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第1部 第7章 ライバル -最高の盾-
第71話 これはおれたちの最高じゃない
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「ちょっと、面白くないなぁ……」
「……はい、同感です」
「んん? ふたりともなにが不満なのだ?」
つまらなそうにするおれとソフィアに、アリシアは困ったように尋ねた。
「いや、盾の射出成形生産は成功したよ。したけどさ……」
工房の火事からもう二ヶ月。
しばらく落ち込んでいたソフィアだったが、物を作り始めたら元気が出始めて、今ではすっかり立ち直ってくれている。
レンズ金型と試作射出成形装置は、ソフィアとノエルがすぐに修理してくれたお陰で、レンズ生産は最小限の遅れで済み、今も二十四時間態勢で生産が続いている。
そこから生まれる莫大な資金を躊躇なく投入し、工房の修理や、新型の大型射出成形装置や金型の製作を急いだ。
その甲斐あって、設計や材料の発注も事前に済んでいたこともあり、おれたちは大幅な工期短縮に成功し、盾の金型の製作は完了。本日、試作生産も成功させたのである。
「わたしたちは結局、前回と同じことをスケールアップしてやっただけなのです。むしろ一度にたくさん作れない分、退化しているとも言えます」
盾はレンズより遥かにサイズが大きいため、大型の金型を用いても、一度にひとつの生産が限度だった。
「えぇー、でも設計通りで、想定通りの性能になったでしょ? あの状況から、ここまで漕ぎ着けたんだし、よくやったと思うんだけど……」
「でも、これはおれたちの最高じゃないと思うんだ」
「そうかなぁ、今できる最高の物だと思うけどなぁ」
ノエルの言う通り、今できる最高の出来ではあるだろう。
新素材は、おれとソフィアが調べた中で最硬の物を使っている。金属の盾と比較して、八割も軽量化できている。防御性能も、なかなかだ。生産力も、一日で千個はいける。
「そうだけど、妥協してもいるんだよ」
「どの辺で?」
「まず、硬すぎるんだ。柔軟性がなさすぎて、強すぎる衝撃を受けたら割れてしまう」
同様の衝撃を受けても、金属盾なら凹むだけで、その後も使用はできる。だが割れてしまったら、もう終わりだ。
「あと耐熱性のなさも弱点だね。火炎のブレスを受け続けたら、溶けてしまう」
「それは熱で溶かしてから固める新素材の性質上、どうしようもないのではないか?」
「それはそうなんだけど……ね」
苦笑して、おれは席を立つ。
「少し散歩でもして頭を整理してくるよ」
「わたしも、一緒に行きます」
おれとソフィアは、工房の周囲に作られた村を、のんびりと歩いていく。
二度と妨害を受けぬようにと雇った警備員が、あちこちで巡回している。
足は自然と魔物飼育施設に向かう。
ウルフベアのマロンが、気持ち良さそうに昼寝をしている。
フレイムチキンたちが、騒がしく鳴きながら柵の中を走り回っている。
盾用の新素材のために捕らえたミュータスリザードは、陽の光に当たる場所でじっとしている。吐き出す粘液で獲物の動きを止めてから襲う魔物だ。
施設の近くの木陰に座り、そんな魔物たちを見つめる。
「なにか、方法がある気がするんだ……」
ソフィアもおれの隣に座り、肩が触れ合った。
「金属なら、融かして別の素材を入れれば違った性質になります。それと同じようなことができればいいのですが……」
「新素材同士を溶かして混ぜても上手くいかなかったな……」
「いい手段が思いつきました」
「えっ、そんな急に?」
「はい。ショウさん、今こそ封印していた計画を実行するときです。合成獣さん製造の禁忌を犯すときです」
ぷっ、とおれは吹き出してしまう。
「いやそれ勘違い。って、その話、まだ覚えてたんだね」
「わたしにとっては、最後の手段ですから」
「なんの?」
「…………」
ソフィアは無言で背筋を伸ばして胸を張った。
ついその胸元に視線が吸い込まれる。
慎ましい。まったくもって慎ましく、可愛らしい。
「えーと、合成してまで大きい胸、欲しい?」
「なんちゃって」
「わかってるよ」
軽く笑ってから「でも」と続ける。
「合成獣なら確かに、また違った新素材を生み出してくれそうだけど……」
「そもそも魔物さんは、どうやって新素材を生成しているのでしょう? 見たところ食事はみんな似たものなのに、新素材の性質は違っています」
「ノエルは、体内の魔力が作用してるんじゃないか……って言ってたけど」
魔物は、魔力を持つ動物の総称だ。
多くの場合、本能的に魔力で身体能力を強化しており、凶暴化している。火を吹いたりといった特殊な行動も魔力によるものだ。
魔法使いの使う魔法の多くは、魔物が本能で使うものを人間にも使えるように解析したものだとか。
食べた物を消化する際に魔物の体内でなんらかの魔法が発動していて、新素材の成分が生成されているのではないかとノエルは推測していた。
「ちょっと待てよ? だったら、別の魔物の新素材を食べた場合はどうなるんだ?」
ソフィアは目を丸くして息を呑んだ。
「もしかしたら、ふたつの特徴が合わさった新素材が生まれるかもしれません」
「うん、さっそく試してみよう。ソフィアのお陰で思い付けたよ、ありがとう」
ソフィアはドヤ顔で再び胸を張った。
「はい。わたしの、この小さいお胸のお陰ですね」
