上 下
50 / 162
第1部 第5章 最高の仲間たち -製造準備-

第50話 つまり、そういうことですよ?

しおりを挟む
 ランサスの街へ行く駅馬車の中、おれの隣にはソフィアがいた。

 曰く、「眼鏡が実際に売られている様子を見ておきたいのです」とのことだ。

 おれは馬車での移動時間に、取引先候補への手紙を書いていく。

 ロハンドール帝国魔法学院のアラン。港町ディストンのサーナイム海運会社のオクトバー。それに冒険者ギルド職員のバネッサへ。

「ラスティンの町で会った、あのバネッサさんですか?」

「そう、あのバネッサだよ。シオンとしては少しは名が通っていたけど、ショウとしては無名だからね。売り込みを聞いてくれそうなのは、バネッサくらいなんだ」

 手紙を書き終わったら、次はおれとソフィアの本を開く。

 出会ってきた魔物から採取した新素材の特徴を、白紙の本に書き留めてきたものだ。

 例えばウルフベアから取った新素材なら、乳白色で、水に浮くほど軽い。武器や防具に使えるほどの強度はないが、日用品としては充分すぎる強度を持つ。……といった具合だ。

 書き留めた中から、レンズを作るのに適していそうな素材を探す。

 ソフィアは黙って身を寄せて本を覗き込み、一緒に探してくれる。

 触れ合ったぬくもりに、おれの心拍数は高まっていく。

 ふたりで旅を始めた頃は、毎日のことだった。ほんの数ヶ月前のことなのに、懐かしく思えてくる。

 その気持ちはソフィアも同じらしかった。

「旅をしながら本を開いて、今日知ったことを書き込んで、明日調べることを語り合って……。ノエルさんやアリシアさんのいる今の生活もとても素敵ですけれど、ふたりきりで旅をしていた頃も、わたしは好きでした」

「おれもだよ。あの日々を、おれはきっと何度でも思い出す。思えば、おれはあのときから惚れてたんだ。君の腕や情熱だけじゃなくて、君という女の子に……ね」

 ソフィアは意外そうに一瞬息を止めた。

「では……この前、わたしをす、好きと言ってくれたのは……恋愛的な意味だったのですね。ショウさんのことですから、てっきりまた違うのかと、迷ってしまっていました」

「ごめん。おれ自身、ずっと自分の気持ちを見て見ぬふりしてたんだと思う。なんていうか……あのとき素直になってたら、無職の女の子に、就職を条件に交際を迫ったみたいな状況になってたと思うし……」

 ソフィアは少しばかり頬をふくらませる。

「お陰でわたしは、何度も心乱されてきました。めっ、です。ショウさんは反省すべきです」

「うん……。ごめんなさい」

「なんちゃって」

 ソフィアは一転して笑顔になる。

「本当は怒っていません。すっきりしましたから」

「ありがとう。でもごめん。君には別に好きな人がいるのに……。迷惑だよね……」

「それは、どうでしょう」

 そこで話題が途切れる。

 高鳴る鼓動が心地よく、けれどどこか切ない。

 そんな沈黙の先で、おれたちはいつしか、一冊の本を前に「この素材は?」「これがいいのでは?」と、いつものように物作りの意見交換を始めていた。

 やがてランサスの街に到着する。

 おれはすぐ冒険者ギルドに行き、三通の手紙を大至急届けるよう手配した。

 なぜ冒険者ギルドに依頼したかというと、そのほうが速いからだ。

 通常の運輸業者に頼むなら安いが、到着までかなり日数がかさむ。

 一方、冒険者の中には高速輸送を専門としている者が一定数おり、馬や魔法を駆使して非常に素早く荷物を届けてくれるのだ。

「それじゃ、もう遅いし宿で一泊していこう」

「同室でもいいですよ?」

「また冗談言うんだもんなぁ。そういうのは恋人としようね」

「そうですね。恋人と……」

 翌朝には市場を見に行き、眼鏡の販売店を何軒もはしごする。

 眼鏡のレンズの中でも特に精巧なのは、宝石を丁寧に削り出して作った物で非常に高価だ。ガラス製の物はそれより劣るが、それでも高度な技術で作られていて、やはり高価だ。

 あわよくば作っているところを見られたらいいと思っていたが、工房内は厳重に隠されていて無理だった。しかし、実際に売られている製品や、売り場の様子、視力検査の仕方などを見ることで、イメージは湧いてくる。

