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第1章 カインとアリア
第9話 お姉さんのこと大好きなんだね
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「ありがとう! 本当にありがとう!」
それが何度目のありがとうか、もうわからないくらいだった。
化物を討伐した報はあっという間にローンケイブ村全体に行き届き、総出で宴が開かれることとなった。
主賓はもちろん、俺。
まったく。生贄にしようとしたくせに、すぐ手のひらを返しやがって。
ありがとうより、ごめんなさいが先じゃないのか。
とか思わなくもないのだが……。
「うぅ、ありがとう……! これでもう怯えなくていい……犠牲にしなくていいんだ! ありがとう! ありがとう……!」
泣きながら礼を言う村人がひとりやふたりではなく、しかもみんな、謝意のあまりに語彙力を失って「ありがとう」しか言えなくなっている始末だ。
まあご馳走もあったし、こっそり酒を飲むこともできたし、それらに免じてやってもいい。
俺は快楽主義者だからな! 美味い酒と肉で大抵のことは許してやる!
ただ、アリアの作るお菓子がないのは物足りなかったな……。
そして明くる日、俺たちはフェルメルン卿一行の馬車に乗せられていた。アーネスト村まで送ってくれるのだという。
「ところでフェルメルン卿は、勇者の力について詳しいだろうか?」
「文献を少々読んだ程度だが、なにか気になることでも?」
「ああ、実はアリアも力に覚醒したらしいんだが……」
「それは凄い。姉弟《きょうだい》揃って勇者に覚醒する例は珍しい」
「それが、勇者なのかわからない。アリアが覚醒したら、常人離れした身体能力を得ると思っていたのだが……実際は、癒やしの力を得ただけだった」
「不思議なことではない。君たちの先祖の勇者ロランは、高い戦闘力の他に、聖なる癒やしの力も持っていた。それが目覚めたのだろう」
それを聞いて、アリアは感心したように口を開く。
「じゃあわたしも、一応は勇者様になれたんですね」
「いや、こんなの勇者じゃない! 勇者は強くあるべきだ。癒やすだけなら、その辺の治療士《ヒーラー》と変わらない」
「あ、やっぱりそう思う?」
「ははっ、カインくんの言い分にも一理あるかな。とはいえ、どんな能力が目覚めるかは、そのときの感情次第だそうだ。感情が爆発するきっかけがなければ、一生覚醒しないこともありうる。逆に、何度もきっかけがあれば、複数の能力に目覚めるかもしれない」
「そうなんですね。きっかけかぁー……」
アリアは考えるように視線を上方へ泳がせる。
アリアが俺の回復を願ったから癒やしの力に目覚めたという推測は正しかったわけだ。
ならば、今後も感情を揺さぶって覚醒の機会を与えてやろう。
アリアには、俺の仇敵に相応しい力を手にしてもらう必要がある。
癒やしの力は想定外だが、これで俺の知る勇者アリアより強くなる可能性も出てきたわけだ。いいぞ。強敵であるほど、倒しがいがあるからな!
「きっかけといえば……わたし、気になってたんだけど」
なにか気づいたらしく、アリアは話題を切り替えた。
「助けに来てくれたとき、どうしてカインは顔を変えてたの? すぐ助けてくれても良かったのに、なんでそうしてくれなかったの?」
「むっ、それは……」
「まさか、ぎりぎりまで追い詰めて、覚醒のきっかけにしようとしてた、とか?」
ぎくっ! なんでこんなに勘がいいんだ。
「やっぱりそうなんだ! う~、カインのいじわる! わたし、本当はすっごくすっごく怖かったんだからね! 心細くて泣きそうだったんだよ!」
ふ、ふん! 知るものか!
この魔王ゾール、目的のために手段は選ばん!
