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第100話 魔法でも魔物でも、なんでも利用してやろう
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「なんとかすると仰いますが、ざっと試算しただけでも相当な金額なのですよ。個人で賄える範囲を超えております」
諭すように言う丈二だったが、フィリアはドヤ顔で胸を張った。
「いいえ、津田様。わたくしたちはこれまでたくさん稼いできたのです。魔物除けや冒険ノウハウの販売に始まり、冒険者ギルド設立の功労費、パーティマッチングの仲介料、第2階層先行調査費に、魔法講座の講師費、上級吸血鬼討伐および行方不明者救出の賞金……。さらに動画の広告収入に、生配信の投げ銭……」
語るうちにどんどんにんまりとした笑顔になっていく。上機嫌に胸元で手を合わせ、体を左右にゆらゆら揺らす。
「わたくしたちの貯金は、それはもう大変なものになっているのです。新築一戸建てのお家など、即金で余裕で買えてしまうほどなのですから。並の個人ではないのです」
「……では、見積書をご覧になりますか?」
「はい、ぜひ拝見させてください」
丈二は机の引き出しから、見積書を取り出してフィリアに差し出した。それを受け取って数秒後、フィリアの笑顔は凍りついた。
「……あの、あれ? あの? 津田様、こちらの金額は、もしや間違いでは……」
「間違いではありませんよ。それでも削れそうなところは削った金額です」
フィリアの背後からおれも覗き込む。
「うわ、桁が違う……」
「はい、そういうことです。お分かりになられましたか?」
フィリアはさっきまでの元気はどこへやら。しゅんと肩を落としてしまう。
「調子に乗ってしまい申し訳ありません……。わたくしが世間知らずでした……」
「分かっていただけて良かったです」
一息ついて、丈二は苦笑した。
「そもそもおふたりの貯金は、おふたりの家を買うために使う予定だったでしょう?」
実を言えば、そうだったのだ。
ダスティンを倒して地上に戻ったおれたちは、居候先の家主である華子婆さんに、付き合うことになったことを報告した。そしたら……。
「じゃあふたりで暮らす家を探さなくちゃ。わたしたちと一緒じゃイチャイチャできないでしょう?」
と背中を押されてしまったのだ。確かに、家に華子婆さんや孫の晶子がいるときに、フィリアと恋人らしいことはできない。
そういうわけで休暇中は物件探しをしたりしていた。紗夜と結衣も同棲を始めるというので、互いに情報交換などもしつつ、楽しく検討を重ねていたのだった。
「でもさ、丈二さん。あの貯金は、パーティの資金だ。全員のためになることに使えるなら、そっちのほうがいいに決まってる」
「パーティといっても私は途中参加ではないですか。大部分は私に関係ないお金ですよ」
「いいえ、津田様。そんなこと関係ありません」
「それにこちらのほうは、来期になれば予算が出るのです。それまでは、まあ、寂しい思いをさせてしまいますが……私が迷宮に通えば済む話です」
「おれはそうは思わない。来期には来期で、べつの問題が出たら予算が取られちゃうんだろう? アテにしていいとは思えない」
「それはそうですが……」
「それに、大規模調査もあって、第2階層への出入りが増えてくる今こそ、安全な休憩施設が必要なはずだ」
「……はい。その点は強調したのですが、ね」
「だいたい、迷宮にひとりで暮らす女の子の噂なんて流れたら、それこそ問題だ。異世界人の存在が明るみになる。迷宮に住むなら、誰もが納得できる形でなきゃダメだ。そしてなにより――」
ちょっと照れくさいが、おれは丈二から目を逸らさずに口にする。
「――好き合ってるふたりが、ただ一緒にいることもできないなんて良くないよ。フィリアさんがダスティンにさらわれたとき、おれがどれだけ寂しかったか……」
「はい。わたくしも、あのときはひどく不安でした。会えないことで、あんなにも苦しくなるなんて思っておりませんでした」
