上 下
12 / 51
第1章 カインとアリア

第9話 お姉さんのこと大好きなんだね

しおりを挟む
「ありがとう! 本当にありがとう!」

 それが何度目のありがとうか、もうわからないくらいだった。

 化物を討伐した報はあっという間にローンケイブ村全体に行き届き、総出で宴が開かれることとなった。

 主賓はもちろん、俺。

 まったく。生贄にしようとしたくせに、すぐ手のひらを返しやがって。

 ありがとうより、ごめんなさいが先じゃないのか。

 とか思わなくもないのだが……。

「うぅ、ありがとう……! これでもう怯えなくていい……犠牲にしなくていいんだ! ありがとう! ありがとう……!」

 泣きながら礼を言う村人がひとりやふたりではなく、しかもみんな、謝意のあまりに語彙力を失って「ありがとう」しか言えなくなっている始末だ。

 まあご馳走もあったし、こっそり酒を飲むこともできたし、それらに免じてやってもいい。

 俺は快楽主義者だからな! 美味い酒と肉で大抵のことは許してやる!

 ただ、アリアの作るお菓子がないのは物足りなかったな……。

 そして明くる日、俺たちはフェルメルン卿一行の馬車に乗せられていた。アーネスト村まで送ってくれるのだという。

「ところでフェルメルン卿は、勇者の力について詳しいだろうか?」

「文献を少々読んだ程度だが、なにか気になることでも?」

「ああ、実はアリアも力に覚醒したらしいんだが……」

「それは凄い。姉弟《きょうだい》揃って勇者に覚醒する例は珍しい」

「それが、勇者なのかわからない。アリアが覚醒したら、常人離れした身体能力を得ると思っていたのだが……実際は、癒やしの力を得ただけだった」

「不思議なことではない。君たちの先祖の勇者ロランは、高い戦闘力の他に、聖なる癒やしの力も持っていた。それが目覚めたのだろう」

 それを聞いて、アリアは感心したように口を開く。

「じゃあわたしも、一応は勇者様になれたんですね」

「いや、こんなの勇者じゃない! 勇者は強くあるべきだ。癒やすだけなら、その辺の治療士《ヒーラー》と変わらない」

「あ、やっぱりそう思う?」

「ははっ、カインくんの言い分にも一理あるかな。とはいえ、どんな能力が目覚めるかは、そのときの感情次第だそうだ。感情が爆発するきっかけがなければ、一生覚醒しないこともありうる。逆に、何度もきっかけがあれば、複数の能力に目覚めるかもしれない」

「そうなんですね。きっかけかぁー……」

 アリアは考えるように視線を上方へ泳がせる。

 アリアが俺の回復を願ったから癒やしの力に目覚めたという推測は正しかったわけだ。

 ならば、今後も感情を揺さぶって覚醒の機会を与えてやろう。

 アリアには、俺の仇敵に相応しい力を手にしてもらう必要がある。

 癒やしの力は想定外だが、これで俺の知る勇者アリアより強くなる可能性も出てきたわけだ。いいぞ。強敵であるほど、倒しがいがあるからな!

「きっかけといえば……わたし、気になってたんだけど」

 なにか気づいたらしく、アリアは話題を切り替えた。

「助けに来てくれたとき、どうしてカインは顔を変えてたの? すぐ助けてくれても良かったのに、なんでそうしてくれなかったの?」

「むっ、それは……」

「まさか、ぎりぎりまで追い詰めて、覚醒のきっかけにしようとしてた、とか?」

 ぎくっ! なんでこんなに勘がいいんだ。

「やっぱりそうなんだ! う~、カインのいじわる! わたし、本当はすっごくすっごく怖かったんだからね! 心細くて泣きそうだったんだよ!」

 ふ、ふん! 知るものか!

 この魔王ゾール、目的のために手段は選ばん!

 ……のだが、アリアに睨みつけられると、胸がざわざわして困る。

「で、でも他の子を守ろうとしてたのは、勇者らしくて格好良かったぞ。お前がいなきゃ、きっと助けられなかった」

「ふーんだ」

 そっぽを向かれてしまう。

「特に、魔族と知りながらレナを受け入れた心意気には感動したぞ」

「それ、カインが先にやってたからね」

 言われて、初めて気づく。そうだった、今の俺は人間だ。魔族が同胞を助けたのではなく、人間が異種族を助けたことになっているのか……。

 しかし褒めてやってるのに機嫌が直らないな。こうなれば奥の手だ。

 俺はしおらしい顔を作って、アリアを上目遣いに見る。

「お姉ちゃん、怒らないでよぉ……」

 ふふふ。多少怒っていても、こうして甘えればすぐ機嫌を直すのだ。ちょろいちょろい。

「ふ、ふーんだ! 都合悪くなるとそうやって甘えてくるの、わかってるんだからね!」

 なんと! 見破られた!?

