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第2部 第2章 新たなる旅立ち

第100話 領地になんか、未練はない

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 おれたちはさっそく出発準備に入った。

 領地の管理に関しては、もともと長期不在になる予定だったので、家令のベネディクト氏と方針は細かく詰めてある。任せておけばいい。

 アリシアのほうも同様に、ばあやと調整済みだ。

「しかしショウ様、我が国の貴族がスートリア神聖国へ潜入したと知られれば、サフラン王女やソフィア様にも危険が及ぶかもしれません」

 準備中のおれの前に、ベネディクト氏が立ちふさがる。

「おれは冒険者のシオンとして潜入する。陛下は、それをわざわざスートリアへ教えたりはしない。そうだろう?」

「陛下の命に背くことには変わりません。領地没収もあり得ることです」

「上手く誤魔化しておいて欲しいけど……報告したいならそれでも構わない。ソフィアがいない領地になんか、未練はない」

「……つまり、どうあっても出立されると?」

「うん。短い間だったけど、お世話になったね」

 おれはベネディクト氏の脇をすり抜け、準備を続ける。

「それは困ります」

 ベネディクト氏の声が後ろから追いかけてくる。

「私は陛下から、シュフィール家を全身全霊を持って支えるよう命を受けて派遣されました。おいとまをいただくような事態になっては、私も陛下の命に背いたことになってしまいます」

 おれが振り向くと、ベネディクト氏は諦めたように肩をすくめる。

「幸い、私はショウ様を止めろとは命じられておりません。こうなっては全身全霊をかけて誤魔化すしかありません」

「……ありがとう。なら、これを預かっていて欲しい」

 おれはベネディクト氏に、懐中時計と同等の大きさの、丸い魔導器を手渡した。

 ノエルはこれを完成させるために、ソフィアたちと一緒に行かずに留まっていたのだ。

「これで連絡が取れる」

「連絡? これでどのように?」

 おれは同じ魔導器を取り出す。

「ふたつセットになっててね。どちらかに強力な魔力を込めることで、お互いの声を装置を通じて届け合えるそうなんだ。要は、装置を介して会話ができる」

 もともとは、長期不在中に連絡手段がないとなにかあったときに困りそうだ、とノエルが気を利かせて作ってくれていた物だ。

「それは聞いたこともない物凄い発明ですが……。魔力のない私からは、連絡はできないのですね?」

「ああ、こちらもノエルかラウラがいないと使えない。できるだけ定期的に連絡するから、そのときに国内の状況に変化があったら伝えて欲しい。こちらも、なにか必要があったらお願いすることになると思う」

「かしこまりました。ご連絡をお待ちしております。今、必要なことはございますか?」

「じゃあ馬車と船の手配を」

「船はどちらまで?」

「スートリアまでの直行便と言いたいところだけど、この状況じゃ便は出てないだろうからね……。ロハンドールの一番南にある港へ。そこからは陸路を使うよ」

「かしこまりました」

 ベネディクト氏が去っていくと、今度は、荷物整理中だったエルウッドが顔を出した。

「シオン、今のうちに返しておきたい物がある」

「貸してた物なんてあったっけ?」

「お前の形見だと思って、勝手に借りたというか、もらったつもりになってた」

 エルウッドが持ってきたのは三冊の本だ。

 おれが初めて買った鍛冶仕事の教練本の三冊。おぼろげながら思い出す。失くしたと思っていたが、『フライヤーズ』が拠点としていた大都市リングルベンの宿屋に預けたままだったのか。

「オレも初めはこの本で勉強させてもらった。ラウラに習ってな」

「そっか。読み書きもできるようなったんだね……。この本なら、あげるよ。それより持ってきてくれてありがとう! これなら旅程が短くできる!」

 おれは船の手配に出かけようとしていたベネディクト氏を大急ぎで呼び止める。

「予定変更だ! スートリアへは船で直行する!」

「はい? しかし、直行便は出ていないものかと……」

「便がないなら乗組員ごと船を買って、直行させるよう言うんだ。文句を言うなら海運会社ごと買って黙らせるんだ。資金は無制限に使っていい」

「そのような無茶をなされても、あちらに入港できなければ意味がございません」

「入港ならできる。たぶん歓迎されるよ。エルウッドが持ってきてくれたからね」

 エルウッドとベネディクト氏は揃って首を傾げる。

「シオン、その本は一体なんなんだ?」

「本じゃなくて表紙だよ」

 おれは、かなり分厚い表紙を覆っている革を剥がした。表紙にはくり抜かれた部分があり、そこに金属のパーツがぴったりとはめ込んである。三冊ともそうだ。

 取り出した三つのパーツを組み合わせると、紋章を象ったペンダントになる。

「その紋章……どこかで見たことがあるような……」

 エルウッドは思案するが、ベネディクト氏はすぐピンときたようだった。

「スートリア神聖国の、勇者に与えられる紋章ではありませんか?」

「勇者? まさかシオン」

 おれはふたりに対してゆっくりと頷く。

「あの国は、実はおれの生まれ故郷でね。先天的超常技能プリビアス・スキルを持っていたおれは、勇者候補として訓練を受けさせられてたんだ」

「つまり……どういうことなんだ?」

「スートリア国内で、かなり動きやすくなるってことだよ」

 それからまもなく、おれたちは出発した。
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