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第2部 第4章 再会と再開
第120話 番外編⑰ おとぎ話には無い戦場
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ロハンドール帝国領モリアス鉱山。
スートリア神聖国から侵攻を受けたここは、最前線の戦場となっていた。
帝国魔法軍の部隊指揮官として、ボロミアは防衛に徹していた。
スートリア神聖国の勇者たちの恐ろしさを、よく知っていたからだ。
勇者は単独でも、冒険者で言えばS級~A級の強さを持ち、例外なく先天的超常技能を備えている。
勇者たちは部隊を率いているが、実際に戦力として脅威となるのは勇者のみで、その他は雑兵である。しかし勇者を活躍させるために囮になったり、盾になったりするので無視していても痛い目を見る。
そこで防御戦術である。
部隊全員で発動させる防御魔法により、雑兵の侵入を阻む。
魔法を突破してきた勇者は、他の部隊と連携して各個に対応する。
その戦術は功を奏し、勇者は仕留められずにいるが、自軍の被害も最小限で済んでいた。
メイクリエから、新素材製の盾を入手できていたのも大きい。
しかし互いに死傷者ゼロとはいかない。学院で共に学んだ仲間が倒れていったのはひとりやふたりではない。そして、ボロミアが命を奪ってしまった数も、決して少なくない。
後悔はない。ボロミアは軍人だ。
スートリア神聖国の大義名分は、聖地奪還だという。過去の文献から、モリアス鉱山がスートリア教の聖地であったと判明したから返還せよという強引なものだった。
冗談ではない。
モリアス鉱山では、以前から貴重な鉱石が採れることで有名であったが、最近、新たに不思議な鉱石が発見された。日頃から鉱山の調査を欠かさず、研究費も人材も惜しまず投入した結果だ。
スートリアが宗教的な聖地と主張するなら、こちらはこの地に集った学者にとっての聖地だ。掠め取ろうなど絶対に許せない。
軍人として、それを守るために戦うのは当然だし、納得もしている。
ただ……。
「ちょっときついな……」
油断すれば前線が瓦解するような一騎当千の勇者たちを相手に、いつ終わるともしれない戦いを続けるのは、ただただきつかった。
ところが、だ。
最近になって、敵の士気が急激に下がった。
睨み合いが続くばかりで、一向に攻めてこない。
それが何日も続いたあと、ある勇者の部隊は投降までしてきた。
勇者の紋章は持っていなかったが、戦場で失ったのだろうか。
尋問してみると、カレンと名乗った勇者は、この戦争についてこう語った。
「これは聖地奪還なんかじゃない。ただの略奪なんだ。国を存続させるために、どうしても資源が必要だったんだ……」
「それならどうして投降を? 国がどうなってもいいわけじゃないんだろう?」
「資源なんて、もう必要ない……」
「必要ない?」
「補充兵たちが話していたよ。国内でそれに変わるものが生まれつつあると……。どんな物か私も少しだけ見せてもらったが良い物だった。もう戦争までして他国からなにかを奪う必要なんてない。むしろ、新たな物を守り育てるには、戦争なんて邪魔なんだ」
「本当にそうならありがたいけど……戦争中によくそんな新たな物が生まれたものだね」
「なんでも、聖女様を伴った一団が、各地で色々な物を作りながら旅をしているらしい。神が我らの祈りを聞き届け、救い手を導いてくださったのだろう」
物作りの一団と聞いて、ボロミアはショウたちを思い起こす。
「その一団の中に、美人でグラマラスなダークエルフの天才魔法使いはいなかったかい?」
「すまない、そこまで詳しくは知らないんだ」
「いや……きっといるはずだ……」
戦時下の国にやってきて、物作りで人を助けて回るようなこと、ノエルやその仲間たち以外にするわけがない。
彼女らのおこないで、戦争の理由が消え、終戦となるかもしれない。
「ははっ、はははっ」
「急に、どうした」
「嬉しいんだよ。ある意味、究極の人助けだ。それで戦争が止められるなら、本当におとぎ話に出てくる、優しい魔法使いさんだ……」
「ならなんで貴方は、泣いているんだ?」
ボロミアは、いつの間にか涙を流していた。
戦場がどんなにきつくても決して流さなかった涙が、ノエルを想って溢れ出していた。
「……僕がもう、おとぎ話に出てくるような魔法使いにはなれないからさ」
ノエルのような魔法使いでありたかったのに、戦場で敵を殺めてしまった。
味方は助けた。けれど、誰かを殺めた事実は変わらない。
心から思う。初めて思う。
ノエルが、自分の気持ちに応えてくれなくて良かった、と。
もし彼女が妻となっていたら、きっと一緒にこの戦場に立っていた。戦っていた。あの人助けを望む心優しき魔法使いを、自分と同じような人殺しにさせてしまっていた。
自分は軍人だ。その覚悟はしていた。
ノエルは違う。違うままでいてくれなきゃダメだ。絶対に。
だから、もう彼女を求めない。求めてはいけない。その資格は、もう自分にはない。
ボロミアは目をつむり、心の中でノエルに告げる。
さようなら、ノエル。僕の気持ちに応えないでいてくれて、ありがとう。
僕の好きだった、おとぎ話に出てくるような魔法使いのままでいてくれてありがとう……。