ちらりとフィリアを見る。フィリアは微笑みを返してくれる。それだけでも幸せな気持ちになれる。
「……機密に関しては仰るとおりです。なにか手段は考えますが……。ただ、私はまだ、自分の気持ちがわかっていないのです。ロザリンデさんと少し距離をおいて、考えるのも悪くないと……」
フィリアは唇を尖らせた。
「なにを仰っているのです。津田様は明らかにロザリンデ様に恋をしていらっしゃいますよ」
「もう言動からしてベタ惚れって感じだよね。自覚ないのは、ちょっとどうかと思う」
「は?」
丈二は仏頂面でこちらを見返してきた。
「お互いの気持ちに鈍感だったおふたりに言われると、無性に腹が立つのですが」
「でもおれらは、そこはもう通り過ぎたしぃ~」
「はい。毎日顔を合わせて好きと言い合えるのは、とても幸せなことです。津田様やロザリンデ様にも、この気持ちを味わっていただきたいものです」
「ねー?」
丈二はますます不愉快そうに顔を歪めたが、ため息で溜まった感情を吐き出した。
「お幸せそうでなによりですが……。とはいえ予算がない以上は、宿屋計画が遂行できないことに変わりはありません。別の手を考えませんと……」
「いや待ってくれ。さっきの見積書をもう一回見せてくれないか」
おれはその内容を改めて確認する。
「……もしかしたら行けるかも」
「どういうことです?」
「ほら見てくれ。予算のほとんどは電気と通信の工事にかかってる」
「インフラ系ですからね。かなり大がかりな工事になるので」
「でも屋敷の修繕なら、おれたちの予算でもなんとかなりそうだ。ちょっと足が出そうだけど、そこは宿屋の稼ぎで返済するってことで」
「しかしタクト様、それだけでも宿屋としては機能するでしょうが……インフラがないと津田様のお仕事に差し支えてしまいます」
「わかってる。でも、おれたちの世界のインフラに頼るだけがすべてじゃない、でしょ?」
するとフィリアは目を輝かせた。
「はい、そう……そうでした! わたくしたちには、もうひとつの世界があるのでした」
おれは丈二に、にやりと笑みを向ける。
「せっかく迷宮があるんだ。魔法でも魔物でも、なんでも利用してやろうじゃないか」
諭すように言う丈二だったが、フィリアはドヤ顔で胸を張った。
「いいえ、津田様。わたくしたちはこれまでたくさん稼いできたのです。魔物除けや冒険ノウハウの販売に始まり、冒険者ギルド設立の功労費、パーティマッチングの仲介料、第2階層先行調査費に、魔法講座の講師費、上級吸血鬼討伐および行方不明者救出の賞金……。さらに動画の広告収入に、生配信の投げ銭……」
語るうちにどんどんにんまりとした笑顔になっていく。上機嫌に胸元で手を合わせ、体を左右にゆらゆら揺らす。
「わたくしたちの貯金は、それはもう大変なものになっているのです。新築一戸建てのお家など、即金で余裕で買えてしまうほどなのですから。並の個人ではないのです」
「……では、見積書をご覧になりますか?」
「はい、ぜひ拝見させてください」
丈二は机の引き出しから、見積書を取り出してフィリアに差し出した。それを受け取って数秒後、フィリアの笑顔は凍りついた。
「……あの、あれ? あの? 津田様、こちらの金額は、もしや間違いでは……」
「間違いではありませんよ。それでも削れそうなところは削った金額です」
フィリアの背後からおれも覗き込む。
「うわ、桁が違う……」
「はい、そういうことです。お分かりになられましたか?」
フィリアはさっきまでの元気はどこへやら。しゅんと肩を落としてしまう。
「調子に乗ってしまい申し訳ありません……。わたくしが世間知らずでした……」
「分かっていただけて良かったです」
一息ついて、丈二は苦笑した。
「そもそもおふたりの貯金は、おふたりの家を買うために使う予定だったでしょう?」
実を言えば、そうだったのだ。
ダスティンを倒して地上に戻ったおれたちは、居候先の家主である華子婆さんに、付き合うことになったことを報告した。そしたら……。
「じゃあふたりで暮らす家を探さなくちゃ。わたしたちと一緒じゃイチャイチャできないでしょう?」