「それは、そう……なの、かな?」
おれたちは一旦工房に戻り、このアイディアをノエルやアリシアにも伝えるのだった。
「……はい、同感です」
「んん? ふたりともなにが不満なのだ?」
つまらなそうにするおれとソフィアに、アリシアは困ったように尋ねた。
「いや、盾の射出成形生産は成功したよ。したけどさ……」
工房の火事からもう二ヶ月。
しばらく落ち込んでいたソフィアだったが、物を作り始めたら元気が出始めて、今ではすっかり立ち直ってくれている。
レンズ金型と試作射出成形装置は、ソフィアとノエルがすぐに修理してくれたお陰で、レンズ生産は最小限の遅れで済み、今も二十四時間態勢で生産が続いている。
そこから生まれる莫大な資金を躊躇なく投入し、工房の修理や、新型の大型射出成形装置や金型の製作を急いだ。
その甲斐あって、設計や材料の発注も事前に済んでいたこともあり、おれたちは大幅な工期短縮に成功し、盾の金型の製作は完了。本日、試作生産も成功させたのである。
「わたしたちは結局、前回と同じことをスケールアップしてやっただけなのです。むしろ一度にたくさん作れない分、退化しているとも言えます」
盾はレンズより遥かにサイズが大きいため、大型の金型を用いても、一度にひとつの生産が限度だった。
「えぇー、でも設計通りで、想定通りの性能になったでしょ? あの状況から、ここまで漕ぎ着けたんだし、よくやったと思うんだけど……」
「でも、これはおれたちの最高じゃないと思うんだ」
「そうかなぁ、今できる最高の物だと思うけどなぁ」
ノエルの言う通り、今できる最高の出来ではあるだろう。
新素材は、おれとソフィアが調べた中で最硬の物を使っている。金属の盾と比較して、八割も軽量化できている。防御性能も、なかなかだ。生産力も、一日で千個はいける。
「そうだけど、妥協してもいるんだよ」
「どの辺で?」
「まず、硬すぎるんだ。柔軟性がなさすぎて、強すぎる衝撃を受けたら割れてしまう」
同様の衝撃を受けても、金属盾なら凹むだけで、その後も使用はできる。だが割れてしまったら、もう終わりだ。
「あと耐熱性のなさも弱点だね。火炎のブレスを受け続けたら、溶けてしまう」
「それは熱で溶かしてから固める新素材の性質上、どうしようもないのではないか?」
「それはそうなんだけど……ね」
苦笑して、おれは席を立つ。
「少し散歩でもして頭を整理してくるよ」
「わたしも、一緒に行きます」
おれとソフィアは、工房の周囲に作られた村を、のんびりと歩いていく。
二度と妨害を受けぬようにと雇った警備員が、あちこちで巡回している。
足は自然と魔物飼育施設に向かう。
ウルフベアのマロンが、気持ち良さそうに昼寝をしている。
フレイムチキンたちが、騒がしく鳴きながら柵の中を走り回っている。
盾用の新素材のために捕らえたミュータスリザードは、陽の光に当たる場所でじっとしている。吐き出す粘液で獲物の動きを止めてから襲う魔物だ。
施設の近くの木陰に座り、そんな魔物たちを見つめる。
「なにか、方法がある気がするんだ……」
ソフィアもおれの隣に座り、肩が触れ合った。
「金属なら、融かして別の素材を入れれば違った性質になります。それと同じようなことができればいいのですが……」
「新素材同士を溶かして混ぜても上手くいかなかったな……」
「いい手段が思いつきました」
「えっ、そんな急に?」
「はい。ショウさん、今こそ封印していた計画を実行するときです。合成獣さん製造の禁忌を犯すときです」
ぷっ、とおれは吹き出してしまう。
「いやそれ勘違い。って、その話、まだ覚えてたんだね」
「わたしにとっては、最後の手段ですから」
「なんの?」
「…………」
ソフィアは無言で背筋を伸ばして胸を張った。
ついその胸元に視線が吸い込まれる。
慎ましい。まったくもって慎ましく、可愛らしい。
「えーと、合成してまで大きい胸、欲しい?」
「なんちゃって」
「わかってるよ」
軽く笑ってから「でも」と続ける。
「合成獣なら確かに、また違った新素材を生み出してくれそうだけど……」
「そもそも魔物さんは、どうやって新素材を生成しているのでしょう? 見たところ食事はみんな似たものなのに、新素材の性質は違っています」
「ノエルは、体内の魔力が作用してるんじゃないか……って言ってたけど」
魔物は、魔力を持つ動物の総称だ。
多くの場合、本能的に魔力で身体能力を強化しており、凶暴化している。火を吹いたりといった特殊な行動も魔力によるものだ。
魔法使いの使う魔法の多くは、魔物が本能で使うものを人間にも使えるように解析したものだとか。
食べた物を消化する際に魔物の体内でなんらかの魔法が発動していて、新素材の成分が生成されているのではないかとノエルは推測していた。
「ちょっと待てよ? だったら、別の魔物の新素材を食べた場合はどうなるんだ?」
ソフィアは目を丸くして息を呑んだ。
「もしかしたら、ふたつの特徴が合わさった新素材が生まれるかもしれません」
「うん、さっそく試してみよう。ソフィアのお陰で思い付けたよ、ありがとう」
ソフィアはドヤ顔で再び胸を張った。
「はい。わたしの、この小さいお胸のお陰ですね」
「それは、そう……なの、かな?」
おれたちは一旦工房に戻り、このアイディアをノエルやアリシアにも伝えるのだった。
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