 なんという観察眼と成長速度。さすがは俺の宿敵となるべき女。

 ならば最後の切り札だ。

「……お姉ちゃん、あのとき、なんでもしてくれるって言ったよね?」

「む、ここでそれ出してくるんだぁ……。もうっ、約束だからいいけど、なにしてほしいの?」

「機嫌、直してほしいな……」

 アリアはきょとんと目を丸くした。

「他になんにもいらないから。お姉ちゃんと、仲良くしたい……」

 ふふんっ、断れまい。約束だからな。

 すると効果てきめん。アリアはみるみるうちにご機嫌の笑顔になっていく。

「も、も~、カインったら、そこまでわたしのこと……。しょうがないなぁ! 許す!」

 アリアにつられるように、レナも微笑んでいた。

「カインくん、お姉さんのこと大好きなんだね」

 は!? なに勘違いしてる!

「そ、そこまでじゃないが!?」

「あはは、レナちゃんダメだよー。男の子はそういうの指摘されると照れちゃうからー」

「へー、そうなんですね」

「違うって言ってるだろう!」

「はいはい。わたしはカインのこと大好きだからねー!」

「やめろ、抱きつくな、レナが見てる!」

 とか騒いでしまうが、アリアに抱かれていると心地いいのも事実だったりする。

 くそう、やっぱり俺は本当にどうかしてる……。

「ところで君たち」

 そんな俺たちを見守っていたフェルメルン卿は、穏やかな笑みとともに口を開いた。

「学園に興味はないかな? 君たちの才能は、是非もっと伸ばすべきだ」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

学園の美人三姉妹に告白して断られたけど、わたしが義妹になったら溺愛してくるようになった

白藍まこと
恋愛
 主人公の花野明莉は、学園のアイドル 月森三姉妹を崇拝していた。  クールな長女の月森千夜、おっとり系な二女の月森日和、ポジティブ三女の月森華凛。  明莉は遠くからその姿を見守ることが出来れば満足だった。  しかし、その情熱を恋愛感情と捉えられたクラスメイトによって、明莉は月森三姉妹に告白を強いられてしまう。結果フラれて、クラスの居場所すらも失うことに。  そんな絶望に拍車をかけるように、親の再婚により明莉は月森三姉妹と一つ屋根の下で暮らす事になってしまう。義妹としてスタートした新生活は最悪な展開になると思われたが、徐々に明莉は三姉妹との距離を縮めていく。  三姉妹に溺愛されていく共同生活が始まろうとしていた。 ※他サイトでも掲載中です。

ようこそ異世界へ!うっかりから始まる異世界転生物語

Eunoi
ファンタジー
本来12人が異世界転生だったはずが、神様のうっかりで異世界転生に巻き込まれた主人公。 チート能力をもらえるかと思いきや、予定外だったため、チート能力なし。 その代わりに公爵家子息として異世界転生するも、まさかの没落→島流し。 さぁ、どん底から這い上がろうか そして、少年は流刑地より、王政が当たり前の国家の中で、民主主義国家を樹立することとなる。 少年は英雄への道を歩き始めるのだった。 ※第4章に入る前に、各話の改定作業に入りますので、ご了承ください。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

高校では誰とも関わらず平穏に過ごしたい陰キャぼっち、美少女たちのせいで実はハイスペックなことが発覚して成りあがってしまう

電脳ピエロ
恋愛
中学時代の経験から、五十嵐 純二は高校では誰とも関わらず陰キャぼっちとして学校生活を送りたいと思っていた。 そのため入学試験でも実力を隠し、最底辺としてスタートした高校生活。 しかし純二の周りには彼の実力隠しを疑う同級生の美少女や、真の実力を知る謎の美人教師など、平穏を脅かす存在が現れ始め……。 「俺は絶対に平穏な高校生活を守り抜く」 そんな純二の願いも虚しく、彼がハイスペックであるという噂は徐々に学校中へと広まっていく。 やがて純二の真の実力に危機感を覚えた生徒会までもが動き始めてしまい……。 実力を隠して平穏に過ごしたい実はハイスペックな陰キャぼっち VS 彼の真の実力を暴きたい美少女たち。 彼らの心理戦は、やがて学校全体を巻き込むほどの大きな戦いへと発展していく。

