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第1章 カインとアリア

正史編① 覚醒と追放

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 ――これは、本来の歴史の物語。


   ◇


「アリア……、来る、な……!」

 アリアが村に戻ったとき、血塗れの父が悲痛な声で叫んだ。

 しかしアリアには、もうそんな声など届かない。

「カ、イン……?」

 アリアが見たのは、引きちぎられた最愛の弟の顔だった。

 その顔の半分は、もうほとんど骨になっていた。魔族が牙を剥くたびに、弟の顔が消えていく。くちゃくちゃと咀嚼されて、ごくりと飲み込まれていく。

 魔族の襲撃を受け、村は滅びようとしている。

「あ……あ、ぁああ……! うぁああああああ!」

 アリアの絶叫は、魔族の注意を引いてしまった。

「アリ、ア――ごふっ」

 父にトドメを刺した魔族が、ニタニタと笑いながらアリアを見る。母を解体していた魔族は、ちぎれた腕を咥えながら立ち上がる。

 そしてカインを貪り食っていた魔族が、アリアに走ってくる。

「いやぁあっ」

 跳ね除けようと振るったアリアの腕が、その魔族に当たった。無駄な抵抗になるはずだった。

「あ、がっ!?」

 しかし魔族は強烈な衝撃を受けて弾き飛ばされる。

 その他の魔族も、まだ生き残っている村人も、アリアに注目する。

 アリアの体は、青白い光に包まれていた。

 それがなんなのか、誰にもわからない。

 ただ魔族は、アリアが強いと認識し、良い餌だと判断した。ゼートリック系魔族の彼らは、喰らった相手の力を自分のものにできる。

 狩りをする肉食獣のごとく、魔族は一斉にアリアに襲いかかる。

「いやっ、来ないで! 来ないでよぉお!」

 アリアは子供が大人に抵抗するように、ただ手を振り回し、足をばたつかせるだけだった。

 それだけで魔族は、アリアに傷をつけられない。むしろ殴られた者は倒れ、蹴られた者は悶絶する有様だった。

 アリアは、その血筋に眠る勇者の力に覚醒していたのだ。強烈な悲しみの感情が、冷たい攻撃性へと転化され、彼女の身体能力を大幅に向上させていたのである。

 やがてアリアは、無理解ながらも自分の力を認識し始める。

 そして、だからこそ、周りがよく見えるようになる。胸を貫かれた父。バラバラになった母。あの可愛らしい顔を失くしたカイン……。

「うわぁああ、あああぁ! お父さん、お母さん、カイィィーン!」

 泣きながら、無我夢中で体を動かした。血が出るほど拳を叩きつけたり、魔族の頭を何度も何度も地面に叩きつけたり、四肢がちぎれるまでひねり上げたり。

 アリアはただ必死だったがゆえに、傍から見れば虐殺に思えるほど苛烈な攻撃を加えていた。

 やがてすべての魔族を撲殺し終えたとき、アリアは熱に浮かされたような気持ちになっていた。

 あまりにも現実味がない。

 夢なんじゃないか。ただの、悪夢なんじゃないか。

 でなきゃ家族がみんな死んで、自分が魔族を殴り殺すなんてあり得ない。

 夢から覚めれば、きっと元通りになるんじゃないか……。

 わたしは「怖い夢を見ちゃったよー」って話して、そしたら父も母も笑って慰めてくれて、カインは手を繋いで安心させてくれて……。

「この化物!」

 心を刺し貫くような叫びに、アリアは現実に引き戻される。

 生き残った村人たちが怯えるような、怒っているような目でアリアを睨んでいる。

「ばけ、もの……?」

「そうだよ、魔族を殺した、魔族以上の化物! こんなのが村にいたなんて!」

 アリアは怖くなって、首を横に振る。

「違うよ、わたし、化物じゃない……。みんなと一緒に暮らしてた、アリアだよ……。仲良く、一緒に……」

「なにが仲良くだ! そんな力があるんなら、なんでもっと早く使わなかった!? なんでうちの人を助けようとしなかったんだい!?」

 その声はアリア以上に悲痛だった。

「わ、わかんない。わたしだって、わかんないよぉ……!」

「魔族は強いやつに引かれてやってくるっていうじゃねえか! お前が……お前が! お前がやつらを呼んだんだ!」

「じゃあアリアがいる限り、俺たちはまた襲われるのかよ!?」

「違うよ……わたし、わたしわかんない。わたしのせいじゃない!」

「出ていけ……」

「そうだ、出ていけ!」

 その言葉は生き残った村人全員から発せられた。さながら一匹の生物が、体内から異物を排出するかのようだった。

 アリアは、それがなにより怖かった。自分の知っている優しい隣人の目をしていない。別の生物に見えた。魔族よりも恐ろしい、なにかに。

「う……うぅう、うぁあああん!」

 アリアは泣き出した。泣きじゃくりながら村から逃げ出した。

 どこにも行くアテなどないのに。

 声を上げて泣いて、歩き続けて、疲れたら声を出さずに泣いて、また歩いて。

 動けなくなって樹の下にうずくまっていたら、優しい声が聞こえた。

「どうしたんだい、お嬢ちゃん。こんなところでひとりで?」

 声の主は行商人だった。穏やかそうな顔に、アリアは安心した。また涙が溢れてくる。声も震える。

「お父さんもお母さんも、カインも、みんな死んじゃって……わたし、村にもいちゃだめだって言われて……」

「そうか、それは大変だったね。良かったら、おじさんと行こう。ほら、お腹空いていないかい? 食べるといい」

 差し出されたパンに、アリアはかぶりつく。その味に、また涙がこぼれる。

 アリアはその行商人についていくことにした。優しい人だと思ったからだ。

 けれどアリアは、騙されていたのだ。

 その男は行商人などではない。子供をさらって売りさばく奴隷商人だったのだ。

 アリアはその男に売られ、再び過酷な運命に直面することとなる。
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