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第2部 第3章 なにもない国 -村おこし-
第107話 いつまであの悪女の味方でいられるか楽しみだよ
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翌日の早朝。
教会に押しかけたところ、カーラ司祭は自室で朝食を食べているところだった。
村人への配給の一日分はありそうな量だ。それを一日三食食べているのだろう。
「シオンさん……でしたね? なにか御用ですか?」
「なぜ村人を扇動してまで嫌がらせをする?」
「私が? なぜそのようなことをすると?」
「誤魔化さなくていい。あなたの命令を受けた村人から、話は聞かせてもらった」
「あら、あの子ったら命令と受け取ってしまっていたのね。しょうがないわねぇ。じゃあ、もういいかしら」
カーラは丁寧な態度を崩した。足を組み、頬杖を付き、残った手でパンをぱくり。不遜な様子で笑みを浮かべる。
「あなたたちさぁ、邪魔なのよねぇ。ダリアからも聞いたでしょう? この国は厳しく意志を統一しなきゃままならないの。あなたたちみたいな異端者がいると、叶いもしない希望を持っちゃって迷惑するのよねぇ」
「その希望が、叶うものだとしても? この国を良くするものだとしてもか」
「いらないわよぉ、そんなお節介。だいたい、それじゃ私の言うことを聞かなくなるでしょぉ。ダメに決まってるわ」
「なにがダメなんだ」
「私の言うことやることに、いちいちありがたがるのがいいんじゃない。支配してくださいってばかりに、いつも私にかしずくのよぉ。とぉっても愉快。そんなお楽しみを、取り上げられちゃたまらないわぁ」
「あなたひとりの楽しみのためなら、この村も、この国も、貧しいままでいいっていうのか」
「いいに決まってるじゃなぁい。だいたい国ってなによぉ。あなたたち、この貧しさをどうにかできると本気で思ってるの? 頭おかしいんじゃないのぉ?」
「褒め言葉と受け取っておくよ」
「言っておくけど、私のやってることって教皇の方針だから。私が楽しんでいようがいまいが、結局やることは変わらないの。だったら、楽しんだほうがいいに決まってるじゃない」
「……仕事を楽しむのはいいことだ」
「あら、意外と話がわかるのね。だったらもう出て行ってくれない? 部屋からじゃなくて村からね?」
「悪いが一度始めた仕事は最後までやり遂げる主義だ。やるだけのことはやらせてもらう」
「もしかして告発とかする気ぃ? それ無駄よぉ。村のみんなもスートリア教も、私の味方なんだから」
「告発なんてしない。おれたちも仕事を楽しませてもらうだけだ」
「はいはい。最後までその強がりがもつといいわねぇ」
おれはもう言葉を交わさず、部屋を出た。
「……これで少しはわかったか?」
部屋の外で控えていたダリアが、ひと声かけてくる。
「わかったのは支配する側の都合だけだよ」
「じゃあお前、まだやめないつもりなのか。誰も味方してくれない中で」
「むしろ村のみんなが、いつまであの悪女の味方でいられるか楽しみだよ」
それだけ告げて、おれは背を向けた。
◇
その日、おれたちは、これまでよりかなり大型の魔物を食料として狩った。
そしていつもと違って、工場の外で調理する。
当然、注目を集める。以前から、工場内から漂う匂いで、子供や若者が覗きに来ていたくらいだ。外で調理すれば、否が応でも匂いに誘われるものは増える。
幾人もが遠目にこちらを覗く中、それらの輪から外れた者がひとり。小さな男の子が、ふらふらと近づいてくる。
ぐうぅ、とお腹を鳴らし、物欲しげに見つめてくる。
「一緒に食べる?」
声をかけるとハッとして、ふるふると首を横に振った。一歩、後ずさるが背中は見せない。焼けた肉に視線が釘付けになっている。
「それは困ったなぁ。助けて欲しかったんだけど」
「助ける?」
「君はカーラ司祭から、人助けはしましょうって教わらなかった?」