と背中を押されてしまったのだ。確かに、家に華子婆さんや孫の晶子がいるときに、フィリアと恋人らしいことはできない。
そういうわけで休暇中は物件探しをしたりしていた。紗夜と結衣も同棲を始めるというので、互いに情報交換などもしつつ、楽しく検討を重ねていたのだった。
「でもさ、丈二さん。あの貯金は、パーティの資金だ。全員のためになることに使えるなら、そっちのほうがいいに決まってる」
「パーティといっても私は途中参加ではないですか。大部分は私に関係ないお金ですよ」
「いいえ、津田様。そんなこと関係ありません」
「それにこちらのほうは、来期になれば予算が出るのです。それまでは、まあ、寂しい思いをさせてしまいますが……私が迷宮に通えば済む話です」
「おれはそうは思わない。来期には来期で、べつの問題が出たら予算が取られちゃうんだろう? アテにしていいとは思えない」
「それはそうですが……」
「それに、大規模調査もあって、第2階層への出入りが増えてくる今こそ、安全な休憩施設が必要なはずだ」
「……はい。その点は強調したのですが、ね」
「だいたい、迷宮にひとりで暮らす女の子の噂なんて流れたら、それこそ問題だ。異世界人の存在が明るみになる。迷宮に住むなら、誰もが納得できる形でなきゃダメだ。そしてなにより――」
ちょっと照れくさいが、おれは丈二から目を逸らさずに口にする。
「――好き合ってるふたりが、ただ一緒にいることもできないなんて良くないよ。フィリアさんがダスティンにさらわれたとき、おれがどれだけ寂しかったか……」
「はい。わたくしも、あのときはひどく不安でした。会えないことで、あんなにも苦しくなるなんて思っておりませんでした」
ちらりとフィリアを見る。フィリアは微笑みを返してくれる。それだけでも幸せな気持ちになれる。
「……機密に関しては仰るとおりです。なにか手段は考えますが……。ただ、私はまだ、自分の気持ちがわかっていないのです。ロザリンデさんと少し距離をおいて、考えるのも悪くないと……」
フィリアは唇を尖らせた。
「なにを仰っているのです。津田様は明らかにロザリンデ様に恋をしていらっしゃいますよ」
「もう言動からしてベタ惚れって感じだよね。自覚ないのは、ちょっとどうかと思う」
「は?」
丈二は仏頂面でこちらを見返してきた。
「お互いの気持ちに鈍感だったおふたりに言われると、無性に腹が立つのですが」
「でもおれらは、そこはもう通り過ぎたしぃ~」
「はい。毎日顔を合わせて好きと言い合えるのは、とても幸せなことです。津田様やロザリンデ様にも、この気持ちを味わっていただきたいものです」
「ねー?」
丈二はますます不愉快そうに顔を歪めたが、ため息で溜まった感情を吐き出した。
「お幸せそうでなによりですが……。とはいえ予算がない以上は、宿屋計画が遂行できないことに変わりはありません。別の手を考えませんと……」
「いや待ってくれ。さっきの見積書をもう一回見せてくれないか」
おれはその内容を改めて確認する。
「……もしかしたら行けるかも」
「どういうことです?」
「ほら見てくれ。予算のほとんどは電気と通信の工事にかかってる」
「インフラ系ですからね。かなり大がかりな工事になるので」
「でも屋敷の修繕なら、おれたちの予算でもなんとかなりそうだ。ちょっと足が出そうだけど、そこは宿屋の稼ぎで返済するってことで」
「しかしタクト様、それだけでも宿屋としては機能するでしょうが……インフラがないと津田様のお仕事に差し支えてしまいます」
「わかってる。でも、おれたちの世界のインフラに頼るだけがすべてじゃない、でしょ?」
するとフィリアは目を輝かせた。
「はい、そう……そうでした! わたくしたちには、もうひとつの世界があるのでした」
おれは丈二に、にやりと笑みを向ける。
「せっかく迷宮があるんだ。魔法でも魔物でも、なんでも利用してやろうじゃないか」
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