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第1章 カインとアリア
第6話 将来のわたしの代わりに、みんなを助けて
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アリアの投げた石は、奇形魔族の局部に直撃した。
「あはん! 気持ちいい~!」
奇形魔族は恍惚の表情を浮かべ、体を震わせる。
なんだこいつ。気持ち悪すぎるぞ。
「みんな逃げて! ここはわたしがなんとかするから!」
「でも!」
「はやく!」
アリアは動けずにいる女児の背中を押して急かす。
「他の子もお願い!」
女児は、より小さいふたりの子供を見て、神妙に頷く。ふたりの手を引いて、その場から離れていく。
「はやく君も行って!」
俺に言ってから、アリアは別方向に逃げつつ、また奇形魔族に石を投げる。
「あははぁ、追いかけっこ? そんなに遊びたいならいいよぉ、ボクと遊ぼぉ~!」
奇形魔族は誘導に乗って、アリアを追いかけていく。
俺もアリアを追いかけ――かけ……追いつけない! 速すぎる!
なんなんだよ! 暗くて足場も悪い洞窟を、なんでそんな全力疾走できるんだ!?
奇形魔族はニタニタと笑いながら、途中で方向を変えた。他の子供たちを追う様子でもない。
不気味な動きだ。気になるな……。
幸い移動速度は遅い。俺はこいつを尾行することにする。
すると、やがて広い空間に出て、奇形魔族は立ち止まった。
そこに足音が近づいてくる。
「はあ、はあ……。ここまで来れば、平気、かな……?」
アリアだ。壁に手を付き、荒くなった呼吸を整えようとしている。
「えへ~っ、待ってたよぉ~」
その声で初めてアリアは気づき、恐怖に表情を歪める。
「なんでっ、先に……」
「ここ、ボクんちだからぁ、先回り余裕なんだぁ」
「うぅっ!」
息も整わないうちに、アリアは背中を向けて走り出す。
奇形魔族は今度は逃さない。その巨躯からは想像できない瞬発力でアリアの腕を捕まえる。
「えへへぇ! いい子いい子してあげるねぇ!」
醜い顔が、アリアの体に触れるほど近づけられていく。
アリアの顔が、恐怖から絶望に変わっていく。
「うぅ、いや……いやぁ!」
――俺の獲物を汚すな!
その瞬間、俺は奇形魔族の腕を撃ち抜いていた。肘のあたりから切断され、宙に舞う。
「あぎゃあぁぁあ!?」
痛みにのたうち回るのを横目に、俺は解放されたアリアの手を取る。
「え……あ、れ? 君、さっきの……」
「なんで……なんで自分を犠牲にしようとするんだ! なんにもできないくせに! ひとりなら、逃げられたかもしれないのに!」
「だって……だってね、わたしの弟がね……わたしが勇者様になるんだって信じてくれてるんだよ……。こんな、ダメなお姉ちゃんなのに……。だから……なんにもできなくても……心だけは……勇者様らしくしたくて……」
俺は息を呑んだ。
くそ、俺のせいか!
俺があんなこと言ったせいで、アリアが無茶を……!