「うん、教わったけど……」
「じゃあ嫌なんて言わずに助けてよ。お願い」
「……どうすればいいの?」
「一緒に食べて欲しいんだ。狩ってきたのはいいけど、大きすぎておれたちじゃ食べ切れない。このままじゃ腐らせちゃう。こんな大きいのが腐っちゃったら、村のみんなも困っちゃうでしょ? 捨ててもいいけど、食べ物を粗末にするなんて悪いことだし……ね?」
皿に切り分けた肉を手渡すと、少年は迷った末に、ひと口食べた。
すると目を輝かせる。
脂のよく乗った新鮮な肉だ。調味料もふんだんに使っている。配給の食事とは比べものにならないくらい美味なはずだ。
少年は我を忘れて、皿の分を食べ尽くしてしまう。
「ありがとう。助けてくれるんだね」
おれに言われて、またハッとする。食べちゃいけないのに、食べちゃった……と。誰かに叱られるんじゃないかと不安そうな顔になる。
少年は空になった皿とまだたっぷりある肉塊を見比べ、周囲も見回し、やがて皿を持つ手を下ろした。
「でも食べ過ぎも悪いことだって、カーラさまが……」
「だったら、もっとたくさんの人と分け合おう。そしたらみんな、食べ過ぎることはないよ。お友達をいっぱい連れておいで」
少年は一旦おれたちから離れた。周囲の者に身振り手振りで訴えると、やがて数人の子供たちがわらわらとやってくる。
食事の美味しさに子供たちは歓声を上げ、その声につられてまた子供が輪に加わる。
やがて若者たちも参加してきたところで、その食事は終わった。
大人たちは参加しなかったが、満腹になった子供や若者たちの様子を、どこか恨めしそうな、羨ましそうな目で見ていた。
こんな食事を数回もするうちに、村人のほとんどが参加してくれるようになった。
嫌がらせの頻度も、格段に減った。
それだけじゃない。前々から工場内に興味を持って覗きに来ていた若者が、声をかけてきてくれるようになった。
「あなたたちは、なにを作っているんですか?」
「この国のみんなが、毎日お腹いっぱい食べられるようにするための物だよ」
若者は目を輝かせた。
教会に押しかけたところ、カーラ司祭は自室で朝食を食べているところだった。
村人への配給の一日分はありそうな量だ。それを一日三食食べているのだろう。
「シオンさん……でしたね? なにか御用ですか?」
「なぜ村人を扇動してまで嫌がらせをする?」
「私が? なぜそのようなことをすると?」
「誤魔化さなくていい。あなたの命令を受けた村人から、話は聞かせてもらった」
「あら、あの子ったら命令と受け取ってしまっていたのね。しょうがないわねぇ。じゃあ、もういいかしら」
カーラは丁寧な態度を崩した。足を組み、頬杖を付き、残った手でパンをぱくり。不遜な様子で笑みを浮かべる。
「あなたたちさぁ、邪魔なのよねぇ。ダリアからも聞いたでしょう? この国は厳しく意志を統一しなきゃままならないの。あなたたちみたいな異端者がいると、叶いもしない希望を持っちゃって迷惑するのよねぇ」
「その希望が、叶うものだとしても? この国を良くするものだとしてもか」
「いらないわよぉ、そんなお節介。だいたい、それじゃ私の言うことを聞かなくなるでしょぉ。ダメに決まってるわ」
「なにがダメなんだ」
「私の言うことやることに、いちいちありがたがるのがいいんじゃない。支配してくださいってばかりに、いつも私にかしずくのよぉ。とぉっても愉快。そんなお楽しみを、取り上げられちゃたまらないわぁ」
「あなたひとりの楽しみのためなら、この村も、この国も、貧しいままでいいっていうのか」
「いいに決まってるじゃなぁい。だいたい国ってなによぉ。あなたたち、この貧しさをどうにかできると本気で思ってるの? 頭おかしいんじゃないのぉ?」
「褒め言葉と受け取っておくよ」
「言っておくけど、私のやってることって教皇の方針だから。私が楽しんでいようがいまいが、結局やることは変わらないの。だったら、楽しんだほうがいいに決まってるじゃない」
「……仕事を楽しむのはいいことだ」