……のだが、アリアに睨みつけられると、胸がざわざわして困る。
「で、でも他の子を守ろうとしてたのは、勇者らしくて格好良かったぞ。お前がいなきゃ、きっと助けられなかった」
「ふーんだ」
そっぽを向かれてしまう。
「特に、魔族と知りながらレナを受け入れた心意気には感動したぞ」
「それ、カインが先にやってたからね」
言われて、初めて気づく。そうだった、今の俺は人間だ。魔族が同胞を助けたのではなく、人間が異種族を助けたことになっているのか……。
しかし褒めてやってるのに機嫌が直らないな。こうなれば奥の手だ。
俺はしおらしい顔を作って、アリアを上目遣いに見る。
「お姉ちゃん、怒らないでよぉ……」
ふふふ。多少怒っていても、こうして甘えればすぐ機嫌を直すのだ。ちょろいちょろい。
「ふ、ふーんだ! 都合悪くなるとそうやって甘えてくるの、わかってるんだからね!」
なんと! 見破られた!?
なんという観察眼と成長速度。さすがは俺の宿敵となるべき女。
ならば最後の切り札だ。
「……お姉ちゃん、あのとき、なんでもしてくれるって言ったよね?」
「む、ここでそれ出してくるんだぁ……。もうっ、約束だからいいけど、なにしてほしいの?」
「機嫌、直してほしいな……」
アリアはきょとんと目を丸くした。
「他になんにもいらないから。お姉ちゃんと、仲良くしたい……」
ふふんっ、断れまい。約束だからな。
すると効果てきめん。アリアはみるみるうちにご機嫌の笑顔になっていく。
「も、も~、カインったら、そこまでわたしのこと……。しょうがないなぁ! 許す!」
アリアにつられるように、レナも微笑んでいた。
「カインくん、お姉さんのこと大好きなんだね」
は!? なに勘違いしてる!
「そ、そこまでじゃないが!?」
「あはは、レナちゃんダメだよー。男の子はそういうの指摘されると照れちゃうからー」
「へー、そうなんですね」
「違うって言ってるだろう!」
「はいはい。わたしはカインのこと大好きだからねー!」
「やめろ、抱きつくな、レナが見てる!」
とか騒いでしまうが、アリアに抱かれていると心地いいのも事実だったりする。
くそう、やっぱり俺は本当にどうかしてる……。
「ところで君たち」
そんな俺たちを見守っていたフェルメルン卿は、穏やかな笑みとともに口を開いた。
「学園に興味はないかな? 君たちの才能は、是非もっと伸ばすべきだ」
それが何度目のありがとうか、もうわからないくらいだった。
化物を討伐した報はあっという間にローンケイブ村全体に行き届き、総出で宴が開かれることとなった。
主賓はもちろん、俺。
まったく。生贄にしようとしたくせに、すぐ手のひらを返しやがって。
ありがとうより、ごめんなさいが先じゃないのか。
とか思わなくもないのだが……。
「うぅ、ありがとう……! これでもう怯えなくていい……犠牲にしなくていいんだ! ありがとう! ありがとう……!」
泣きながら礼を言う村人がひとりやふたりではなく、しかもみんな、謝意のあまりに語彙力を失って「ありがとう」しか言えなくなっている始末だ。
まあご馳走もあったし、こっそり酒を飲むこともできたし、それらに免じてやってもいい。
俺は快楽主義者だからな! 美味い酒と肉で大抵のことは許してやる!
ただ、アリアの作るお菓子がないのは物足りなかったな……。
そして明くる日、俺たちはフェルメルン卿一行の馬車に乗せられていた。アーネスト村まで送ってくれるのだという。
「ところでフェルメルン卿は、勇者の力について詳しいだろうか?」
「文献を少々読んだ程度だが、なにか気になることでも?」
「ああ、実はアリアも力に覚醒したらしいんだが……」
「それは凄い。姉弟《きょうだい》揃って勇者に覚醒する例は珍しい」
「それが、勇者なのかわからない。アリアが覚醒したら、常人離れした身体能力を得ると思っていたのだが……実際は、癒やしの力を得ただけだった」
「不思議なことではない。君たちの先祖の勇者ロランは、高い戦闘力の他に、聖なる癒やしの力も持っていた。それが目覚めたのだろう」
それを聞いて、アリアは感心したように口を開く。
「じゃあわたしも、一応は勇者様になれたんですね」
「いや、こんなの勇者じゃない! 勇者は強くあるべきだ。癒やすだけなら、その辺の治療士《ヒーラー》と変わらない」
「あ、やっぱりそう思う?」
「ははっ、カインくんの言い分にも一理あるかな。とはいえ、どんな能力が目覚めるかは、そのときの感情次第だそうだ。感情が爆発するきっかけがなければ、一生覚醒しないこともありうる。逆に、何度もきっかけがあれば、複数の能力に目覚めるかもしれない」
「そうなんですね。きっかけかぁー……」
アリアは考えるように視線を上方へ泳がせる。
アリアが俺の回復を願ったから癒やしの力に目覚めたという推測は正しかったわけだ。
ならば、今後も感情を揺さぶって覚醒の機会を与えてやろう。
アリアには、俺の仇敵に相応しい力を手にしてもらう必要がある。
癒やしの力は想定外だが、これで俺の知る勇者アリアより強くなる可能性も出てきたわけだ。いいぞ。強敵であるほど、倒しがいがあるからな!
