異世界帰りの俺、現代日本にダンジョンが出現したので異世界経験を売ったり配信してみます

内田ヨシキ

文字の大きさ
上 下
125 / 182

第125話 ネットを楽しく使うには、自衛も必要です

しおりを挟む
「やっぱり、あんた嫌いだわ……」

 いきなりそんなこと言われたら、おれだって面食らってしまう。

「え、なんで? おれ、雪乃ちゃんになんかしちゃった?」

「この前の、記念に撮ってもらった集合写真……」

「ああ、あれ、弟くん、気に入らなかった?」

「いやすげえ喜んでた。今まで見たことないくらい、はしゃいでた」

「じゃあなんで」

じゃなくて、なんだよ」

 雪乃は、おれを悔しそうに睨み上げてきた。

「あんなとびきりの笑顔、あ、アタシが見舞いに行ったときだって見せてくんねーのに! なんで会ったこともないあんたの写真なんかでさぁ! くそムカつくんだけど!」

「いやそれただの嫉妬じゃん。おれ悪くないじゃん」

「んなこと分かってっけど、一言くらい文句言いてーんだよっ。じゃなきゃ、アンチスレにあることないこと書いちまいそうだし」

「アンチスレ? そんなのあんの?」

「ああ……正直言うと、弟があんたのファンなのが気に食わなくて、ちょくちょく覗いてたんだ。それで変なイメージ持っちまったってのもあるんだけど……」

 雪乃はスマホを操作して、そのアンチスレとやらを表示したようだ。

「ほらこの匿名掲示板に――」

「ダメ、です」

 そこに通りすがった結衣が、おれにスマホ画面を見せようとした雪乃の手を上から押さえた。

 前髪に隠れた目を真剣な鋭さにして、結衣は首を横に振る。

「絶対、見ちゃダメ、です。闇に、落ちます……」

「そうなの?」

「はい……。ひとつ嫌なことを言われたら、10の褒め言葉でも忘れられないくらい傷つきます……。忘れるために、もっともっとスレに潜って……でも忘れられるほどの褒め言葉が見つかる前に、また嫌なことを言われて……それを忘れたくてまたスレに入り浸って……。スパイラルです。沼です……精神の毒沼です……。帰ってこれなく、なります」

 いつになく饒舌な結衣だが、なぜか感情がこもっていない。淡々と語る声が、妙に怖い。

 いつしか瞳から光もなくしている。

 闇だ……。この子、闇を抱えてる……!

