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第63話 わっ、火が出た、すごい!

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「魔法少女って……丈二さん、マジで言ってる?」

「あくまでネタですよ。さすがに魔法少女の衣装で迷宮ダンジョン探索させようなんて思ってはいません」

「それならいいけど」

「ですがまあ、衣装の防御力が高ければアリかと。すべては今井さん次第ですが、ね」

「そこは紗夜ちゃん次第って言ってあげてよ……。結衣ちゃんの良識を信じるしかないかぁ」

 そんな雑談をしていると、フィリアが受講者たちに向かって声を上げた。

「ではみなさん、基礎ができたようなので一旦休憩といたします。午後の講義に備え、しっかり休んで魔力を回復させておいてくださいませ」

 休憩を宣言すると、もう昼時なのもあって、みんな各々に食事を始めている。

 駆け寄ってきた紗夜を褒めてあげてから、おれはひとりで休んでいる吾郎のところへ足を運んだ。

「やあ吾郎さん。調子はどうだい?」

「べつに言うほどのことはねえ」

「例のふたりの調子はどう?」

 すると大きくため息をついた。

「どうもこうもねえよ。チャラ男のほうはやる気だけは一人前だがよ、できもしねえことやろうとして怪我しそうになるんだぜ。無気力のほうは、逆にやる気がなさすぎだ。まあ、やれって言ったことは気づいたら終わらせてるんだが……終わったあとはボーっとしてやがる。指示してやるのも一苦労だぜ」

「なるほど、なんにでも挑戦する意欲溢れる秀樹くんに、やる気がないからこそ物事を効率良く片付けておく孝太郎くんってわけか。結構、磨けば光るんじゃない?」

「お前、よく誉め言葉が見つかったな……」

「おれも色んな人を見てきたからね」

 異世界リンガブルームで付き合いのあった冒険者たちを思えば、彼らくらいは許容範囲だ。読み書きができて、酒浸りでもない。それだけでも上澄みだ。

「武田様、こちらをどうぞ」

 そこに、フィリアがテキストを配りにやってきた。

「休憩後の講義に使う資料です」

 休憩中に配るつもりだったのに忘れていた。

「ごめん。フィリアさん、おれも配るよ。持ってる分、半分ちょうだい」

「はい。お願いしますね」

「じゃ、吾郎さん。またね」

 ふたりでテキストを配り終えたら、紗夜や丈二も加えて食事を取った。

 それから講義再開だ。

「お配りした資料には、先程の光源魔法も含めた複数の基礎魔法の使い方を記してあります。これからお教えする着火魔法が使えるようになれば、あとのものは応用ですべて使えるようになるはずです」

 着火魔法は小さな火を出す魔法だ。イメージは、ちょっと火力の強いライター。

 これも基本的には光源魔法と同じく、魔力を外に出してエネルギーを変換すればいい。光に変えるか、火に変えるかの違いしかない。ただ、火のほうがやや難しい。

 現代で言うとプログラミングのように、火を発生させるまでのプロセスを魔力に指示してやらなければならない。

 そのプロセスと、指示を構築する方法をフィリアは解説した。

「――以上です。わからなくなったら、テキストを見直すと良いでしょう。それでは実践してみましょう」

 まずはおれとフィリアでお手本を見せる。それからは質問に答えたり、コツを教えてあげたりしながら、受講者たちの実践の手伝いをしていく。

「むぅん……イグナイト!」

 最初に成功させたのは丈二だった。ビシッと決まったポーズで、手のひらから火を出している。

 フィリアは笑顔で拍手した。

「津田様、お見事です。このように、集中するのに掛け声を出したり、構えを取るのも有効ですよ。お試しくださいませ」

 それを受けて、次に成功させたのは紗夜だ。

「んー……てぇいっ。わっ、火が出た、すごい!」

 掛け声ついでに、気合が入りすぎてやや前傾姿勢。突き出た可愛いお尻に、男性陣の視線が集まる。

 おれは、さりげなく紗夜の背後に回って視線を遮ってあげた。

 続いては、例の穏やかそうな青年だ。丈二や紗夜には遅れたが、彼は掛け声もポーズもなく火を出すことに成功した。

「なるほど……。本当にプログラミングみたいだ」

 嬉しそうに、ひとり顔をほころばせている。

 魔法はイメージが重要だが、それと同じくらい、イメージしたものを形にする工程が重要だ。感覚でできる者もいれば、数式を組み立てるように理論的に実践する者もいる。

 理論タイプのほうが、より短期間で多くの魔法を身につけられる傾向にある。一方、感覚タイプは、より上位の魔法をなんとなくで使いこなすこともあるので、優劣はつけがたい。

 3人の成功を皮切りに、少しずつ成功者が増えていく。受講者同士で教え合ったり、おれやフィリアさんがまたお手本を見せたりするうちに、全員が成功するまでになった。

「本日の講義はここまでです。みなさま、以後はテキストを利用して自己学習に励んでくださいませ。テキストに記載の魔法がすべて使えるようになったら、次の段階へ参りましょう」

 そこに質問の手が上がる。

「あのぉ、先生がグリフォンに撃ったみたいな魔法は載ってないんですか? 基礎魔法だけじゃ役に立たないんじゃ……」

「はい、載せておりません。あれだけの威力の魔法を使うには、まだ魔力が足りないでしょうから。それに基礎魔法は、役立たずではありませんよ。大切なのは使い方です。テキストに載っている分だけでも、様々な事態に対応できるはずです」

 またべつの受講者から質問が上がる。

「回復魔法って、あるんですか?」

「はい。ただ、かなりの上級魔法なのでお教えできるのはかなり先のことかと」

「変身魔法とかあります? こう、魔法少女みたいに衣装が変わるような」

「聞いたことはありませんが……不可能ではないと思います。独自の魔法を開発できるようになれば、あるいは……」

 そんな質疑応答のあと、自由練習時間を設けた。

 みんなテキストをめくり、興味のある魔法に挑戦している。おれたちは、時間いっぱいまで、それらの練習に付き合った。

 先を行くのはやはり紗夜たち3人で、特に紗夜は、もうひとつ基礎魔法を習得するほどだった。

 そして――。

「ふー……お疲れ様、フィリアさん」

「はい……。タクト様こそ、お疲れ様でした」

 講義が終わってみんなが帰ったあと、おれとフィリアは互いに労いあった。

「かなり熱心に、それも親身に教えていらっしゃいましたね」

 残った丈二の言葉に、フィリアは頷く。

「はい。今のうちに、できるだけの疑問には答えておきたかったのです」

「うん、しばらく留守にしちゃうからね」

 依頼制度にパーティ制度作り。ステータスカードの発行に魔法講座。おれたちにしかできない地上での仕事はやりきった。次は迷宮ダンジョンでの仕事だ。

「そうですか。いよいよ、ですか」

「ああ。第2階層の先行調査は、長丁場になるよ」
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