「きっかけといえば……わたし、気になってたんだけど」
なにか気づいたらしく、アリアは話題を切り替えた。
「助けに来てくれたとき、どうしてカインは顔を変えてたの? すぐ助けてくれても良かったのに、なんでそうしてくれなかったの?」
「むっ、それは……」
「まさか、ぎりぎりまで追い詰めて、覚醒のきっかけにしようとしてた、とか?」
ぎくっ! なんでこんなに勘がいいんだ。
「やっぱりそうなんだ! う~、カインのいじわる! わたし、本当はすっごくすっごく怖かったんだからね! 心細くて泣きそうだったんだよ!」
ふ、ふん! 知るものか!
この魔王ゾール、目的のために手段は選ばん!
……のだが、アリアに睨みつけられると、胸がざわざわして困る。
「で、でも他の子を守ろうとしてたのは、勇者らしくて格好良かったぞ。お前がいなきゃ、きっと助けられなかった」
「ふーんだ」
そっぽを向かれてしまう。
「特に、魔族と知りながらレナを受け入れた心意気には感動したぞ」
「それ、カインが先にやってたからね」
言われて、初めて気づく。そうだった、今の俺は人間だ。魔族が同胞を助けたのではなく、人間が異種族を助けたことになっているのか……。
しかし褒めてやってるのに機嫌が直らないな。こうなれば奥の手だ。
俺はしおらしい顔を作って、アリアを上目遣いに見る。
「お姉ちゃん、怒らないでよぉ……」
ふふふ。多少怒っていても、こうして甘えればすぐ機嫌を直すのだ。ちょろいちょろい。
「ふ、ふーんだ! 都合悪くなるとそうやって甘えてくるの、わかってるんだからね!」
なんと! 見破られた!?
なんという観察眼と成長速度。さすがは俺の宿敵となるべき女。
ならば最後の切り札だ。
「……お姉ちゃん、あのとき、なんでもしてくれるって言ったよね?」
「む、ここでそれ出してくるんだぁ……。もうっ、約束だからいいけど、なにしてほしいの?」
「機嫌、直してほしいな……」
アリアはきょとんと目を丸くした。
「他になんにもいらないから。お姉ちゃんと、仲良くしたい……」
ふふんっ、断れまい。約束だからな。
すると効果てきめん。アリアはみるみるうちにご機嫌の笑顔になっていく。
「も、も~、カインったら、そこまでわたしのこと……。しょうがないなぁ! 許す!」
アリアにつられるように、レナも微笑んでいた。
「カインくん、お姉さんのこと大好きなんだね」
は!? なに勘違いしてる!
「そ、そこまでじゃないが!?」
「あはは、レナちゃんダメだよー。男の子はそういうの指摘されると照れちゃうからー」
「へー、そうなんですね」
「違うって言ってるだろう!」
「はいはい。わたしはカインのこと大好きだからねー!」
「やめろ、抱きつくな、レナが見てる!」
とか騒いでしまうが、アリアに抱かれていると心地いいのも事実だったりする。
くそう、やっぱり俺は本当にどうかしてる……。
「ところで君たち」
そんな俺たちを見守っていたフェルメルン卿は、穏やかな笑みとともに口を開いた。
「学園に興味はないかな? 君たちの才能は、是非もっと伸ばすべきだ」
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