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第86話 おれの好きな人を侮辱するな!

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 ダスティンの人格パーソナル魔素マナを追っていくと、もうひとつの屋敷に辿り着いた。家屋はほとんど倒壊しており、廃墟といった佇まいだ。

 魔力探査によれば、ダスティンは地下に向かったようだ。そして、そこにはフィリアもいるらしい。

 おれは倒壊した母屋の脇にあった、地下への階段を駆け降りた。

光よライティング

 光源魔法で暗闇を照らす。

 地下貯蔵庫だったのであろうその空間には、比較的新しい足跡がひとり分あった。男性のもの。ダスティンだろう。

 ダスティンは今、人格パーソナル魔素マナの状態だから、おれたちが来る前に出入りしたのだ。

 そしてその奥に、フィリアが横たわっていた。ダスティンが事前にフィリアを運んでおいたのだろう。

 そのダスティンの魔力反応が、フィリアと重なる。

 おれは慎重に近づいていく。

「フィリアさん……」

 呼びかけると、フィリアは目を開け、体を起こした。

「いや私だよ」

「……ダスティン、か」

「そう。彼女から君の英雄ぶりは聞いていたものでね。保険として手をつけずにいたのだよ。よもや、どこの馬の骨ともわからん者に追い詰められるとは思わなかったが」

 上級吸血鬼は、血を吸った相手に、自らの血を分け与えることで同族を増やす。正確にはその血に含まれる魔素マナが、人を変異させるのだ。

 では与えた魔素マナが、上級吸血鬼の人格パーソナル魔素マナだったなら?

 相手が同じく人格パーソナル魔素マナを持つ上級吸血鬼でもない限り、肉体を乗っ取ってしまえるのだ。

「フィリアさんの体から出ていけ」

 今ならまだ変異は始まったばかり。彼女の体が吸血鬼に変わりきる前なら、取り戻せる。

「そうさせたいなら、この体を殺せばいい。できるものなら」

「……もういい。お前に話すことはない」

 ダスティンの人格パーソナル魔素マナを消滅させる方法はあるが、このままではフィリアを巻き込んでしまう。

 その前に、彼女の体からダスティンを追い出す必要がある。

「フィリアさん、目を覚ましてくれ! 魔力を操作して、ダスティンの魔素マナを追い出すんだ!」

「ははははっ、無駄無駄。彼女は想いの満たされぬ現実から逃げたのだ。そう簡単に帰ってはこれまい!」

 ダスティンは、フィリアの体を操り剣を抜いた。こちらも剣を抜いて、斬撃を受け止める。

「黙れ! フィリアさんが負けるものか!」

「よしんば目覚めたとしても、この私を追い出せるかな? この娘は落ちこぼれだ。そのような高度な芸当、できるわけがない」

「うるさい! おれの好きな人を侮辱するな!」

「ははは! 落ちこぼれとはいえ、この娘は高貴な生まれだぞ! いかに英雄とはいえ所詮は冒険者の君に、応えると思うかね!?」

「それがどうした!」

 鍔迫り合いから一歩踏み込み、フィリアの体を押し返す。

「フィリアさん! おれは君がなにを抱えていたのかわからない! でも一緒に抱えていきたいと思ってる! 一緒に悩んで、一緒に解決方法を探したい! この先ずっと! ずっとだ!」

 バックステップで間合いを広げる。鞭を素早く振るって、相手の剣の鍔付近を絡め取る。

 瞬間的に鞭を引いて、剣を奪った。

 こちらも剣と鞭を手放し、急接近。フィリアを壁に押し付ける。

「だから! 目を覚ましてくれ! この先もずっとおれと一緒にいてくれ!」

 その瞳がわずかに揺らめく。

「……う……。タクト、様……?」

「フィリアさん! 魔力を集中して! 君の体の中にダスティンがいる! 追い出すんだ!」

「う、ん、ん……っ」

 フィリアは魔力を操作しようとするが、上手く集中できない。ダスティンの人格《パーソナル》魔素マナが邪魔しているのだ。

「――無駄だと言ったはずだ」

 フィリアの意識にダスティンが割り込む。その手が、おれの首に伸ばされる。

 細く綺麗な指先が、首筋に食い込んでくる。

「う、ぐ……ぅ」

 苦しいけれども、おれはフィリアから離れない。

「タ、クト……様、魔力回路を、使い、ます……っ。あとを、お願、い、しま……」

 フィリアの左手だけが、震えながらおれの首から離れていく。

 そしてその手が、フィリアの左腰の剣の鞘に触れた。魔力回路が起動する。

「――!? フィリアさん、この魔力回路は!?」

 フィリアの体から魔素マナが急激な勢いで、魔力回路に吸い取られていく。

 このままでは、フィリアの体からすべての魔素マナが失われてしまう。それは彼女にとって死と同義だ。だがフィリアは魔力回路から手を離さない。

 勢いが強すぎるのか、魔力回路が焼き切れ、鞘は砕け散る。

 大量の魔素マナを失ってフィリアは昏倒する。おれはその体を受け止めた。

 放出された魔素マナには、ダスティンの人格パーソナル魔素マナも含まれていた。

「な、んだ!? な、に、が起きた……!?」

 霧状のまま驚きの声を上げるダスティン。それを余所に、おれは魔力石で作った例の薬品を取り出した。すぐ飲み込み、口内に残った分をフィリアに口移しする。

 非常に濃い魔素マナが、強化率を最大まで引き上げる。当然、魔力も最大値まで増加。

 これだけ魔力があれば、おれが習得してきた中で最強の魔法が使える。

 すぐ、ダスティンの人格パーソナル魔素マナを魔力で捕える。

「う、ぐっ? この、魔法は!?」

「タクト、様……?」

 ぼんやりとフィリアが目を覚ます。おれは安堵と共に、片手で強く抱きしめる。

「フィリアさん、なんて無茶なことをするんだ……!」

「すみません……わたくしにはこれしかできなかったのです」

「なんなんのだ、これは!? 貴様ら、いったいなにをした!?」

 フィリアはゆっくりと立ち上がる。

「貴方の体が魔素マナの塊だということは、貴方自身から聞いておりましたので……。それを利用できる魔力回路を作っておいたのです」

「だかそれは、対象を封じる魔力回路だったはずだ! 私は対策を取っていたし、そもそも効果が違う!」

「やはりわたくしの記憶を読んでおりましたか。はい、仰るとおりのようでしたが、製作に失敗していたようです。母ならこのようなことなかったのですが、結果オーライですね」

「失敗、だと――あぐああ!?」

 おれは薬の効果が切れる前に、発動中の魔法を次の段階へ移行させる。

「さてダスティン。形勢逆転だ。お前には消えてもらう」

「私は魔素マナの塊だぞ。お前は、空気や水を完全に消せるとでも言うのか……!?」

「ああ。この魔法は、あらゆる元素を崩壊させられる」

「タクト様、それは禁呪では!?」
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