「うぎぎ、いい子たちぃ……まとめて、お楽しみしようかぁ!」
奇形魔族が起き上がる。
切断した腕がもう再生している。かなりの生命力だ。
俺は圧縮魔力を連射する。
「あぎっ、あぎぎっ!? 痛いっ、痛い痛い痛いぃぃ!」
喰らうたびに大袈裟に痛がるが、しかし、すぐに再生していく。
見た目以上に強力な魔族らしい。よほど多くの子供を喰らってきたようだ。
こいつを殺すには、一撃で吹き飛ばすしかないだろう。しかし、それだけの魔法、今の俺の体で耐えられるか微妙なところだ。
「やだやだやだ、もういい! 他の子と遊ぶぅ~!」
奇形魔族は逃げ出した。
しめた。これで予定通り、他の子供たちが犠牲になる。アリア覚醒のきっかけになるぞ。
俺は深追いせず、ふん、と息をつく。
そんな俺を、アリアはじっと見つめていた。
「その魔法……。もしかして、カイン?」
ここまで力を見せれば気づかれるもの当然か。
俺は素直に顔の偽装魔法を解いてやった。
「ああ、俺だよ」
「どうしてここに? なんで顔を――うぅんっ、そんなことより、お願いカイン! はやく……はやくみんなを助けてあげて!」
「自分でやればいいだろう」
助けてやる義理も理由もない。むしろ犠牲にするつもりだ。
「できないよ……! わかってるでしょ! わたし、まだカインみたいな勇者様にはなれないの! だから、将来のわたしの代わりに、みんなを助けてよぉ!」
なのに、アリアに必死に訴えられると居心地が悪い。断りにくい。
「いつか、ちゃんとできるようになるから! だから今だけはお願い! なんでもしてあげるから! お菓子もいっぱい作ってあげるし、たくさん甘えてもいいから!」
「…………」
「お願い、カイン……」
「ふんっ、仕方ない」
俺は呟いて歩き出す。
どちらにせよ、今から追っても手遅れだろう。
「ありがとう、カイン!」
嬉しそうに付いてくるアリアの笑顔を裏切ることになるが……。
いや、気にするな。元々アリアとは宿敵になる運命なのだ。これくらいの心苦しさ、どうってことはない……。
奇形魔族の行った先へ早足で向かう。
どうせ、もう終わっている。
アリアは食い散らかされた子供たちを目撃することになる。
そう思っていたのに、意外な音が響いてきた。
ぱんっ、ぼんっ! といった小さな爆発音だ。
「ねえ、あれ! あの子、魔法を使ってる!?」
アリアが指差したのは、さっきまで一緒にいた女児だ。
他の子供に迫る奇形魔族の手を、初歩的な爆発魔法で防いでいる。
あの程度、奇形魔族からすれば遊びにしか感じないだろうが……。
とはいえ、あんな年齢の人間が使える魔法でもない。
爆炎で照らされる女児の髪は赤く、瞳も紅い。食いしばる歯には、鋭い八重歯が見える。
「――!! 伏せろ!」
叫ぶが早いか、俺は圧縮魔力を撃っていた。
赤髪の少女すれすれを通過し、奇形魔族に命中する。
助ける義理も理由も、できてしまった。
あの少女は魔族だ。ゼートリック系とは違う、かつての俺と同系統の魔族。
魔王ゾールたるものが、同胞を見捨てるわけにはいかぬ!
「あはん! 気持ちいい~!」
奇形魔族は恍惚の表情を浮かべ、体を震わせる。
なんだこいつ。気持ち悪すぎるぞ。
「みんな逃げて! ここはわたしがなんとかするから!」
「でも!」
「はやく!」
アリアは動けずにいる女児の背中を押して急かす。
「他の子もお願い!」
女児は、より小さいふたりの子供を見て、神妙に頷く。ふたりの手を引いて、その場から離れていく。
「はやく君も行って!」
俺に言ってから、アリアは別方向に逃げつつ、また奇形魔族に石を投げる。
「あははぁ、追いかけっこ? そんなに遊びたいならいいよぉ、ボクと遊ぼぉ~!」
奇形魔族は誘導に乗って、アリアを追いかけていく。
俺もアリアを追いかけ――かけ……追いつけない! 速すぎる!
なんなんだよ! 暗くて足場も悪い洞窟を、なんでそんな全力疾走できるんだ!?
奇形魔族はニタニタと笑いながら、途中で方向を変えた。他の子供たちを追う様子でもない。
不気味な動きだ。気になるな……。
幸い移動速度は遅い。俺はこいつを尾行することにする。
すると、やがて広い空間に出て、奇形魔族は立ち止まった。
そこに足音が近づいてくる。
「はあ、はあ……。ここまで来れば、平気、かな……?」
アリアだ。壁に手を付き、荒くなった呼吸を整えようとしている。
「えへ~っ、待ってたよぉ~」
その声で初めてアリアは気づき、恐怖に表情を歪める。
「なんでっ、先に……」
「ここ、ボクんちだからぁ、先回り余裕なんだぁ」
「うぅっ!」
息も整わないうちに、アリアは背中を向けて走り出す。
奇形魔族は今度は逃さない。その巨躯からは想像できない瞬発力でアリアの腕を捕まえる。
「えへへぇ! いい子いい子してあげるねぇ!」
醜い顔が、アリアの体に触れるほど近づけられていく。
アリアの顔が、恐怖から絶望に変わっていく。
「うぅ、いや……いやぁ!」
――俺の獲物を汚すな!
