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第2部 第5章 ささやかな休暇 -鋼繊維-

第126話 面白くなってきやがった

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「こいつを筋繊維の代わりにするわけか。面白いこと考えやがる」

 周知のことだが、体を動かす筋肉は筋繊維が束ねられたものだ。腱と組み合わされた筋肉が、伸縮することで関節を動かす。

 その筋繊維の働きを再現できるなら、つまり本物の手足と同等の義肢を作り出せるはずなのだ。

「だがまあ、まずはこいつを見てみろよ」

 ケンドレットは、鈍色の金属板を持ってきてくれる。

「この金属――俺はモリアス鋼と呼んでるが、そのインゴットだ。魔法使いの姉ちゃん……ノエルって言ったな、魔力を流してみな。少しでいい。怪我をしねえように慎重にだ」

「うん、いいけど……わっ!」

 ノエルが微量の魔力を流し込むと、金属板は高速で縮んだ。ノエルの手から離れてしまう。魔力の供給源から離れたため、すぐ元の大きさに戻る。

 それらの一連の動きは一秒にも満たないもので、まるで金属板が跳ねたようにさえ見えた。

 床に落ちた金属板を拾い上げ、ケンドレッドは肩をすくめる。

「見ての通りだ。義肢に使うにゃ、ちょいと敏感過ぎる」

 おれはケンドレッドの作った織機を見遣る。

「この装置はちょうどいい塩梅で動いてるようだけど……そうか、歯車を使って力を分散させてるのか」

「そうだ。それにはどうしても大型化しちまう。この手法は義肢には使えねえ」

「魔力で収縮するのがモリアス鋼の特性なら、合金にして純度を下げてしまってはいかがでしょう? もう試したかもしれませんが」

 ソフィアの提案にケンドレッドは頷く。

「ああ、試したぜ。この激しい伸縮についてこれるような、相性のいい金属は全然なくてよ。見つけたと思ったら、今度は強度が足りなくてな。使い物にならなかった」

「う~ん。充分に伸縮して、それなりに強くて、ある程度は魔力を伝導する金属か……」

「すべてを満たすような物は、わたしの知る限りありません……」

 おれたちはすっかり行き詰まってしまった。

 そこにサフラン王女が、控えめに手を上げる。

「あの、金属ではありませんが、仰っていた条件をすべて満たす素材がございますわ」

 おれたちの視線は、一気にサフラン王女に集中する。

「その素材というのは?」

「みなさまのほうがお詳しいはずですわ。新素材です。生地の研究をしているときに、よく伸びて、強い物がありましたの。肌触りの面で採用は見送りましたが……」

「盲点でしたよ、サフラン様。条件を満たすなら、金属にこだわる必要は確かにない」

 ソフィアもこくこくと頷く。

「さっそく試してみましょう。まずはモリアス鋼を粉末にするところからですね」

 ケンドレッドも乗り気だ。

「粉末にして、新素材に混ぜるのか?」

「はい。まずはそれで。ダメなら、べつの手段があります」

「なるほど。へへへっ、面白くなってきやがった。俺も手伝わせてもらうぜ」

「もちろん。あなたなら歓迎だ」

 おれはケンドレッドと握手を交わす。頼りになる職人の手のひらの感触だ。

「アリシアは、サフラン様からどの魔物の新素材だったか確認してくれ。同じ魔物はいないかもしれないが、似た種族からなら似た新素材が採れる。この辺りで代わりの魔物を探そう」

「わかった。見つけたらとびきり仲良くなっておくよ。合成新素材のときみたいに、食べさせる必要もあるかもしれないものな」

「そういうこと。よし、やってみよう!」

 おれたちは互いに手を重ね、活動を開始した。


   ◇


 魔物の捕獲は、慣れてるのもあってあっさり完了した。

 その魔物から採取した新素材に、モリアス鋼の粉末を混ぜ合わせ、糸を作ってみた。

 しかしこれは失敗だった。ただ混ぜ合わせるだけでは結合が弱いらしく、魔力を流すと金属粉末のみが収縮して、糸のあちこちがちぎれてしまう。

 続いて、魔物にモリアス鋼の粉末を食べさせ、体内で新素材と合成させてみた。さっそく糸を紡ぎ、実験段階にまでこぎつける。

「それじゃいくわよぉ~」

 ノエルが掛け声とともに魔力を流すと、糸はゆっくりと縮んでいった。魔力を止めれば元の長さに戻る。さらに魔力の強弱が、そのまま収縮力の変化になることも確認できる。

 ばっちりだ。新素材とモリアス鋼の合成は大成功だ。

「では、さっそくこちらも試しましょう」

 ソフィアがなにか器具を持ってくる。その隣ではケンドレッドが上機嫌に笑みを浮かべている。

「簡単にだが作っておいたぜ。関節モデルだ」

 それは人体の関節を模した物だ。筋肉があるべき箇所には、糸を配置できるようになっている。

 さっそくモリアス鋼繊維をセットして、ノエルに魔力を流してもらう。

「おお、動いた!」

「はい、曲がります!」

「いいじゃねえか!」

 本物の関節のように動く様子に、おれたちは大はしゃぎしてしまう。

 サフラン王女は肩をすくめる。

「もう、みなさま……。ケンドレッド様もずいぶん年長ですのに、まるで子供のよう」

「こういうショウたちはお嫌いですか?」

 アリシアが問うと、サフラン王女は小さく首を振って微笑む。

「いいえ。わたくしも、いつかなるなら、あのような大人になりたいですわ」

 おれは遠慮がちに見学していた聖女セシリーに声をかける。

「これでバーンの考えてた義肢の重量問題は解決だ。複雑な機構がいらないから、だいぶ軽い。あとはきちんと設計すれば、素晴らしい義肢になる」

 セシリーはそれを聞いて、瞳を潤ませる。

「……ありがとうございます……」

「いや、まだだぜショウ。一番の大問題が残ってやがる」

 ケンドレッドの声に、おれたちは振り向く。

「モリアス鉱山は今は戦場だ。肝心の素材が、これ以上手に入らねえ」

「確かに。戦争を終わらせる理由がまたひとつ増えちゃったな」

 実はその準備も並行して進めていた。

 そろそろ連絡を取って動くべきかもしれない。

 そう思った矢先の翌日。

 タイミングよく、リリベル村におれたちの迎えがやってきた。
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