「勇者カレンさん、近いうちに戦争は終わるよ。なにせ聖女様のそばには、僕の憧れの、この世で一番素晴らしい魔法使いがついているんだからね」
スートリア神聖国から侵攻を受けたここは、最前線の戦場となっていた。
帝国魔法軍の部隊指揮官として、ボロミアは防衛に徹していた。
スートリア神聖国の勇者たちの恐ろしさを、よく知っていたからだ。
勇者は単独でも、冒険者で言えばS級~A級の強さを持ち、例外なく先天的超常技能を備えている。
勇者たちは部隊を率いているが、実際に戦力として脅威となるのは勇者のみで、その他は雑兵である。しかし勇者を活躍させるために囮になったり、盾になったりするので無視していても痛い目を見る。
そこで防御戦術である。
部隊全員で発動させる防御魔法により、雑兵の侵入を阻む。
魔法を突破してきた勇者は、他の部隊と連携して各個に対応する。
その戦術は功を奏し、勇者は仕留められずにいるが、自軍の被害も最小限で済んでいた。
メイクリエから、新素材製の盾を入手できていたのも大きい。
しかし互いに死傷者ゼロとはいかない。学院で共に学んだ仲間が倒れていったのはひとりやふたりではない。そして、ボロミアが命を奪ってしまった数も、決して少なくない。
後悔はない。ボロミアは軍人だ。
スートリア神聖国の大義名分は、聖地奪還だという。過去の文献から、モリアス鉱山がスートリア教の聖地であったと判明したから返還せよという強引なものだった。
冗談ではない。
モリアス鉱山では、以前から貴重な鉱石が採れることで有名であったが、最近、新たに不思議な鉱石が発見された。日頃から鉱山の調査を欠かさず、研究費も人材も惜しまず投入した結果だ。
スートリアが宗教的な聖地と主張するなら、こちらはこの地に集った学者にとっての聖地だ。掠め取ろうなど絶対に許せない。
軍人として、それを守るために戦うのは当然だし、納得もしている。
ただ……。
「ちょっときついな……」
油断すれば前線が瓦解するような一騎当千の勇者たちを相手に、いつ終わるともしれない戦いを続けるのは、ただただきつかった。
ところが、だ。
最近になって、敵の士気が急激に下がった。
睨み合いが続くばかりで、一向に攻めてこない。
それが何日も続いたあと、ある勇者の部隊は投降までしてきた。
勇者の紋章は持っていなかったが、戦場で失ったのだろうか。
尋問してみると、カレンと名乗った勇者は、この戦争についてこう語った。
「これは聖地奪還なんかじゃない。ただの略奪なんだ。国を存続させるために、どうしても資源が必要だったんだ……」
「それならどうして投降を? 国がどうなってもいいわけじゃないんだろう?」
「資源なんて、もう必要ない……」
「必要ない?」
「補充兵たちが話していたよ。国内でそれに変わるものが生まれつつあると……。どんな物か私も少しだけ見せてもらったが良い物だった。もう戦争までして他国からなにかを奪う必要なんてない。むしろ、新たな物を守り育てるには、戦争なんて邪魔なんだ」
「本当にそうならありがたいけど……戦争中によくそんな新たな物が生まれたものだね」
「なんでも、聖女様を伴った一団が、各地で色々な物を作りながら旅をしているらしい。神が我らの祈りを聞き届け、救い手を導いてくださったのだろう」
物作りの一団と聞いて、ボロミアはショウたちを思い起こす。
「その一団の中に、美人でグラマラスなダークエルフの天才魔法使いはいなかったかい?」
「すまない、そこまで詳しくは知らないんだ」
「いや……きっといるはずだ……」
戦時下の国にやってきて、物作りで人を助けて回るようなこと、ノエルやその仲間たち以外にするわけがない。
彼女らのおこないで、戦争の理由が消え、終戦となるかもしれない。
「ははっ、はははっ」
「急に、どうした」
「嬉しいんだよ。ある意味、究極の人助けだ。それで戦争が止められるなら、本当におとぎ話に出てくる、優しい魔法使いさんだ……」
「ならなんで貴方は、泣いているんだ?」
ボロミアは、いつの間にか涙を流していた。
戦場がどんなにきつくても決して流さなかった涙が、ノエルを想って溢れ出していた。
「……僕がもう、おとぎ話に出てくるような魔法使いにはなれないからさ」
ノエルのような魔法使いでありたかったのに、戦場で敵を殺めてしまった。
味方は助けた。けれど、誰かを殺めた事実は変わらない。
心から思う。初めて思う。
ノエルが、自分の気持ちに応えてくれなくて良かった、と。
もし彼女が妻となっていたら、きっと一緒にこの戦場に立っていた。戦っていた。あの人助けを望む心優しき魔法使いを、自分と同じような人殺しにさせてしまっていた。
自分は軍人だ。その覚悟はしていた。
ノエルは違う。違うままでいてくれなきゃダメだ。絶対に。
だから、もう彼女を求めない。求めてはいけない。その資格は、もう自分にはない。
ボロミアは目をつむり、心の中でノエルに告げる。
さようなら、ノエル。僕の気持ちに応えないでいてくれて、ありがとう。
僕の好きだった、おとぎ話に出てくるような魔法使いのままでいてくれてありがとう……。
「勇者カレンさん、近いうちに戦争は終わるよ。なにせ聖女様のそばには、僕の憧れの、この世で一番素晴らしい魔法使いがついているんだからね」
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