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第1章 カインとアリア

第2話 違う、勇者は俺じゃない……

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「俺の獲物アリアに手を出すな!」

 村を襲っていた魔族どもが一斉に俺に注目した。

 気にせず、地面に横たわったアリアをちらりと見やる。呼吸はしているが、動かない。

「ちっ、気絶してるか」

 これでは、俺が死ぬところを見せて勇者覚醒を促すどころではない。放っておいたら肝心のアリアが喰われてしまう。

「仕方ない。アリア、この俺が守ってやる!」

 俺はアリアの肩にそっと触れ、治療魔法で傷を治す。

 先ほど吹き飛ばした魔族が、よろよろと立ち上がる。

「珍しい。強いガキだ。いい餌だな」

 舌舐めずりをしてから、笑うように牙を剥く。

 青白い肌。頭には一対のつの。鋭い牙と爪。ゼートリック系魔族の特徴だ。

 そういえば今の時期は、この俺――魔王ゾールに先んじて、南の魔王ゼートリック4世がこの国を侵攻していた頃だ。

 やつらは、他者を喰らってその力を得るという卑しい能力を持つ。

「舌舐めずりとはな。食欲が過ぎて力の差もわからないか」

「そう言うお前は、数の差がわからねえようだなあ」

 わらわらと魔族が集結してくる。喰らえば力になる相手を、集団で貪ろうというのだ。まったくもって品がない。

「ひひひ! ズタズタに切り裂いて骨までしゃぶってやるぜ!」

 愚かにも、魔族は勢いよく飛びかかってくる。

「カイン逃げろ! お前だけでも!」

 今の叫びは父親か。

 バカが! 大事な獲物アリアを奪われてたまるか!

 魔族は爪の斬撃を繰り出してくる。

 命中の寸前、俺はそいつの腕を左手で掴んで止めた。

「ぐっ? は、放せ! なんだこのパワーは!?」

 魔力だ。基本的な身体強化魔法だ。

 俺の肉体は人間の8歳児相当の強さしかないが、魔力を操れば、並の魔族など比較にならない身体能力を発揮できる。

 魔族の腕を握り潰す。

「あぎゃああ!?」

「ふん。乞食の如き下級魔族ども、光栄に思え。魔王ゾールが遊んでやる」

 悲鳴を上げるその顎下に、右手の人差し指を突き立てる。

「まずは、俺の獲物アリアを傷つけたお前。死ね」

 指先から圧縮した魔力を高速で射出。

 パァンッ! と破裂音と共に魔族の頭が弾け飛ぶ。その体は地面に倒れる前に塵となって崩壊していく。

 他の魔族たちは一斉に動揺を見せる。

 それでもなお食欲が勝るのか、あるいは、身を守るためか。次々と襲いかかってくる。

 対し俺は、圧縮魔力で蜂の巣にしてやったり、または魔力の刃で首をねたりと、粛々と塵にしていく。

「その程度か、クズども。少しは俺を楽しませろ!」

 転生したときには、肉体の強さも、培った魔力もすべて失ってしまっていた。

 だが知識と経験は残っていた。それらをもって、転生してからずっと魔力を鍛えてきたのだ。

 いずれ再び勇者アリアと対峙し、今度こそ勝利するために。

 今はまだ、当時の力には遠く及ばない。魔力量も少なく、初歩的な魔法で戦うしかない。

 だというのに、やつらは束になってもこのザマだ。

「もう終わりか……。ふん、今の力の実戦テストにはなったか」

 俺は強化した拳で、最後の魔族の腹を穿つ。

「ぐあ、あ――」

 魔族は断末魔の叫びを上げながら、塵となって風に流されていく。

 一気に静寂が訪れる。

 今度は村人たちが俺を見ている。怯えた目で。

 頭にきていたとはいえ、派手にやりすぎたか。

 わずか8歳の子供が、たったひとりで魔族を蹂躙したのだ。恐怖は当然の反応だ。

「魔族は、カインを狙ってきたんじゃないのか……」

「カインがいたんじゃ、また襲われるっていうのか?」

 怯えた村人がひそひそ話す声も聞こえる。

 この流れは知っている。

 俺の知る歴史では、勇者に覚醒したアリアは魔族を撃退したが、生き残った村人からその力を恐れられた。

 誰に庇われることもなく、アリアは村を追放されたという。

 その役が、俺に代わってしまったわけだ。

 村を離れるのは構わないが……どうせなら、アリアの覚醒を見届けてからにしたかった。

 アリアに視線を向けると、彼女はもう目が覚めていた。ぼんやりとした様子で、俺を見上げている。

「カイン……。見てたよ。カインが、やっつけてくれたんだよね……?」

「……ああ」

 アリアの顔から感情が読み取れない。いや、きっと怯えている。

 それでいい。魔王は人間に怯えられるものだ。

 でも、この胸が締め付けられるような、かすかな苦しさはなんだ?

 魔力を使った反動ではないはずだが……。

「すごい、ね……」

「ん?」

「すっごいねー! カイン、すごいよぉー!」

 アリアは急に元気になって、跳ねるように俺に抱きついてきた。

 いい匂いがする。やたら発育のいい胸の柔らかさに、びっくりしてしまう。

 アリアは俺の後頭部をわしゃわしゃと激しく撫でる。

「すごいねー、すごいよー。カインは、勇者様の力に覚醒してたんだね! うちの家系だもんね! 森には修行しに行ってたんだね? なんで黙ってたの? 言ってくれたら怒らなかったのにぃー!」

「いや、待てアリア」

「えー、待たない! だってカインはすごいんだもん! お姉ちゃんは、鼻高々だよー! みんなも見たよね! カイン、すごいんだよ~! 勇者様だよぉ! みんなを守ってくれたんだって!」

 アリアは俺を離さないまま、村のみんなに声を上げる。

 身振り手振りで喜びの感情を振りまく。

 そんな様子に、怯えていた連中さえ笑みを浮かべるようになっていく。

「そういえば、アーネスト家の先祖は勇者様だったっけ」

「その力で守ってくれたわけか」

「勇者の覚醒か! これは村をあげて祝わなきゃならねえぞ!」

 村中から感謝と祝福の声が届く。どんどん盛り上がっていく。

 反して、俺はどんどん居心地が悪くなっていく。

「や、やめろ。違う、勇者は俺じゃない……」

「ん~? カイン、照れてるの? もう、可愛いなぁ!」

「う、ううう、うるさい!」

 こんな展開、不本意だ! 俺に相応しくない!

 しかし、なぜだろう。

 先ほど感じた胸のかすかな苦しさは、もうどこにもなかった。
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