「あら、意外と話がわかるのね。だったらもう出て行ってくれない? 部屋からじゃなくて村からね?」
「悪いが一度始めた仕事は最後までやり遂げる主義だ。やるだけのことはやらせてもらう」
「もしかして告発とかする気ぃ? それ無駄よぉ。村のみんなもスートリア教も、私の味方なんだから」
「告発なんてしない。おれたちも仕事を楽しませてもらうだけだ」
「はいはい。最後までその強がりがもつといいわねぇ」
おれはもう言葉を交わさず、部屋を出た。
「……これで少しはわかったか?」
部屋の外で控えていたダリアが、ひと声かけてくる。
「わかったのは支配する側の都合だけだよ」
「じゃあお前、まだやめないつもりなのか。誰も味方してくれない中で」
「むしろ村のみんなが、いつまであの悪女の味方でいられるか楽しみだよ」
それだけ告げて、おれは背を向けた。
◇
その日、おれたちは、これまでよりかなり大型の魔物を食料として狩った。
そしていつもと違って、工場の外で調理する。
当然、注目を集める。以前から、工場内から漂う匂いで、子供や若者が覗きに来ていたくらいだ。外で調理すれば、否が応でも匂いに誘われるものは増える。
幾人もが遠目にこちらを覗く中、それらの輪から外れた者がひとり。小さな男の子が、ふらふらと近づいてくる。
ぐうぅ、とお腹を鳴らし、物欲しげに見つめてくる。
「一緒に食べる?」
声をかけるとハッとして、ふるふると首を横に振った。一歩、後ずさるが背中は見せない。焼けた肉に視線が釘付けになっている。
「それは困ったなぁ。助けて欲しかったんだけど」
「助ける?」
「君はカーラ司祭から、人助けはしましょうって教わらなかった?」
「うん、教わったけど……」
「じゃあ嫌なんて言わずに助けてよ。お願い」
「……どうすればいいの?」
「一緒に食べて欲しいんだ。狩ってきたのはいいけど、大きすぎておれたちじゃ食べ切れない。このままじゃ腐らせちゃう。こんな大きいのが腐っちゃったら、村のみんなも困っちゃうでしょ? 捨ててもいいけど、食べ物を粗末にするなんて悪いことだし……ね?」
皿に切り分けた肉を手渡すと、少年は迷った末に、ひと口食べた。
すると目を輝かせる。
脂のよく乗った新鮮な肉だ。調味料もふんだんに使っている。配給の食事とは比べものにならないくらい美味なはずだ。
少年は我を忘れて、皿の分を食べ尽くしてしまう。
「ありがとう。助けてくれるんだね」
おれに言われて、またハッとする。食べちゃいけないのに、食べちゃった……と。誰かに叱られるんじゃないかと不安そうな顔になる。
少年は空になった皿とまだたっぷりある肉塊を見比べ、周囲も見回し、やがて皿を持つ手を下ろした。
「でも食べ過ぎも悪いことだって、カーラさまが……」
「だったら、もっとたくさんの人と分け合おう。そしたらみんな、食べ過ぎることはないよ。お友達をいっぱい連れておいで」
少年は一旦おれたちから離れた。周囲の者に身振り手振りで訴えると、やがて数人の子供たちがわらわらとやってくる。
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やがて若者たちも参加してきたところで、その食事は終わった。
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こんな食事を数回もするうちに、村人のほとんどが参加してくれるようになった。
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それだけじゃない。前々から工場内に興味を持って覗きに来ていた若者が、声をかけてきてくれるようになった。
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若者は目を輝かせた。
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