「も、もしかして経験談……?」

「自分のアンチスレを見に行くなんて……裸でウルフベアの群れに突撃するようなもの、です。存在してることすら、認識しちゃダメ、です。すぐ忘れてください……」

 それから感情の死んだ顔のまま、雪乃にも睨みを効かせる。

「ゆきのんも、二度と口にしないで。見せないで。思い出さないで」

 結衣らしからぬ圧に、さすがの雪乃も戦慄して、こくこくと頷くのみだ。

 その反応に満足したのか、結衣はいつもの気弱そうな表情に戻った。あっ、と雪乃のスマホから手を離した。

「ごめん、なさい。スマホ、バキバキになっちゃった……。迷宮ダンジョンの中だと、力が入りすぎちゃうことあって……」

「あ、いや、気にすんなよ、もとからだし。つか、アタシも無神経にアンチスレ見せようとして悪かったっていうか――」

 言いかけたところ、また結衣の感情が消えた。ガッ、と雪乃の腕を掴む。

「二度と口にしないでって……言ったよね?」

「わ、悪かったって! そんな目で見るなよ、こえーよっ! マジやめろよっ、おめーに腕掴まれるのマジこえーから!」

 雪乃は本気で怖いのか、涙目になっている。

 実際、結衣の筋力STRは今や冒険者の中でも随一だ。第2階層の魔素マナの中なら、うっかり人の骨を握り砕いてしまうこともありうる。

 結衣はもう普段の様子に戻っていたが、悪戯心が目覚めたのか、にへら、と笑う。

「……ぎゅっ!」

「ぎゃあ!?」

 掴んだ手にちょっと力を込められた瞬間、雪乃は声を上げて体を跳ねさせた。結衣は直後に手を離してしまったのに。

 雪乃の驚きと怯えの表情に、結衣はにんまりと笑顔を浮かべる。雪乃は真っ赤になった。

「お、おま! ざけんな、おま! 自分のパワー分かってんだろ、シャレになんねーかんなそれ!」

「えへへ……。ゆきのん、口悪いけど……面白くて、かわいい、ね」

「はぁあ!? おま、なに言って――はぁあん!? だいたいお前、年下だろ。ゆきのんってなんだよ、桜井さんとか雪乃さんって呼べよな」

「年下でも、ユイのほうがゆきのんより強い、ですし」

「お前、マジちょーし乗んなよ。ほんと、そのうち分からせてやっかんなっ!」

 雪乃の抗議に、結衣は涼しい顔だ。

 打ち解けてくれているようで、おれとしてはとても嬉しい。

 それから結衣は、再びおれのほうに顔を向けた。

「とにかく……ネットを楽しく使うには、自衛も必要です。気をつけて、ください」

「そうするよ。ありがとう、結衣ちゃん」

「あっ、結衣ちゃん、先生のとこにいたんだ?」

 と、そこに紗夜がやってくる。

「雪乃さんも一緒だったんだ。仲良さそうだね」

 紗夜の何気ない一言に、結衣は顔を青くした。すすすっ、と紗夜に寄っていき、腕に絡む。

「ち、違うから」

「なにが?」

「ただの友達だから」

「うん? 知ってるよ?」

 結衣は浮気ではないと弁明しているようだが、紗夜はなんのことか本当に分かっていないらしい。

「それより先生、良かったですね! 悪い噂、減ってきてますよ!」

「うん、そうらしいね。ありがとう」

 ネットの力は偉大というべきか。この前の生配信で、おれが助けに入ったという噂はすぐ広がっていた。

 その後も何度か第3階層の見回りに行って、命の危機にあるパーティを助けたりしたが、それもすぐ周囲に知られていた。もちろん、相手の獲物や報酬を横取りするようなことはしていない。

 それが良かったのか、前のような批判的な噂をかき消しつつある。むしろ、ピンチに颯爽と駆けつけてくれるギルドマスターなんて認識が広がってきているようだ。

 一番嬉しいのは、そのことで紗夜が喜んでくれていたことだけど。

 雪乃は頬杖をついて、改めて息をついた。

「ほんとネットはすげーよな。悪ぃ評判も、いい評判もすぐ広がるしよぉ……。あんたみたいに目立つやつは特にな」

「あらぬ噂で嫌われたりもしたけど」

「それはもう謝っただろ……。あんたが本当に頼れる、みんなのリーダー格ってのはもう納得したっつの。でもよ、目立つ分、マジ気をつけろよな。なんかヘマしたら、一気に評判落とすぜ」

「そうです。本当に、そうです」

 結衣も何度も頷く。

「悪いことする気もないけど……そうだね。そこも気をつけとくよ。ありがと」

 ネットには光もあれば闇もある。

 迷宮ダンジョン内でネットが開通して、良いことだけでなく、悪いことも入ってくるということだ。

 おれたちがそれを強く実感したのは、もう少し先のこと。

 この年の後期試験で合格した、新たな冒険者たちが島に押し寄せてきた頃だった。
しおりを挟む
感想 12

あなたにおすすめの小説

底辺動画主、配信を切り忘れてスライムを育成していたらバズった

椎名 富比路
ファンタジー
ダンジョンが世界じゅうに存在する世界。ダンジョン配信業が世間でさかんに行われている。 底辺冒険者であり配信者のツヨシは、あるとき弱っていたスライムを持ち帰る。 ワラビと名付けられたスライムは、元気に成長した。 だがツヨシは、うっかり配信を切り忘れて眠りについてしまう。 翌朝目覚めると、めっちゃバズっていた。

スキルハンター~ぼっち&ひきこもり生活を配信し続けたら、【開眼】してスキルの覚え方を習得しちゃった件~

名無し
ファンタジー
 主人公の時田カケルは、いつも同じダンジョンに一人でこもっていたため、《ひきこうもりハンター》と呼ばれていた。そんなカケルが動画の配信をしても当たり前のように登録者はほとんど集まらなかったが、彼は現状が楽だからと引きこもり続けていた。そんなある日、唯一見に来てくれていた視聴者がいなくなり、とうとう無の境地に達したカケル。そこで【開眼】という、スキルの覚え方がわかるというスキルを習得し、人生を大きく変えていくことになるのだった……。

明日を信じて生きていきます~異世界に転生した俺はのんびり暮らします~

みなと劉
ファンタジー
異世界に転生した主人公は、新たな冒険が待っていることを知りながらも、のんびりとした暮らしを選ぶことに決めました。 彼は明日を信じて、異世界での新しい生活を楽しむ決意を固めました。 最初の仲間たちと共に、未知の地での平穏な冒険が繰り広げられます。 一種の童話感覚で物語は語られます。 童話小説を読む感じで一読頂けると幸いです

勇者PTを追放されたので獣娘たちに乗り換えて楽しく生きる

まったりー
ファンタジー
勇者を支援する為に召喚され、5年の間ユニークスキル【カードダス】で支援して来た主人公は、突然の冤罪を受け勇者PTを追放されてしまいました。 そんな主人公は、ギルドで出会った獣人のPTと仲良くなり、彼女たちの為にスキルを使う事を決め、獣人たちが暮らしやすい場所を作る為に奮闘する物語です。