「すみません、買い物まで付き合っていただいて」

 それからソフィアは、いくつかの油と砥石、研磨剤を買い込んだ。

「いいさ。おれも必要だと思った物ばかりだし。今日ソフィアと来れてよかったよ。あとで買いに来るんじゃ二度手間になってた」

「ではそろそろ帰りましょうか」

「えっ? 帰っちゃっていいの?」

 ソフィアは首を傾げる。

「ショウさんは、まだなにかご入用でしたか?」

「ああ、いや……ソフィアにはまだ用事があるんじゃないかと思って……。ほら、前に言ってただろ? 次の仕事が上手くいったら……って」

 次の仕事が上手くいったら、ソフィアは好きな人に告白すると言っていた。

 試作機の製作もちょうど一段落したわけだし、ソフィアが今回ついて来たのは、そのためでもあると思っていた。

 ソフィアが他の誰かの恋人になるのは嫌だが、彼女の幸せを願う者として受け入れるつもりだ。

「そのことなら、はい。昨日のうちに決心を固めました」

「でも今、帰るって……」

 ソフィアは黄色く綺麗な瞳でおれを見つめる。柔らかに微笑む。

「つまり、そういうことですよ?」

 胸が高鳴ってなにも言えずにいると、ソフィアが一歩、こちらへ踏み出してくる。

 艷やかな小さな唇が、大切な言葉を紡ぎ出そうとする。

「わたしが好きなのは――」

「おう! 追放女に、ショウとかいう若造じゃねえか! 仕事サボってデートたぁ、いいご身分だなぁ、おい!」

 ソフィアの言葉は、通りがかったケンドレッドの下品な声で中断されてしまった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

異世界召喚されたら無能と言われ追い出されました。~この世界は俺にとってイージーモードでした~

WING/空埼 裕@書籍発売中
ファンタジー
 1~8巻好評発売中です!  ※2022年7月12日に本編は完結しました。  ◇ ◇ ◇  ある日突然、クラスまるごと異世界に勇者召喚された高校生、結城晴人。  ステータスを確認したところ、勇者に与えられる特典のギフトどころか、勇者の称号すらも無いことが判明する。  晴人たちを召喚した王女は「無能がいては足手纏いになる」と、彼のことを追い出してしまった。  しかも街を出て早々、王女が差し向けた騎士によって、晴人は殺されかける。  胸を刺され意識を失った彼は、気がつくと神様の前にいた。  そしてギフトを与え忘れたお詫びとして、望むスキルを作れるスキルをはじめとしたチート能力を手に入れるのであった──  ハードモードな異世界生活も、やりすぎなくらいスキルを作って一発逆転イージーモード!?  前代未聞の難易度激甘ファンタジー、開幕!

【超速爆速レベルアップ】~俺だけ入れるダンジョンはゴールドメタルスライムの狩り場でした~

シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
ダンジョンが出現し20年。 木崎賢吾、22歳は子どもの頃からダンジョンに憧れていた。 しかし、ダンジョンは最初に足を踏み入れた者の所有物となるため、もうこの世界にはどこを探しても未発見のダンジョンなどないと思われていた。 そんな矢先、バイト帰りに彼が目にしたものは――。 【自分だけのダンジョンを夢見ていた青年のレベリング冒険譚が今幕を開ける!】

スキルハンター~ぼっち&ひきこもり生活を配信し続けたら、【開眼】してスキルの覚え方を習得しちゃった件~

名無し
ファンタジー
 主人公の時田カケルは、いつも同じダンジョンに一人でこもっていたため、《ひきこうもりハンター》と呼ばれていた。そんなカケルが動画の配信をしても当たり前のように登録者はほとんど集まらなかったが、彼は現状が楽だからと引きこもり続けていた。そんなある日、唯一見に来てくれていた視聴者がいなくなり、とうとう無の境地に達したカケル。そこで【開眼】という、スキルの覚え方がわかるというスキルを習得し、人生を大きく変えていくことになるのだった……。

~最弱のスキルコレクター~ スキルを無限に獲得できるようになった元落ちこぼれは、レベル1のまま世界最強まで成り上がる

僧侶A
ファンタジー
沢山のスキルさえあれば、レベルが無くても最強になれる。 スキルは5つしか獲得できないのに、どのスキルも補正値は5%以下。 だからレベルを上げる以外に強くなる方法はない。 それなのにレベルが1から上がらない如月飛鳥は当然のように落ちこぼれた。 色々と試行錯誤をしたものの、強くなれる見込みがないため、探索者になるという目標を諦め一般人として生きる道を歩んでいた。 しかしある日、5つしか獲得できないはずのスキルをいくらでも獲得できることに気づく。 ここで如月飛鳥は考えた。いくらスキルの一つ一つが大したことが無くても、100個、200個と大量に集めたのならレベルを上げるのと同様に強くなれるのではないかと。 一つの光明を見出した主人公は、最強への道を一直線に突き進む。 土曜日以外は毎日投稿してます。

