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第134話 君の正体はわかってる

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 おれじゃない……!

 昨夜、生配信されていたという闇冒険者へ制裁を加える動画だ。配信主ファルコンの正体がおれだと推測するコメントが見られたが、本当におれではない。

 似たことをやる準備は整えていたが、昨夜は用事があって動けなかったのだ。

 第2階層の宿。エントランスホールの歓談スペースで、その動画を何度も繰り返し見ていると、丈二がやってきた。

「一条さん、見ましたか。例の動画?」

「ああ、今、もう一度見てるところだよ」

「また面倒なことになってきました。ファルコンなる人物の行為は、明らかな犯罪です。闇冒険者だけでなく、彼も捕えなければなりません」

 おれは思うところあって、丈二をジッと見据えた。

「本当に? 本気で、そう思ってる?」

 丈二はわずかに戸惑いを見せた。

「当たり前ではないですか。この迷宮ダンジョンでだって、日本の法律は適用されるのです。あのようなこと、許されない」

 例の動画で制裁を受けたふたりは、宿に近い位置で発見された。死んではいなかったが、死んでも構わないとばかりに放置されていた。

 おれとフィリアで、できる限り治療してやったが、手の施しようのない部分もあった。特に潰された睾丸は、地上で治療を受けても、もとには戻ることはないだろう。

 やりすぎだという印象は確かにある。けれど……。

「あれをやったのが、おれだったとしても丈二さんはそう思うかい?」

「あなたではない。あの時間は、私たちと生配信していたではないですか」

 丈二の言う通り、ファルコンが闇冒険者に制裁を加えている時間、おれたちは見込みある新人パーティの要望に応え、魔物モンスター料理の生配信をおこなっていた。

 お陰でおれへの容疑はあっさり晴れたわけだが、今話したいのはそんなことじゃない。丈二は、わざと話題を逸らそうとしたのだ。

「丈二さん。おれが聞きたいのは、今までみんなで作ってきたこの居心地の良い場所を守るために、仕方なくおれが暴力を振るったとしても咎めるのかってことだよ」

「……あなたは、そんなことはしないでしょう」

「どうかな。おれは聖人じゃない。この世には、死んだほうがいい人間もいると本気で思うことは何度もある」

 丈二は返答に困ってしまう。

 そこにひょっこりとロザリンデが顔を出す。

「ねえジョージ、みんなを守るために悪い子をやっつけることは、悪いことなのかしら? あなたは本当はどう思っているの?」

「……私に、本音を言わせないでください。立場というものがあるのです」

「そっか、悪かった」

「ただ、あの動画の影響か、闇冒険者が何組か自首してきています。それは喜ばしい事実です」

 それから、わざとらしく肩をすくめる。

「話題は変わりますが、私はアメコミヒーローではバットマンが好きですよ」

 実際には話題は変わっていない。バットマンは、犯罪者を捕らえるため、自らも犯罪に手を染める覆面のヒーローだ。

「おれも好きだよ。君がおれと同じ気持ちで、嬉しいよ」

 それからおれは再びスマホを眺めながら、が現れるのを待つ。

 そのうち、隼人と雪乃が仲良さそうにしながら、歓談スペースにやってくる。

 おれの視線に気づくと、隼人は気まずそうに目を逸らした。

「まあ。ハヤトったらデートを見られて照れてるわ。かわいいわね」

 ロザリンデは隼人の反応をそう解釈したが、おれには違うとすぐわかった。

 むしろ彼の反応で、疑念は確信に変わった。


   ◇


 翌々日の深夜。

 再びファルコンが生配信を開始したので、おれはすぐその道程を追った。

 配信で映る第2階層の地形で、おおよその位置はわかる。魔力探査も使えば、追いつくのも難しくはない。

 そして闇冒険者を魔力探知で探すファルコンも、おれが接近しているのに気付いたのだろう。機材トラブルと理由をでっち上げ、生配信を中断した。

 それから数分のうちに、おれは覆面の男と向かい合った。

「やっぱり、あなたですかモンスレさん」

「君の正体はわかってる。おれの動きを、あそこまで真似できるのはひとりしかいない」

「……さすがです」

 ファルコンはボイスチェンジャーもオフにし、覆面を脱いだ。見慣れた素顔が現れる。

「それにファルコンってネーミングはまずかったね、隼人くん。君の名前の『隼』を英訳しただけじゃないか」

「……勇者ファルコンって響き、かっこいいと思ってたんすけどね」

「君は、勇者になってこんなことがしたかったのかい?」

「したいわけないじゃないですか、こんなこと!」

 隼人は拳を握りしめ、キッとおれを睨んだ。

「冒険して、誰かの役に立って、ちょっと恋もして、人助けなんかもして……。毎日、どこかの誰かの希望になれるような、そんな勇者になりたいんすよ! こんな……正義と平和のためとはいえ、人を傷つけるような真似したくなかったっすよ!」

「その割には、ずいぶん痛めつけたね」

「やりすぎとは、思わないっすよ。あれくらいやらなきゃ見せしめにならないじゃないっすか。それに、逮捕したところでせいぜい数年の懲役でしょう? 罰としちゃ甘すぎる!」

 隼人の握った拳が、ぶるぶると震えだす。

「学校のいじめとかだって、そうっすよ。いつも加害者に甘すぎる! なにがいじめっ子にも未来がある、だ! 誰かの未来を奪ったやつに、未来なんてあってたまるか! なにが更生させるのが社会の責任だ! じゃあなんであいつら不当な罰を受けたみたいな顔してられるんすか!? なんで被害者の苦しみの1%も味わわずに許されるんすか……!?」

 その瞳から涙が溢れ出てくる。

「なんで弟は自殺したのに、あいつらはのうのうと生きてるんすかね……ッ!」

「隼人くん……」

 一歩近づくと、隼人は拒絶するように後退した。剣の柄に手をかける。

「……俺を止めるんなら、力づくでどうぞ。でも俺、相当強くなってますよ。もう先生より強いかも」

 おれは、ふっ、と軽く笑って見せる。

「止めないよ。先を越された負け惜しみを言いに来たんだ」

 用意していた覆面を見せてやる。

 隼人はぽかんとしてから、小さく笑った。

「なんすかそれ、ネット通販の安物じゃないすか。俺はちゃんと手作りしたのに」

「手作りしてたらフィリアさんにバレちゃうし……」

 そして隼人はその笑みを歪ませ、ぼろぼろと大粒の涙を流した。両手でそれを拭い、つっかえながら言葉を紡ぐ。

「じゃあ俺……っ、間違ってなかったんすよね? 先生も同じこと考えてたんなら……みんなのためになること、できてるってことっすよね……!?」

「ああ、君はよく頑張ってくれてるよ……」

 優しく隼人の肩を叩いてあげる。

「でも君の正義で戦っちゃダメだ」

「……どういう、意味っすか?」
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