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第68話 封魔銀

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封魔銀ディマナント?」

「丈二さん、説明はあとだ。一旦ここを離れよう。フィリアさんはおれが抱いていく。そっちは荷物を頼むよ」

「わかりました」

 おれの声で緊急事態だと理解してくれたらしい。丈二はフィリアの荷物を両手に抱える。

 おれは自分の荷物を背負い、フィリアの背中と膝裏に腕を回して持ち上げた。

 ……重い。

 いやフィリアが太ってるわけじゃない。いつも通りスレンダーで綺麗だ。

 魔素マナで身体能力が強化されているにしては、荷物やフィリアがやたらと重く感じているのだ。疲れのせいなんかじゃない。

 やはり封魔銀ディマナントで間違いない。こんなところに鉱脈があるなんて……。もっと慎重になるべきだった。おれなら、周囲の魔素マナの異常に気づけたはずなのに……。

 鉱脈から離れるほどに力が戻ってくる。それは丈二も同じらしく、おれたちはどんどん早足になっていった。

 適当な大木の根本で足を止め、フィリアを寝かせる。

 いつしか意識を失っていたフィリアだったが、やがて目を覚ました。

「タクト様、津田様、ご迷惑をおかけしてしまいました」

「そんなことより体の調子はどう?」

「はい、不思議なくらい元気になっております」

 両手をぐっと握って元気さをアピールしてくれる。この分なら大丈夫そうだ。

 丈二はせっせと薪の用意をしてくれている。

「むぅん……イグナイト!」

 さっそく覚えた着火魔法を活用して、焚き火を起こす。

 大抵の魔物モンスターは、火を恐れて近づくのを躊躇する。自ら火を吹くフレイムチキンは例外だが、こちらから縄張りに入らない限りは、滅多に襲ってこない。

 なんの対策もなく休むよりは、ずいぶん安全になったろう。

 フィリアは自分の体をきょろきょろと確認する。

「しかし、先ほどの不調はいったい……?」

魔素マナ不足だよ。前に言ってたでしょ、この島から離れようとしたとき死にかけたことがあるって」

「あ……。はい。確かにあの時と同じ感覚でした。しかし、なぜここで……?」

「私と一条さんも魔素マナによる強化を失っていたように思います。やはり、原因はあの鉱脈なのですか? ディアマント? とか仰っていましたが」

だよ。別名、封魔銀ふうまぎん異世界リンガブルームでも珍しい鉱石なんだ」

「封魔……。なるほど、魔素マナの効力を封じる特性を持っているのですね?」

「そういうこと。正確には、魔素マナを遠ざける性質があるんだ。封魔銀ディマナントの周囲では、魔素マナは極端に薄くなる」

「ですがタクト様、異世界リンガブルームでは意識を失うまでのことはありませんでした。あの封魔銀ディマナントは、特別強力なものなのでしょうか?」

「いや、たぶん普通のやつだよ。第2階層は第1階層より魔素マナが濃いとはいっても、異世界リンガブルームと比べれば全然薄いんだ。封魔銀ディマナントのせいで、魔素マナがほぼゼロになっていたんだと思う」

「それで我々は強化を失い、フィリアさんは意識を……」

 異世界リンガブルーム人は、魔素マナのない環境では生きていけない。封魔銀ディマナントに気づくのが遅れていたらと思うと、寒気がする。

 封魔銀ディマナントから離れ、周囲から充分に魔素マナを取り込めるようになったから、こうしてフィリアは復調してくれた。本当によかった。

封魔銀ディマナント……。ぜひとも持ち帰って研究に回したいところですが……無強化状態で迷宮ダンジョンを歩くことになるのは危険すぎますね?」

「いや、案外悪くない賭けだよ。あれに近づけば弱体化……下手したら死ぬって魔物モンスターも分かってる。いい魔物モンスター除けになるかも」

「しかし、縄張り意識の強い魔物モンスターと遭遇したりしたら……」

「襲われるね。生きて帰れる保証はない。だからあくまでもだ」

「少なくとも、試すのはフィリアさんのいないときにすべきですね」

「そうしていただけると助かります。主に、わたくしの命が」

 冗談めかして言うフィリアに、おれも丈二も顔をほころばせた。

 それから丈二は鉱脈のあった方向へ目を向ける。

「しかし日本人だけのパーティなら、封魔銀ディマナントの鉱脈はいい安全地帯になるかもしれませんね」

「あくまで緊急用と考えたほうがいいと思うな。いくら休んでも魔力は回復しないし、その場から離れても、魔素マナの強化が戻ってくるまで時間がかかる。しかも長居すると魔力石や装備にまとってる魔素マナまで失われる。そんな状態で魔物モンスターに襲われたら致命的だ」

「逆に考えれば、絶望的な状況に陥っても、避難先にはなりますね。そして、あえて封魔銀ディマナントを所持するというに挑めば、生きて帰れるかもしれない」

「うん、結局は使い方だ。おれたちは情報をしっかり伝えて、どう使うかはみんなの判断に任せるのがいいと思う」

 その後、おれたちはその場で野営することにした。

 夕食の材料は、余っていたフレイムチキンの肉。それとフィリアと丈二が森で採ってきてくれた果実だ。

 焼いた鶏肉に、すりおろした果実をえてみた。甘酸っぱい風味に、ジューシーな肉の味がよく合う。

 さらにデザートに、他の種類の果実。リンゴに似たこの果実は、フィリアが綺麗に皮を剥いてくれた。ついでに、あーん、と口元に持ってきてくれたら嬉しいが、声には出さない。丈二がいなかったら、冗談のふりをして言ってたかもしれないが。

 夕食後、ほどなくして就寝。

 見張りは数時間ごとの交代制。焚き火を絶やさないようにしつつ、周囲の警戒を続ける役目だ。なにかあればすぐ残りのふたりを起こすことになっている。

 大事を取ってフィリアは優先的に寝かせたが、最初の見張りに関しては、おれと丈二でジャンケンで決めた。

 最初の見張りはおれだ。おれが最初でよかった。

「……ふたりとも起きてくれ。魔物モンスターがいる」

 すぐに丈二が目を覚ます。遅れてフィリアも、とても頑張って起き上がる。

 その間に、おれはもう剣と盾を取っていた。

 まだ姿は見えないが、この気配には覚えがある。

 だがすぐには思い出せない。どの魔物モンスターだ?

 火を恐れず、姿を隠す知能があり、不思議な気配を放つ……。

 一致する魔物モンスターが脳裏に浮かんだのと、そいつが姿を現したのはほぼ同時だった。

 人間とコウモリを混ぜ合わせたような奇怪な姿。

「――吸血鬼ヴァンパイアか!」
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