世界最強の勇者は伯爵家の三男に転生し、落ちこぼれと疎まれるが、無自覚に無双する

平山和人
ファンタジー
世界最強の勇者と称えられる勇者アベルは、新たな人生を歩むべく今の人生を捨て、伯爵家の三男に転生する。 しかしアベルは忌み子と疎まれており、優秀な双子の兄たちと比べられ、学校や屋敷の人たちからは落ちこぼれと蔑まれる散々な日々を送っていた。 だが、彼らは知らなかったアベルが最強の勇者であり、自分たちとは遥かにレベルが違うから真の実力がわからないことに。 そんなことも知らずにアベルは自覚なく最強の力を振るい、世界中を驚かせるのであった。

異世界をスキルブックと共に生きていく

大森 万丈
ファンタジー
神様に頼まれてユニークスキル「スキルブック」と「神の幸運」を持ち異世界に転移したのだが転移した先は海辺だった。見渡しても海と森しかない。「最初からサバイバルなんて難易度高すぎだろ・・今着てる服以外何も持ってないし絶対幸運働いてないよこれ、これからどうしよう・・・」これは地球で平凡に暮らしていた佐藤 健吾が死後神様の依頼により異世界に転生し神より授かったユニークスキル「スキルブック」を駆使し、仲間を増やしながら気ままに異世界で暮らしていく話です。神様に貰った幸運は相変わらず仕事をしません。のんびり書いていきます。読んで頂けると幸いです。

最底辺の落ちこぼれ、実は彼がハイスペックであることを知っている元幼馴染のヤンデレ義妹が入学してきたせいで真の実力が発覚してしまう!

電脳ピエロ
恋愛
時野 玲二はとある事情から真の実力を隠しており、常に退学ギリギリの成績をとっていたことから最底辺の落ちこぼれとバカにされていた。 しかし玲二が2年生になった頃、時を同じくして義理の妹になった人気モデルの神堂 朱音が入学してきたことにより、彼の実力隠しは終わりを迎えようとしていた。 「わたしは大好きなお義兄様の真の実力を、全校生徒に知らしめたいんです♡ そして、全校生徒から羨望の眼差しを向けられているお兄様をわたしだけのものにすることに興奮するんです……あぁんっ♡ お義兄様ぁ♡」 朱音は玲二が実力隠しを始めるよりも前、幼少期からの幼馴染だった。 そして義理の兄妹として再開した現在、玲二に対して変質的な愛情を抱くヤンデレなブラコン義妹に変貌していた朱音は、あの手この手を使って彼の真の実力を発覚させようとしてくる! ――俺はもう、人に期待されるのはごめんなんだ。 そんな玲二の願いは叶うことなく、ヤンデレ義妹の暴走によって彼がハイスペックであるという噂は徐々に学校中へと広まっていく。 やがて玲二の真の実力に危機感を覚えた生徒会までもが動き始めてしまい……。 義兄の実力を全校生徒に知らしめたい、ブラコンにしてヤンデレの人気モデル VS 真の実力を絶対に隠し通したい、実は最強な最底辺の陰キャぼっち。 二人の心理戦は、やがて学校全体を巻き込むほどの大きな戦いへと発展していく。

転生したおばあちゃんはチートが欲しい ~この世界が乙女ゲームなのは誰も知らない~

ピエール
ファンタジー
おばあちゃん。 異世界転生しちゃいました。 そういえば、孫が「転生するとチートが貰えるんだよ!」と言ってたけど チート無いみたいだけど? おばあちゃんよく分かんないわぁ。 頭は老人 体は子供 乙女ゲームの世界に紛れ込んだ おばあちゃん。 当然、おばあちゃんはここが乙女ゲームの世界だなんて知りません。 訳が分からないながら、一生懸命歩んで行きます。 おばあちゃん奮闘記です。 果たして、おばあちゃんは断罪イベントを回避できるか? [第1章おばあちゃん編]は文章が拙い為読みづらいかもしれません。 第二章 学園編 始まりました。 いよいよゲームスタートです! [1章]はおばあちゃんの語りと生い立ちが多く、あまり話に動きがありません。 話が動き出す[2章]から読んでも意味が分かると思います。 おばあちゃんの転生後の生活に興味が出てきたら一章を読んでみて下さい。(伏線がありますので) 初投稿です 不慣れですが宜しくお願いします。 最初の頃、不慣れで長文が書けませんでした。 申し訳ございません。 少しづつ修正して纏めていこうと思います。

処理中です...