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第1部 第4章 憂国の没落騎士 -工房始動-

第34話 魔物がいるからいいんだよ

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「それにしても――」

 アリシアが提供してくれるという工房への道すがら、アリシアはおれとソフィアを眺めながら口にした。

「――ショウは、よほどソフィアが大事なのだな。夫婦が仲睦まじいのは良いことだ」

 おれとソフィアは思わず立ち止まって、顔を見合わせる。

「夫婦?」

 するとソフィアは、ぽふっ、と肩を寄せてきた。

「はい。らぶらぶです」

 おいおい、ちょっとちょっと。

「ソフィア。初対面の人にそういう冗談やると信じちゃうから」

 おれは顔が熱くなるが、あくまで冷静に言っておく。

「…………」

 ソフィアはそっと離れて、じぃっと上目遣いにおれを見つめる。

 かと思ったら、再び肩を擦り寄せてきた。微妙にドヤ顔で。

「らぶらぶです」

「こらこら」

「なんちゃって」

 今度こそ離れてくれる。

 アリシアは愉快そうに頬を緩ませる。

「そうか、冗談か。夫婦というのは私の早とちりだったか。はははっ、しかし仲が良いのは間違いないのだな」

「そうねー、大の仲良しなの。ち・な・み・にぃ、夫婦なのは実はこっちだったりしてー」

 今度は反対側からノエルが抱きついてくる。

 大きな胸の感触が、腕に絡みついてくる。ドキドキをこらえつつ苦笑する。

「なんでノエルまで冗談に乗っちゃうのさ」

「さぁー? なんででしょうね~? ショウが悪いんじゃない?」

「そうですね、ショウさんが悪いです」

「えぇ……。よくわからないけど、なんか、ごめん?」

 アリシアは終始笑顔だった。

 その後、道中で二泊して辿り着いた先は、とある廃村だった。アリシア・ガルベージに残された、小さな領地の一部。かつてガルベージ領と呼ばれた土地は、今はほとんどヒルストン領となっている。

 かつて村の鍛冶屋が使っていた工房が、まだ使える状態で残っている。

 とのことだったのだが……。

「……廃墟じゃん」

 ノエルの一言が、その状態を端的に表していた。

「そんな……。以前、見回ったときは、こんな状態ではなかったのだが……」

 茫然とするアリシアを尻目に、おれは建物の中を検分する。

 出入口の扉は外側からの力で破壊されており、内壁にはなにかが衝突したような痕跡が複数。

 作業場や生活スペースは荒れ放題だ。しかし腐食や風化といった荒れ方ではない。何者かが散らかしていったという印象がある。

 天井には損傷がほぼなく、雨漏りの形跡もない。

「これは……魔物に荒らされたみたいだね。アリシア、近くに魔物の巣になりそうな場所はあるかい?」

「そういえば洞窟がある。ここの鍛冶屋がかつて、鉱石採取に利用していた。当時はコウモリ程度しかいなかったらしいが……」

「ならそこに間違いない。人の行き来がなくなって、最近住み着いたんだ」

 アリシアは申し訳無さそうに頭を下げた。

「私の責任だ。すぐ魔物の駆除を手配する」

「いや、それはしなくていいよ」

「しかし、このような危険な場所では……」

 おれはにやりと笑ってみせる。

「魔物がいるからいいんだよ、アリシア。この工房はちょっと修理すれば使えるし、廃村だから土地も広々と使えて増築も余裕そうだ。おれは気に入ったよ」

 ソフィアも満足そうに目を細める。

「はい。わたしも気に入りました」

「そうね~、井戸はまだ使えそうだし、川も近いし、平地だし。色々好都合よね」

 ノエルも周囲を見渡してから同意する。

 ひとり、アリシアだけ困惑している。

「魔物がいるのが良いのか?」

「はい。新技術で使う新素材は、魔物の分泌液や排泄物を利用するのです。近くに巣があればとても便利です」

 ソフィアの言に、アリシアは目を丸くする。

「魔物を、そのように利用するのか……」

「でも、住処としては手狭ね。他の家は、ここより作りが悪かったのかしら、なんか倒壊しちゃっててて使えそうにないし」

「寝泊まりなら、私の屋敷を使えばいい。ここから、それほど離れてはいない」

「ほんと? 助かるぅ~♪」

 寝床が確保できて、ノエルは笑顔を咲かせる。

 そんな上機嫌なノエルから連想して、おれは別の問題に気づく。

「ああ、でも……まいったな。材料、どうやって手に入れよう」

「材料? ああ、そうか。ソフィアの件か……」

 ソフィアが職人ギルドから追放されている以上、装置製作に必要な材料を、業者から卸してもらえることはない。

「他の国の職人ギルドが相手なら、色々と裏技を使えば材料調達くらいできたんだけど……。ここに工房を構えるとなると、相手は追放した職人ギルドそのものだ。裏技はまず通用しないだろうなぁ……」

 当初考えていたように、自分たちでコツコツ材料を採取するしかないかもしれない。

 ノエルは、このために大金を獲得してくれたというのに……。

「それなら心配いらない」

「アテがあるのかい?」

 アリシアは自信ありげに胸を張った。

「ああ、我が王の政策に乗るだけでいい」
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