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第2部 第1章 可憐な王女 -新素材繊維-

第89話 わたくしの夫に相応しいですわ

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「新郎新婦は、病めるときも、健やかなるときも、富めるときも、貧しきときも、離れていても、そばにいても、互いに愛し、敬い、慈しむことを誓いますか?」

「誓います」

「はい、誓います」

「では誓いの口づけを」


   ◇


「もういやだ、おかしくなりそうだよ!」

 おれは自分の屋敷の執務室で頭を抱えた。

「そう仰らず。あと数枚のサインで今日の分は終わりです」

 ベテランの家令、ベネディクト氏は作業を促すのみだ。

「終わりと言っても、次は面会があるんだろう?」

「はい。早めに片付けていただけないと、約束の時間に遅れてしまいます」

 はぁ~、と大きなため息をついて、再び書類に目を通す。

 おれとソフィアの結婚式は、会場のディブリス教会が小さいこともあって、ささやかなものだった。

 とはいえ国王や王女が参列してくれたものだから、会ったこともない、呼んだ覚えもない貴族たちが幾人も押しかけてきていて、挨拶して回るのに一苦労だった。

 後日、参列者たちへお礼の手紙を出し、一息ついたかと思ったら、次から次へと仕事が舞い込んできたのだ。

 まずは家人の手配。さらに所領管理のあれこれ。

 これらは国王が派遣してくれたベネディクト氏に、ほとんど一任できた。それでも目を通さなければならない書類は多いが、自分でやるより遥かに楽だ。

 問題は、次々に挨拶に来る貴族や職人たちだ。

 貴族は縁談を持ってくるわ、職人は工房の後ろ盾として支援を求めてくるわ。

 工房の件は、おれも職人の端くれなので、話を聞けばどう対応すればいいか充分に判断できる。数の多さがつらいが、それはいい。

 特にきついのは縁談だ。

 メイクリエ王国の貴族は一夫多妻が義務付けられている。そのため妻がいようと、構わず縁を結ぼうとしてくる。

 ただ断るだけでは関係にヒビが入るのでダメだ。

 初対面のお嬢様を適度に褒めつつ、適切な理由で断らねばならない。これが難しい。

 最初の縁談の際、いつもの調子で褒めていたら、相手がグイグイ来るようになってしまい、最終的に断ったときには大泣きされた。

 いつだかアリシアに「褒めると勘違いさせてしまう」と怒られた理由が身に沁みてよくわかった。

 断ったあとは、金銭的な支援や今後の協力を約束したりと関係を維持するようフォローを入れるようにしている。これはベネディクト氏の進言であり、それに従ったお陰で、おれはなんとか貴族の体面を保てている。

 今日の面会――というか縁談も、無事に断りきった。

 客の帰ったあと、おれは応接間のソファに身を沈める。

「……ソフィアに会いたい」

「ソフィア様がお帰りになるのは、二日後の予定です」

「もういい。会いに行く」

「いけません。明日も明後日も面会の約束がございます」

「そうだろうね……」

 またため息をつく。貴族って、思ってたのと違うなぁ……。

 ソフィアやノエル、アリシア。愛する人たちと穏やかな日々が過ごせると期待していたのだが……。

 ソフィアとさえ、まともな夫婦生活を送れていない。

 ソフィアは今、職人ギルドの長として、あちこちに飛び回っている。

 基本的には射出成形インジェクション技術を国内に普及させる方針だが、それでなんでも作れるわけではない。

 最高級装備は伝統的な工法で生産を続けてもらいつつ、ペトロア工房が開発した新たな量産工法も随時適用していく。

 それぞれの工房の希望を聞きつつ、どの工法で今後生産してもらうか協議に協議を重ねている最中なのだ。

 予定が遅れて、三日後の夜。おれたちは一週間ぶりに顔を合わせることができた。

「ソフィア……寂しかったよ」

「わたしもです」

 ソフィアはソファに座ると、ぽんぽんと自分の太ももを叩いた。

「どうぞ、今日はいっぱい甘えてください」

 そう言われると急に気恥ずかしくなるが、ソフィアの綺麗な黄色い瞳に見つめられると逆らえない。吸い寄せられるように、おれはソフィアの太ももに頭を乗せた。

 髪を撫でられるのが、とても気持ちがいい。

「ショウさん、子供みたいです。わたしの中のママの部分がキュンキュンしています」

 やっぱり恥ずかしいが、心地いいのでやめられない。

 こんな時間がずっと続けばいいのに。

「……気楽な旅暮らしが懐かしいよ。貴族の生活は、気苦労が多いや」

「では、ふたりで逃げてしまいましょうか」

 おれが目を丸くすると、ソフィアは微笑んだ。

「なんちゃって」

「だよね、わかってる。望んで手にしたものだからね……」

「もう少しで落ち着きます。そしたらいっぱい休暇をいただきましょう。わたしも、実はとても溜まっているのです」

 熱っぽく見つめられて、胸が高鳴ってしまう。溜まってるって、それって……。

 ソフィアは胸元で両手を組むと、ぶんぶんと上下させる。

「このところ! なにも! 作れてないのです……!」

 その手が頭に当たりそうで危ないので、ソフィアの膝から床に避難する。

「そっちかぁ。あはは、おれもだよ」

 隣に座り直すとソフィアは動きを止め、甘えるように肩を預けてきた。

「それに、らぶらぶが足りていません……」

 頬を赤らめて上目遣いに言われては、応えずにはいられない。

「今、少し補充しとこうか」

 おれは優しく口づけをして、ソフィアを押し倒した。


   ◇


 それから一ヶ月ほどで、おれたちは多忙な時期を乗り切った。

 ベネディクト氏の計らいで長期休暇に入ったおれたちは、ランサスの街にあるソフィアの生家の工房で過ごすことにした。

 夫婦水入らずでのんびり愛を語ったり、物作りしたりするつもりだったのだが……。

「ショウ・シュフィール。貴方こそ、わたくしの夫に相応しいですわ」

 メイクリエ王国第三王女、サフラン姫の来訪で予定変更を余儀なくされた。
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