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第141話 たとえ禁忌であろうと

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 第3階層奥は他のパーティに任せ、おれたちは第4階層を重点的に探索する。

 徘徊しているのは、基本的には普通の魔物モンスターだ。ネズミ型であったり、大型の蜘蛛であったり、単体での強さはさほどではないが、数で押してくるタイプが多い。

 ときおり広い空間があるものの、ほとんどが通路で構成される第4階層では、数は脅威だ。

 トップエース級のパーティを欠いていた先行調査では、あまり進展がなかったのも頷ける。雪乃たちが出会うまで合成生物キメラと思われる魔物モンスターとの遭遇報告がなかったのはそのためだろう。

 先行調査が済んでいた範囲を越えて探索していくことで、いよいよ合成生物キメラと出くわす。

「みんな注意してくれ。合成生物キメラだ。見た目は狼型だけど、尻尾が蛇になってる。正面からやりあってると、死角から噛まれるよ。たぶん毒を持ってる」

「おぞましい……。誰がこのような合成を……」

 あからさまに嫌悪感を抱くフィリア。そして静かな怒りを見せるのは、ロザリンデだ。

「上級吸血鬼にも悪い子は多いけれど、ここまで命を弄んだりはしないわ。せめて苦しまないように、優しく殺してあげましょう」

「研究のためにも、サンプルを捕獲したいところですが……その余裕はなさそうですね。一条さん、私が前に出ます。その隙に、尻尾を切り落としてください」

 飛び出していく丈二。要請に従い、おれも前へ。

 だが丈二は思ったように相手を抑えられない。合成生物キメラは、ただ複数の生物を合成しただけではない。その能力も、人為的に強化されていることがほとんどだ。

 例に漏れずこの合成生物キメラも、非常に素早く、それでいて硬く、力も強い。丈二の武術をもってしても当てるので精一杯。しかも分厚い毛皮を貫けない。

 合成生物キメラは高い敏捷性を発揮し、狭い通路の壁を走り、天井を跳ねて縦横無尽に攻めてくる。尻尾を使われるまでもなく、丈二は翻弄されてしまう。

 すぐロザリンデが援護に入る。合成生物キメラを見つめ、誘惑テンプテーションを試みる。

「――!? ダメだわ、心がない……! 操りようがないわ!」

「わたくしにお任せを! 津田様、5秒後に全速で後退してください!」

「了解しました!」

 5秒のカウント後、フィリアは集中させた魔力を開放。強力な魔法を発動させる。土や石を自在に変形させる魔法だ。

 丈二は瞬時に効果範囲外へ脱出。合成生物キメラは丈二を追うかに思われたが、魔法を発動させるフィリアに狙いを切り替え突っ込んでくる。

 しかし魔法の効果が出るほうが早い。狭い廊下の上下左右が、鋭い棘に変じて突き出される。さしもの合成生物キメラも、全方位からの攻撃は避けられない。フィリアに到達する前に、複数の棘に貫かれた。

 勝利を確信して、フィリアたちの表情が緩む。

 刹那、おれはフィリアの眼前に剣を振るった。

「――えっ?」

 フィリアが目を丸くしたのは、おれの行動に対してだけではないだろう。

 その瞳には合成生物キメラが映っていた。全身を貫かれてもなお、自らの肉を引きちぎりながらも前進する姿に愕然としたのだ。そして、彼女を狙っていた尻尾の蛇にも。

 おれが尻尾を切り落とすのが一歩遅れていれば、フィリアは猛毒に犯されていた。

 ロザリンデが咄嗟にフィリアの腰を抱いて後退させる。

「この子、自分が死ぬのも恐れないというの!?」

「そう作られてるんだ!」

「くっ、トドメを!」

 丈二の短槍が合成生物キメラの頭部を刺し貫く。同時に、おれが四肢を切断。そしてさらに。

「フィリアさん、火だ! こいつを燃やし尽くすんだ」

「は、はい!」

 指示通り、フィリアが火炎を放射。合成生物キメラを炎上させる。

「――よし。ここまでやれば、いいはずだ」

 丈二は脳を狙って頭部を貫いたが、合成生物キメラの脳がひとつきりとも、頭部にあるとも限らない。

 だから四肢を切断した。そうすれば、もしまだ生きていたとしても、ろくに身動きできないはずだ。

 それでも這って向かってくる恐れがあるので、炎上させた。高熱によるダメージよりも、酸素を奪うことを重視している。いくらなんでも酸素無しで生存はできないはずだ。

 念のため剣を収めず構えて続ける。

 合成生物キメラは予想通り、まだ身動きしたが、四肢の失った上に酸素はない。わずかばかりこちらに向かおうとしたが、そこでやっと力尽きた。

 丈二は今度こそ安堵のため息をついた。

「ここまでやって、ようやく倒せるのですか……」

「ああ、異世界リンガブルームでも合成生物キメラの危険性はよく認識されているよ。こんなの存在しちゃいけないって」

「わたくしの時代では、製造を禁忌とされて久しいです。合成生物キメラ製造は、重罪とされております」

 フィリアの言に、ロザリンデも頷く。

「随分前に、魔王と呼ばれたエルフが開発したのだったわね。その後、技術が流出して悪用する組織が乱立したと聞いたけれど……」

「ああ、おれの仲間にひとり、そういう組織を専門に戦ってる人がいたよ。ただ、あの人の戦い方は、合成生物キメラ退治の参考にはならなかったなぁ」

「『超越の7人スペリオルセブン』のおひとり、『吼拳士』ライラ様のことですね?」

「そう。あの人、普通に強いから合成生物キメラも文字通り粉砕できちゃうんだよね。こっちは大量の魔物モンスターの知識を仕入れて、合成生物キメラの見た目からなにが合成されてるか予測して対処しなきゃいけないのにさ」

 丈二は困ったように唸る。

「となると、一条さんだけが頼りですね。我々の魔物モンスターの知識は、あなたにはとても及ばない……」

「ああ、任せてくれ。って言っても、合成生物キメラだって自然に発生するわけじゃない。製造元を突き止めて停止させれば、もう出てこないはずさ。それに……おれの勘が正しければ、例の日本語を話す人型魔物モンスターの手がかりも、きっとそこで得られるはずだ」

 フィリアは、その意味をすぐに解した。

「タクト様は、あの人型魔物モンスターを、人間と魔物モンスター合成生物キメラだと考えているのですか?」

「確証はないよ。でも……正直そうだと信じたい」

「なぜ、そのような最大の禁忌を?」

「たとえ禁忌であろうと、その技術が、隼人くんの命を救っているかもしれないからさ」
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