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第125話 ネットを楽しく使うには、自衛も必要です

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「やっぱり、あんた嫌いだわ……」

 いきなりそんなこと言われたら、おれだって面食らってしまう。

「え、なんで? おれ、雪乃ちゃんになんかしちゃった?」

「この前の、記念に撮ってもらった集合写真……」

「ああ、あれ、弟くん、気に入らなかった?」

「いやすげえ喜んでた。今まで見たことないくらい、はしゃいでた」

「じゃあなんで」

じゃなくて、なんだよ」

 雪乃は、おれを悔しそうに睨み上げてきた。

「あんなとびきりの笑顔、あ、アタシが見舞いに行ったときだって見せてくんねーのに! なんで会ったこともないあんたの写真なんかでさぁ! くそムカつくんだけど!」

「いやそれただの嫉妬じゃん。おれ悪くないじゃん」

「んなこと分かってっけど、一言くらい文句言いてーんだよっ。じゃなきゃ、アンチスレにあることないこと書いちまいそうだし」

「アンチスレ? そんなのあんの?」

「ああ……正直言うと、弟があんたのファンなのが気に食わなくて、ちょくちょく覗いてたんだ。それで変なイメージ持っちまったってのもあるんだけど……」

 雪乃はスマホを操作して、そのアンチスレとやらを表示したようだ。

「ほらこの匿名掲示板に――」

「ダメ、です」

 そこに通りすがった結衣が、おれにスマホ画面を見せようとした雪乃の手を上から押さえた。

 前髪に隠れた目を真剣な鋭さにして、結衣は首を横に振る。

「絶対、見ちゃダメ、です。闇に、落ちます……」

「そうなの?」

「はい……。ひとつ嫌なことを言われたら、10の褒め言葉でも忘れられないくらい傷つきます……。忘れるために、もっともっとスレに潜って……でも忘れられるほどの褒め言葉が見つかる前に、また嫌なことを言われて……それを忘れたくてまたスレに入り浸って……。スパイラルです。沼です……精神の毒沼です……。帰ってこれなく、なります」

 いつになく饒舌な結衣だが、なぜか感情がこもっていない。淡々と語る声が、妙に怖い。

 いつしか瞳から光もなくしている。

 闇だ……。この子、闇を抱えてる……!

「も、もしかして経験談……?」

「自分のアンチスレを見に行くなんて……裸でウルフベアの群れに突撃するようなもの、です。存在してることすら、認識しちゃダメ、です。すぐ忘れてください……」

 それから感情の死んだ顔のまま、雪乃にも睨みを効かせる。

「ゆきのんも、二度と口にしないで。見せないで。思い出さないで」

 結衣らしからぬ圧に、さすがの雪乃も戦慄して、こくこくと頷くのみだ。

 その反応に満足したのか、結衣はいつもの気弱そうな表情に戻った。あっ、と雪乃のスマホから手を離した。

「ごめん、なさい。スマホ、バキバキになっちゃった……。迷宮ダンジョンの中だと、力が入りすぎちゃうことあって……」

「あ、いや、気にすんなよ、もとからだし。つか、アタシも無神経にアンチスレ見せようとして悪かったっていうか――」

 言いかけたところ、また結衣の感情が消えた。ガッ、と雪乃の腕を掴む。

「二度と口にしないでって……言ったよね?」

「わ、悪かったって! そんな目で見るなよ、こえーよっ! マジやめろよっ、おめーに腕掴まれるのマジこえーから!」

 雪乃は本気で怖いのか、涙目になっている。

 実際、結衣の筋力STRは今や冒険者の中でも随一だ。第2階層の魔素マナの中なら、うっかり人の骨を握り砕いてしまうこともありうる。

 結衣はもう普段の様子に戻っていたが、悪戯心が目覚めたのか、にへら、と笑う。

「……ぎゅっ!」

「ぎゃあ!?」

 掴んだ手にちょっと力を込められた瞬間、雪乃は声を上げて体を跳ねさせた。結衣は直後に手を離してしまったのに。

 雪乃の驚きと怯えの表情に、結衣はにんまりと笑顔を浮かべる。雪乃は真っ赤になった。

「お、おま! ざけんな、おま! 自分のパワー分かってんだろ、シャレになんねーかんなそれ!」

「えへへ……。ゆきのん、口悪いけど……面白くて、かわいい、ね」

「はぁあ!? おま、なに言って――はぁあん!? だいたいお前、年下だろ。ゆきのんってなんだよ、桜井さんとか雪乃さんって呼べよな」

「年下でも、ユイのほうがゆきのんより強い、ですし」

「お前、マジちょーし乗んなよ。ほんと、そのうち分からせてやっかんなっ!」

 雪乃の抗議に、結衣は涼しい顔だ。

 打ち解けてくれているようで、おれとしてはとても嬉しい。

 それから結衣は、再びおれのほうに顔を向けた。

「とにかく……ネットを楽しく使うには、自衛も必要です。気をつけて、ください」

「そうするよ。ありがとう、結衣ちゃん」

「あっ、結衣ちゃん、先生のとこにいたんだ?」

 と、そこに紗夜がやってくる。

「雪乃さんも一緒だったんだ。仲良さそうだね」

 紗夜の何気ない一言に、結衣は顔を青くした。すすすっ、と紗夜に寄っていき、腕に絡む。

「ち、違うから」

「なにが?」

「ただの友達だから」

「うん? 知ってるよ?」

 結衣は浮気ではないと弁明しているようだが、紗夜はなんのことか本当に分かっていないらしい。

「それより先生、良かったですね! 悪い噂、減ってきてますよ!」

「うん、そうらしいね。ありがとう」

 ネットの力は偉大というべきか。この前の生配信で、おれが助けに入ったという噂はすぐ広がっていた。

 その後も何度か第3階層の見回りに行って、命の危機にあるパーティを助けたりしたが、それもすぐ周囲に知られていた。もちろん、相手の獲物や報酬を横取りするようなことはしていない。

 それが良かったのか、前のような批判的な噂をかき消しつつある。むしろ、ピンチに颯爽と駆けつけてくれるギルドマスターなんて認識が広がってきているようだ。

 一番嬉しいのは、そのことで紗夜が喜んでくれていたことだけど。

 雪乃は頬杖をついて、改めて息をついた。

「ほんとネットはすげーよな。悪ぃ評判も、いい評判もすぐ広がるしよぉ……。あんたみたいに目立つやつは特にな」

「あらぬ噂で嫌われたりもしたけど」

「それはもう謝っただろ……。あんたが本当に頼れる、みんなのリーダー格ってのはもう納得したっつの。でもよ、目立つ分、マジ気をつけろよな。なんかヘマしたら、一気に評判落とすぜ」

「そうです。本当に、そうです」

 結衣も何度も頷く。

「悪いことする気もないけど……そうだね。そこも気をつけとくよ。ありがと」

 ネットには光もあれば闇もある。

 迷宮ダンジョン内でネットが開通して、良いことだけでなく、悪いことも入ってくるということだ。

 おれたちがそれを強く実感したのは、もう少し先のこと。

 この年の後期試験で合格した、新たな冒険者たちが島に押し寄せてきた頃だった。
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