その瞬間、俺は奇形魔族の腕を撃ち抜いていた。肘のあたりから切断され、宙に舞う。
「あぎゃあぁぁあ!?」
痛みにのたうち回るのを横目に、俺は解放されたアリアの手を取る。
「え……あ、れ? 君、さっきの……」
「なんで……なんで自分を犠牲にしようとするんだ! なんにもできないくせに! ひとりなら、逃げられたかもしれないのに!」
「だって……だってね、わたしの弟がね……わたしが勇者様になるんだって信じてくれてるんだよ……。こんな、ダメなお姉ちゃんなのに……。だから……なんにもできなくても……心だけは……勇者様らしくしたくて……」
俺は息を呑んだ。
くそ、俺のせいか!
俺があんなこと言ったせいで、アリアが無茶を……!
「うぎぎ、いい子たちぃ……まとめて、お楽しみしようかぁ!」
奇形魔族が起き上がる。
切断した腕がもう再生している。かなりの生命力だ。
俺は圧縮魔力を連射する。
「あぎっ、あぎぎっ!? 痛いっ、痛い痛い痛いぃぃ!」
喰らうたびに大袈裟に痛がるが、しかし、すぐに再生していく。
見た目以上に強力な魔族らしい。よほど多くの子供を喰らってきたようだ。
こいつを殺すには、一撃で吹き飛ばすしかないだろう。しかし、それだけの魔法、今の俺の体で耐えられるか微妙なところだ。
「やだやだやだ、もういい! 他の子と遊ぶぅ~!」
奇形魔族は逃げ出した。
しめた。これで予定通り、他の子供たちが犠牲になる。アリア覚醒のきっかけになるぞ。
俺は深追いせず、ふん、と息をつく。
そんな俺を、アリアはじっと見つめていた。
「その魔法……。もしかして、カイン?」
ここまで力を見せれば気づかれるもの当然か。
俺は素直に顔の偽装魔法を解いてやった。
「ああ、俺だよ」
「どうしてここに? なんで顔を――うぅんっ、そんなことより、お願いカイン! はやく……はやくみんなを助けてあげて!」
「自分でやればいいだろう」
助けてやる義理も理由もない。むしろ犠牲にするつもりだ。
「できないよ……! わかってるでしょ! わたし、まだカインみたいな勇者様にはなれないの! だから、将来のわたしの代わりに、みんなを助けてよぉ!」
なのに、アリアに必死に訴えられると居心地が悪い。断りにくい。
「いつか、ちゃんとできるようになるから! だから今だけはお願い! なんでもしてあげるから! お菓子もいっぱい作ってあげるし、たくさん甘えてもいいから!」
「…………」
「お願い、カイン……」
「ふんっ、仕方ない」
俺は呟いて歩き出す。
どちらにせよ、今から追っても手遅れだろう。
「ありがとう、カイン!」
嬉しそうに付いてくるアリアの笑顔を裏切ることになるが……。
いや、気にするな。元々アリアとは宿敵になる運命なのだ。これくらいの心苦しさ、どうってことはない……。
奇形魔族の行った先へ早足で向かう。
どうせ、もう終わっている。
アリアは食い散らかされた子供たちを目撃することになる。
そう思っていたのに、意外な音が響いてきた。
ぱんっ、ぼんっ! といった小さな爆発音だ。
「ねえ、あれ! あの子、魔法を使ってる!?」
アリアが指差したのは、さっきまで一緒にいた女児だ。
他の子供に迫る奇形魔族の手を、初歩的な爆発魔法で防いでいる。
あの程度、奇形魔族からすれば遊びにしか感じないだろうが……。
とはいえ、あんな年齢の人間が使える魔法でもない。
爆炎で照らされる女児の髪は赤く、瞳も紅い。食いしばる歯には、鋭い八重歯が見える。
「――!! 伏せろ!」
叫ぶが早いか、俺は圧縮魔力を撃っていた。
赤髪の少女すれすれを通過し、奇形魔族に命中する。
助ける義理も理由も、できてしまった。
あの少女は魔族だ。ゼートリック系とは違う、かつての俺と同系統の魔族。
魔王ゾールたるものが、同胞を見捨てるわけにはいかぬ!
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