異世界ハズレモノ英雄譚〜無能ステータスと言われた俺が、ざまぁ見せつけながらのし上がっていくってよ!〜

mitsuzoエンターテインメンツ
ファンタジー
【週三日(月・水・金)投稿 基本12:00〜14:00】 異世界にクラスメートと共に召喚された瑛二。 『ハズレモノ』という聞いたこともない称号を得るが、その低スペックなステータスを見て、皆からハズレ称号とバカにされ、それどころか邪魔者扱いされ殺されそうに⋯⋯。 しかし、実は『超チートな称号』であることがわかった瑛二は、そこから自分をバカにした者や殺そうとした者に対して、圧倒的な力を隠しつつ、ざまぁを展開していく。 そして、そのざまぁは図らずも人類の命運を握るまでのものへと発展していくことに⋯⋯。

みうちゃんは今日も元気に配信中!〜ダンジョンで配信者ごっこをしてたら伝説になってた〜

双葉 鳴|◉〻◉)
ファンタジー
過保護すぎる最強お兄ちゃんが、余命いくばくかの妹の夢を全力で応援! 妹に配信が『やらせ』だとバレないようにお兄ちゃんの暗躍が始まる! 【大丈夫、ただの幼女だよ!(APP20)】

スキルで最強神を召喚して、無双してしまうんだが〜パーティーを追放された勇者は、召喚した神達と共に無双する。神達が強すぎて困ってます〜

東雲ハヤブサ
ファンタジー
勇者に選ばれたライ・サーベルズは、他にも選ばれた五人の勇者とパーティーを組んでいた。 ところが、勇者達の実略は凄まじく、ライでは到底敵う相手ではなかった。 「おい雑魚、これを持っていけ」 ライがそう言われるのは日常茶飯事であり、荷物持ちや雑用などをさせられる始末だ。 ある日、洞窟に六人でいると、ライがきっかけで他の勇者の怒りを買ってしまう。  怒りが頂点に達した他の勇者は、胸ぐらを掴まれた後壁に投げつけた。 いつものことだと、流して終わりにしようと思っていた。  だがなんと、邪魔なライを始末してしまおうと話が進んでしまい、次々に攻撃を仕掛けられることとなった。 ハーシュはライを守ろうとするが、他の勇者に気絶させられてしまう。 勇者達は、ただ痛ぶるように攻撃を加えていき、瀕死の状態で洞窟に置いていってしまった。 自分の弱さを呪い、本当に死を覚悟した瞬間、視界に突如文字が現れてスキル《神族召喚》と書かれていた。 今頃そんなスキル手を入れてどうするんだと、心の中でつぶやくライ。 だが、死ぬ記念に使ってやろうじゃないかと考え、スキルを発動した。 その時だった。 目の前が眩く光り出し、気付けば一人の女が立っていた。 その女は、瀕死状態のライを最も簡単に回復させ、ライの命を救って。 ライはそのあと、その女が神達を統一する三大神の一人であることを知った。 そして、このスキルを発動すれば神を自由に召喚出来るらしく、他の三大神も召喚するがうまく進むわけもなく......。 これは、雑魚と呼ばれ続けた勇者が、強き勇者へとなる物語である。 ※小説家になろうにて掲載中

お荷物認定を受けてSSS級PTを追放されました。でも実は俺がいたからSSS級になれていたようです。

幌須 慶治
ファンタジー
S級冒険者PT『疾風の英雄』 電光石火の攻撃で凶悪なモンスターを次々討伐して瞬く間に最上級ランクまで上がった冒険者の夢を体現するPTである。 龍狩りの一閃ゲラートを筆頭に極炎のバーバラ、岩盤砕きガイル、地竜射抜くローラの4人の圧倒的な火力を以って凶悪モンスターを次々と打ち倒していく姿は冒険者どころか庶民の憧れを一身に集めていた。 そんな中で俺、ロイドはただの盾持ち兼荷物運びとして見られている。 盾持ちなのだからと他の4人が動く前に現地で相手の注意を引き、模擬戦の時は2対1での攻撃を受ける。 当然地味な役割なのだから居ても居なくても気にも留められずに居ないものとして扱われる。 今日もそうして地竜を討伐して、俺は1人後処理をしてからギルドに戻る。 ようやく帰り着いた頃には日も沈み酒場で祝杯を挙げる仲間たちに報酬を私に近づいた時にそれは起こる。 ニヤついた目をしたゲラートが言い放つ 「ロイド、お前役にたたなすぎるからクビな!」 全員の目と口が弧を描いたのが見えた。 一応毎日更新目指して、15話位で終わる予定です。 作品紹介に出てる人物、主人公以外重要じゃないのはご愛嬌() 15話で終わる気がしないので終わるまで延長します、脱線多くてごめんなさい 2020/7/26

処理中です...