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第72話 計画的に告白しようとは考えてるんです

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「なんでおれがフィリアさんを好きって知ってるんです?」

「それはもう、見ていれば。ごめんなさいね、お節介なお話で」

「いえ……いいのですけど……」

「本当、老婆心てこのことね。見ていられなくなってしまうの。お互いに想い合っていたのに、好きの一言が言えないばかりに、繋がりが途切れてしまった人もいたから……あなたたちには、そうなって欲しくなくて」

 華子婆さんの声は、古い思い出を懐かしむような、どこか寂しさを滲ませたものだった。

 おれたちの仕事が危険を伴うものだと知っているからこそ、言わずにはいられなかったのだろう。

「それに、ね。やっぱり、人と人とが繋がるのは素敵なことだもの。それがわたしの大切なお友達同士ならなおさらだわ」

 おれは周囲を見渡してしまう。今は他に誰もいないことはわかっているのに。

「実は、何度か勢いで告白しそうになったことはあります」

「しなかったのは、どうして?」

「考えもなく勢いで突っ込むと大抵失敗するので……。フィリアさんの気持ちも、ハッキリとはわかりませんし……」

「ふうん……」

 華子婆さんは意味深な笑みを浮かべるのみだ。

「一応、計画的に告白しようとは考えてるんです」

「絶対にイエスって言ってもらえるように、ベタ惚れさせちゃう計画?」

「いや、そんな大袈裟――でも、ないか。計画ですもんね」

「どんな計画なの?」

「まだ、白紙です……」

「あらあら」

「でも、はい。ちゃんと考えておきます」

「ええ、そうしてくれたら、わたしも安心だわ」

 華子婆さんは穏やかに笑う。

 そんなところで、スマホにリマインダー通知があった。

「あ、すみません。そろそろ行ってきます」

「ええ、いってらっしゃい」

 おれは家を出て、迷宮ダンジョン前のプレハブ事務所へ向かった。

「いらっしゃいましたか、一条さん」

「お疲れ様、拓斗くん」

 丈二と美幸に出迎えられる。

 美幸はすっかり仕事が板につき、いかにも冒険者ギルドの受付嬢といった雰囲気だ。男性冒険者からの受けもよく、たまにナンパもされるそうだ。

「ふたりとも数日ぶり。あれからどんな様子?」

「各種情報は冊子にまとめて、各パーティにお配りしておりますよ」

 その冊子を渡してくれる。

 確認済みの魔物モンスターの特徴、弱点、食用の可否に、いくつかのレシピ。把握している範囲の地図には、水場に封魔銀ディマナント鉱脈の位置が書かれていて、食べられる野草や果物の記載もある。ほぼすべて写真付きだ。

「ありがとう、吸血鬼ヴァンパイアの件も書いてくれてるね」

「もちろん超重要事項として記載しました。それらしき気配を察したらすぐ引き返して報告するようにも」

「よかった。例の毒の解毒剤は?」

「もう少しかかりそうです。下級吸血鬼の絶対数が少ないとあっては、無駄になるかもしれませんが」

「必要になるよりはマシだよ」

「ですね」

「美幸さん、第2階層大規模調査依頼って、もう出しましたよね? どれくらい集まってくれました?」

「こちらが選抜したパーティはほとんど受けてくれるみたい。そういえば例の吾郎さん、選抜パーティに選ばれなくて悔しがってたわ」

「あはは。メンバーがまだレベル2じゃなかったからね。でもまあ、調査開始は少し先だし、まだチャンスはあるかも」

「そう伝えておいたわ。今日も特訓だって、メンバーの子たちを引きずって行ったのよ」

「張り切ってるなあ、吾郎さん」

「拓斗くんにライバル心を抱いてるのね」

「ライバルなら、よかった。おれ、嫌われてるのかと思ってたんですよ」

「拓斗くん、基本鋭いのに自分に向けられる感情には鈍いところあるから……」

 美幸さんは頬杖をついて、ため息ひとつ。意味深な視線を向けられる。呆れさせてしまったかもしれない。

 もっとおれが鋭ければ、フィリアの気持ちもわかっただろうし、華子婆さんにも心配されることもなかっただろう。

 告白計画、ちゃんと考えておかないとな……。

 でもその前に、第2階層にある不安を払拭しておきたい。

「さて、そろそろ行こうか丈二さん」

「ええ、いつでも」

 丈二は冒険用のバックパックを持ち上げてみせた。おれは家から背負ってきている。

 今日の装備は、あえて銃器。剣や槍は持ってきていない。今回の目的では、いずれ使い物にならなくなってしまうから、もったいない。

 そしてフィリアはパーティから外れてもらっている。今頃は紗夜に請われて、魔法を教えてあげていることだろう。

「しかし上級吸血鬼への対策が、封魔銀ディマナントとは。先に鉱脈を見つけられていて運がよかったですね」

「上手く持ち帰れるかが問題だけどね」

 おれたちはさっそく迷宮ダンジョンへ出発した。


   ◇


 紗夜は魔法講座で配られたテキストに記載の魔法は、もう全部使えるようになっていた。

 そこでフィリアに、次の段階の魔法について個人講義をお願いしたのだ。

 結衣も一緒に来てくれていて、周囲の魔物モンスターを警戒したり、必要なら動画の撮影もしてくれている。

 でも、もう頼まれても魔法少女の衣装は着ない。荷物に持たされてしまったし、結衣があわよくばと狙っているのもわかるが、あんな恥ずかしい衣装はもうやだ。

 どうせなら、黒を基調とした、とんがり帽子とローブで格好良く決めたい。自分の戦闘スタイルには合わない格好だけど。

「はい、よくできました葛城様。やはり才能がありますっ!」

 両手を胸元で合わせつつ、フィリアが褒めてくれる。

 習ったのは、火球を飛ばす初歩の攻撃魔法。いよいよ魔法使いらしくなってきてワクワクする。

「ありがとうございますっ、えへへっ、フィリア先生の教え方がいいからですっ」

 褒められると本当に嬉しい。

 今はもういない姉に、褒められたときもそうだった。

「それじゃ次は――えっ!?」

 一瞬目を疑った。フィリアの背後、かなり遠くだが、よく見知った人影が通り過ぎたのだ。

「……お姉ちゃん……?」

 フィリアも結衣も怪訝そうな顔をする。けれど、そんなこと気にしていられない。

「お姉ちゃん! 待って、お姉ちゃん!」

 すぐさま紗夜は走り出した。

 わかっている。姉はもう死んでいる。

 でも……でも! ここは迷宮ダンジョンだ。アニメみたいに魔物モンスターがいて、魔法もある。まるで異世界。

 だったら、アニメみたいに、死んだ人が異世界転生しているかもしれない。

 そして、転生してたなら、ここに来ることだって、あるかもしれない!

「葛城様! いけません、落ち着いてください!」

 追いかけてくるフィリアの声を無視して、紗夜は走った。
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