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第169話 この迷宮の役目

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「フィリアさんのお義姉ねえさん!? 魔王アルミエスが!?」

 思わず声が上擦ってしまう。

 フィリアは控えめに、こくん、と頷く。

 なんてことだ。

 合成生物キメラ技術の開発のみならず、魔法、魔力回路、新素材に、大量生産技術、あらゆる方面で強大な力を見せ、世界を席巻した、あの魔王アルミエスが、フィリアの義姉あねだなんて。

 にわかには信じがたい。そもそも、あの魔王アルミエスが誰かと親しくする姿なんて想像できない。というか、その魔王アルミエスを妻に迎えた、フィリアの兄も何者なんだ。200年のうちに、メイクリエ王国はそれほど強大な国力を備えるまでになっていたのか?

 殺し方のわからないほどの不死性を持つ古代エルフである魔王アルミエスだ。封印以外の対処法として、味方にしてしまうのは合理的ではあるが……。

 ぐるぐると疑問と疑念が渦巻く。

 なんだか目眩までしてきた。足元もぐらつくような……。

 ちょっと立っていられない。

 ――いや、これは本当に地面が揺れている!

「また地震か!?」

 揺れが強い。おれたちは避難もままならず、その場に膝をついてしまう。

 洞窟の天井の一部が崩れ落ちてくる。

 バルドゥインが背中の翼を広げ、落下物から守ってくれる。

 やがて揺れが収まると、バルドゥインは静かに語りかけてくる。

「混乱するのもわかるが、そのような暇はないようだぞ」

「そうみたいだ。フィリアさんの言うことなら、間違いはないんだろうけど……。でも、なんで教えてくれなかったの? おれが昔、その魔王と戦っていたことはフィリアさんだって知ってるでしょ」

「申し訳ありません。あの、義姉あね自身も、そう呼ばれるのは嫌そうでしたので……」

 フィリアは本当にバツが悪そうに視線を下げる。

「それに、生まれたときから親しくしてくれていた人なのです。いくらそうだと説明されても、とても伝説上の魔王と、認識が一致しなくて……。かつてはタクト様の仇敵であったことも、今の今まで抜け落ちてしまっていたのです」

「そうか……。確かに、そういうものかもしれないね……」

 しかし、ということは、おれがフィリアと結婚したら、あの魔王アルミエスを義姉あねと呼ぶことになるのか……。

 う~む、複雑な気分だ。だからといってフィリアと別れる理由にはならないが。

 おれがなんとか呑み込んだところ、フィリアは改めてバルドゥインを見上げた。

「ところで、バルドゥイン様。先ほど、この迷宮ダンジョンは役目を終えたと仰いました。その役目とは? 義姉あねがなんのために、この迷宮ダンジョンを作り出していたのか、心当たりがあるのでしょうか?」

「うむ。この迷宮ダンジョンに組み込まれた土地――第2、第4、そしてこの第6階層には共通点がある」

「第2階層は、わたしがいた場所だわ」

「上級吸血鬼ダスティンがいた場所でもあります」

 ロザリンデと丈二が口にする。

「……第4階層には、合成生物キメラがおりました。その製造設備とともに」

 フィリアも思い出しながらこぼした。

「第6階層には、この私がいる」

吸血鬼ヴァンパイア合成生物キメラに、ドラゴン。どんな共通点だ?」

 吾郎は首を傾げる。

「みんな……長生き?」

 結衣が控えめな声で呟く。

「うん? 合成生物キメラは短命だよね? あっ、でも、隼人くん!」

 合点がいって紗夜が頷く。

 バルドゥインも、肯定するようにまぶたを閉じた。

「そうだ。いずれも、人とは違う時間の中で生きる者たちだ」

 フィリアは、はっと気づく。

義姉あねは、合成生物キメラの寿命を伸ばす方法を研究しておりました。その理由は尋ねても教えてくれませんでしたが……」

 ロザリンデはフィリアを見上げる。

「わたしにはわかったわ。フィリア、あなたの兄は普通の人間なのでしょう? そして魔王アルミエスは長命のエルフ。寿命による別れをなくし、同じ時間を生き続けたいと願っているのよ」

「そうかもしれません……。ですが、義姉あねは寿命を伸ばすことを第一目標にしつつ、あえて短命にする方法についても模索しておりました。単なる探究心である可能性もあります」

「いいえ、ないわ。そちらの理由も、わたしには痛いほどわかるもの。わたしだって、ジョージと同じ時間を生きる方法がないなら、せめて同じように歳を取って死ねる体になりたいわ」

「長命の処置は相手のためで、短命の処置は自分のためのもの、と?」

「きっと、そうよ。そうに違いないわ」

 断言するロザリンデに、丈二が黙って寄り添う。その手に、ロザリンデは自分の手を絡ませる。

 その様子を見守りつつ、吾郎はバルドゥインに問う。

「つまり、長命種のサンプルを集め、第4階層で研究していたってことか?」

「そうだろう。リンガブルームでは、合成生物キメラ製造は禁忌とされているからな。異世界のこの迷宮ダンジョンを利用したのだろう。希少なサンプルを閉じ込めておくのに有効でもある」

「……隼人たちが聞いたっていう謎の声の正体も、そいつなんだろうな……」

「おれたちがダスティンを倒した直後にロザリンデが現れたのは、失くなったサンプルを補充する意味があったのかもしれないね」

 おれも付け加える。吾郎は腑に落ちない顔をしている。

「けどよ、サンプルっつうなら、長命だっていうエルフのサンプルがいねえのはなんでだ?」

「本人がサンプルになるからじゃないかな」

「なるほど、そりゃそうか」

「あの、でも役目が終えたってことは、その魔王さんの研究は実ったってことなんですか?」

 紗夜も小さく手を上げて質問する。

「おそらく。長命の合成生物キメラ――ハヤトとやらが、その成功例なのかもしれん。あるいは、それも満足な結果には至らず、諦めたのかもしれん。こればかりは直接会って聞いてみるしかあるまい」

 フィリアは頷き、黄色い綺麗な瞳に決意を宿す。

「はい、行きます。この迷宮ダンジョンの維持も含めて、話をしてみます。自分の研究に、他の世界の人々を巻き込んで、役目を終えたからと崩壊させるような自分勝手、義姉あねと言えど放置できません。事と次第によっては、お説教とお仕置きのフルコースです!」

「……魔王に?」

 どうも、おれとフィリアで、魔王に対するイメージが違いすぎるようだ。

 とにかくおれたちはバルドゥインから、魔王アルミエスの居場所――最深部であろう第7階層の位置を聞き、そこを目指すことにした。

 その出発準備中、丈二のスマホが鳴った。

 かと思うと、おれのスマホも鳴る。隼人からだ。

 通話が終わってすぐ、おれたちは同時に声を上げた。

「地上で大変なことが起こっているようです!」

「第2階層が大変らしい!」
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