって、落ち着いていて、時々甘やかしてくれる。そんな年上の憧れの女性。
もう会えない、失われた女性《ひと》……。
いや、今ならまだ、会うだけならできる。
時を遡って、ここにいるのだから……。
でも今この時、大切なのはアリアだ。
アリアには早く回復して、特訓に復帰してもらわねばならない。だから、少しでも苦しみが和らぐよう、この俺が手を握ってやるのだ。
効果があれば、いいのだが……。
安心してくれているといいのだが……。
やがてアリアは、ぼんやりとまぶたを開ける。
「ん……レナ、ちゃん?」
「…………」
「あれ、違う? カイン? なんで、また、その格好……?」
「ここに来たいと言ったら、レナにやられた」
俺はまた女子制服を着せられている。
ちなみに当のレナは、アリアと同部屋の女子生徒を連れ出してくれている。
「そっか……。そこまでして看病しに来てくれたんだ……」
アリアは宝石みたいな紫の瞳を揺らめかせた。ぽろりと涙が流れる。
「ごめん……。心配してくれてたのに、こんなことになっちゃって」
「ああ。なんで、あんな態度を取るんだ」
文句は色々あった。心配したとか、グレンと仲が良くて腹が立ったとか、少しだが――本当に少しだが寂しかったとか。
けれど、そういった言葉も想いも、口には出さなかった。宿敵に言うことではない。
ただ……。
「あんなの、やめてくれよ」
それだけは言いたかった。
「ごめん……。カインが、レナちゃんとばっかり仲良くしてて……キスまでしてて、それでむしゃくしゃしちゃって……」
「だからあれはキスじゃない。レナは魔力を補給してくれただけだ。こうやって、額をつけて……」
と、顔を近づける。
「わ、わっ」
アリアは目を丸くして逃れようとする。
そのせいで狙いが逸れる。意図しない箇所同士が触れ合ってしまう。
慌てて離れる。
アリアは固まってしまう。俺は思わず、自分の唇を指でなぞる。
すごく、柔らかかった……。
しばしの沈黙。
耐えきれず、俺は声を上げる。
「だ、黙るなよ。事故だ、事故。姉弟なんだ、こんなこともある」
「う、うん。そうだよね。姉弟なら、じゃれあって、事故でチューしちゃうこともあるよね……っ」
「こ、今度は動くなよ? 俺が魔力補給してやれば、少しは良くなるはずだ」
改めて額をくっつける。集中して、アリアへ魔力を流し込んでやる。
「ほら、な? 魔力はこうやって受け渡しできるんだ」
「そっか……ごめん。本当に、勘違いだったんだね……」
「今日はごめんばっかりだな」
「えへへ、じゃあ、ありがと。魔力もらったおかげかな、元気出てきた」
その柔らかな笑みに、少しばかり安心する。
「俺も……悪かったかもな。厳しくしすぎた。レナになら、あんな風にはしない。きっと、嫌われるから」
「カインはやっぱり、レナちゃんのこと好き?」
「ああ、気に入ってるよ。でも、恋愛とは違う」
アリアの手を、少しだけ強く握る。
「俺はきっと、甘えすぎていたんだ。お前になら、なにを言っても、なにをやっても、平気だって……な」
「……そんなこと、ないんだよ?」
「今はわかってる……。ただ、俺たちは姉弟だから……。友達や恋人みたいな関係は、なにかの拍子で途切れてしまうかもしれない。けど、血の繋がりは切れない。なにがあっても姉弟なんだ」
「……うん」
「だから無意識に、お前はどこにも行かないって、変わらずにいられるって、安心してしまっていたんだ。そんなわけ、ないのにな……」
俺はなにを言っているんだ。
どうしてこんな気持ちになっているんだ。
いずれ宿敵になるのに。いつか雪辱を果たすべき相手なのに。
「だから……ごめん。俺は、お前と仲違いしたくない」
これではまるで、俺がアリアを本心から好いているみたいじゃないか……!
でも止められない。たぶん、止めたくない。
「うん……。わたしも、そんなの嫌だな」
「どうすれば、許してくれる?」
するとアリアは、悪戯めいた笑みを浮かべる。
「じゃあ……さっきの事故を、もう一回、とか? なんて冗だ――」
「それでいいなら」
俺はそっと事故を起こした。ただの挨拶のように、すぐ離れる。
「これで仲直りだな」
アリアは呆けた顔をしていたが、数秒もすると、耳まで赤くなっていった。
「……う、うん! な、仲直り……!」
「アリア、さっきから顔が赤いな。熱が出てきたんじゃないか?」
「え、あ、へ、平気!」
アリアは俺から手を離すと、ガバッと毛布を引き上げ、顔まで覆った。
「カインは、もう帰っていいよ」
「もう少し手を握っててやろうと思ってたんだが」
「も、もう本当に平気だから……!」
「……そうか……」
毛布を少し下げて、アリアは目だけ出す。
「カイン、ありがと。また一緒に頑張ろうね……」
「ああ。早く、良くなってくれよ」
それを最後に、俺は女子寮を立ち去った。
なんだか冷静になってみると、すごく恥ずかしいことを言ったり、やったりしていた気がする。
「ち、違うからな! これは飴と鞭だ!」
誰にともなく、俺は言い訳していた。
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