えっ、能力なしでパーティ追放された俺が全属性魔法使い!? ~最強のオールラウンダー目指して謙虚に頑張ります~

たかたちひろ【令嬢節約ごはん23日発売】
ファンタジー
コミカライズ10/19(水)開始! 2024/2/21小説本編完結! 旧題:えっ能力なしでパーティー追放された俺が全属性能力者!? 最強のオールラウンダーに成り上がりますが、本人は至って謙虚です ※ 書籍化に伴い、一部範囲のみの公開に切り替えられています。 ※ 書籍化に伴う変更点については、近況ボードを確認ください。 生まれつき、一人一人に魔法属性が付与され、一定の年齢になると使うことができるようになる世界。  伝説の冒険者の息子、タイラー・ソリス(17歳)は、なぜか無属性。 勤勉で真面目な彼はなぜか報われておらず、魔法を使用することができなかった。  代わりに、父親から教わった戦術や、体術を駆使して、パーティーの中でも重要な役割を担っていたが…………。 リーダーからは無能だと疎まれ、パーティーを追放されてしまう。  ダンジョンの中、モンスターを前にして見捨てられたタイラー。ピンチに陥る中で、その血に流れる伝説の冒険者の能力がついに覚醒する。  タイラーは、全属性の魔法をつかいこなせる最強のオールラウンダーだったのだ! その能力のあまりの高さから、あらわれるのが、人より少し遅いだけだった。  タイラーは、その圧倒的な力で、危機を回避。  そこから敵を次々になぎ倒し、最強の冒険者への道を、駆け足で登り出す。  なにせ、初の強モンスターを倒した時点では、まだレベル1だったのだ。 レベルが上がれば最強無双することは約束されていた。 いつか彼は血をも超えていくーー。  さらには、天下一の美女たちに、これでもかと愛されまくることになり、モフモフにゃんにゃんの桃色デイズ。  一方、タイラーを追放したパーティーメンバーはというと。 彼を失ったことにより、チームは瓦解。元々大した力もないのに、タイラーのおかげで過大評価されていたパーティーリーダーは、どんどんと落ちぶれていく。 コメントやお気に入りなど、大変励みになっています。お気軽にお寄せくださいませ! ・12/27〜29 HOTランキング 2位 記録、維持 ・12/28 ハイファンランキング 3位

クラス転移から逃げ出したイジメられっ子、女神に頼まれ渋々異世界転移するが職業[逃亡者]が無能だと処刑される

こたろう文庫
ファンタジー
日頃からいじめにあっていた影宮 灰人は授業中に突如現れた転移陣によってクラスごと転移されそうになるが、咄嗟の機転により転移を一人だけ回避することに成功する。しかし女神の説得?により結局異世界転移するが、転移先の国王から職業[逃亡者]が無能という理由にて処刑されることになる 初執筆作品になりますので日本語などおかしい部分があるかと思いますが、温かい目で読んで頂き、少しでも面白いと思って頂ければ幸いです。 なろう・カクヨム・アルファポリスにて公開しています こちらの作品も宜しければお願いします [イラついた俺は強奪スキルで神からスキルを奪うことにしました。神の力で学園最強に・・・]

異世界に転移した僕、外れスキルだと思っていた【互換】と【HP100】の組み合わせで最強になる

名無し
ファンタジー
突如、異世界へと召喚された来栖海翔。自分以外にも転移してきた者たちが数百人おり、神父と召喚士から並ぶように指示されてスキルを付与されるが、それはいずれもパッとしなさそうな【互換】と【HP100】という二つのスキルだった。召喚士から外れ認定され、当たりスキル持ちの右列ではなく、外れスキル持ちの左列のほうに並ばされる来栖。だが、それらは組み合わせることによって最強のスキルとなるものであり、来栖は何もない状態から見る見る成り上がっていくことになる。

最遅で最強のレベルアップ~経験値1000分の1の大器晩成型探索者は勤続10年目10度目のレベルアップで覚醒しました!~

ある中管理職
ファンタジー
 勤続10年目10度目のレベルアップ。  人よりも貰える経験値が極端に少なく、年に1回程度しかレベルアップしない32歳の主人公宮下要は10年掛かりようやくレベル10に到達した。  すると、ハズレスキル【大器晩成】が覚醒。  なんと1回のレベルアップのステータス上昇が通常の1000倍に。  チートスキル【ステータス上昇1000】を得た宮下はこれをきっかけに、今まで出会う事すら想像してこなかったモンスターを討伐。  探索者としての知名度や地位を一気に上げ、勤めていた店は討伐したレアモンスターの肉と素材の販売で大繁盛。  万年Fランクの【永遠の新米おじさん】と言われた宮下の成り上がり劇が今幕を開ける。

処理中です...