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第39話 同じ気持ちを抱えた者同士で助け合えるなら
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「依頼の内容は、迷宮に入って以来行方不明になっている末柄美幸さんと、その娘の美里ちゃんの救出だ」
おれはたくさんの冒険者たちの前で大きな声で、説明していく。
「彼女は探索者だ。戦闘能力はない。魔物除けは持ってはいるけれど、効力はもってあと2日と見ている。時間切れで魔物に襲われたら終わりだ。すぐにでも捜索を開始して欲しい。もちろん報酬は出す」
おれはフィリアと視線を合わせる。こくん、と頷いてくれる。
「捜索に参加してくれるなら、前払いで5万円支払う。美幸さんたちを見つけてくれたなら、50万円だ。参加者はこちらに来て、美幸さんの写真を受け取ってくれ。美里ちゃんの写真はないが、3歳の女の子だ。見つけたらすぐわかる。なにか質問は!?」
すると何人かが手を上げた。
「その人はなんで迷宮から出てこないんだ?」
「彼女のプライベートに関わることだから詳しく話せないが、どうしようもない事情で他に逃げ場がなかったんだ」
「なら助け出しても、またトラブルに巻き込まれるんじゃないのか」
「あとのことはおれが対処する。今は命が優先だ!」
べつの質問者が声を上げる。
「なんであんたが金を出す? 全部で数百万だぞ、なんでそこまでする?」
「責任と、義理があるからだ」
おれたちの動画に美幸を出さなければ、あの男は来なかったかもしれない。全身にぼかしを入れていても見破る者がいるなんて思わなかった。
その責任は取らなければならない。それに……。
「彼女は、おれと同じだ。きっとみんなとも同じなんだ」
全員の顔をそれぞれ見渡しながら語る。
「おれは普通の生活が息苦しくてここに来た。夢やロマンを抱いて来た人もいるだろう。誰かに認められたくて来た人だって、脅威から逃げて新しい人生を送るために来た人だっている。みんな、それぞれの居場所を求めて来たはずだ」
そして迷宮に目を向ける。
「美幸さんは今も逃げてる。第二の人生に――新しい居場所に留まりたくて……」
再び冒険者たちに目を向ける。
「町に出たグリフィンと戦った日を思い出してくれ。自分たちの居場所を守ろうとしたあの気持ちと同じものを、美幸さんも抱えているんだ。おれは、その気持ちを守りたい」
「じゃああんたは、他の誰でも同じように助けるのか。また何百万もかけて」
首を横に振る。
「誰でも、は無理だ。おれは、おれが助けられるときにしか手を出せない。でも……他の誰かが助けられるなら、その人に手を差し伸べて欲しいと思う」
ひと呼吸おいて、質問者に目を向ける。
「今回依頼を出すのはおれだけど、他の誰かが出したっていい。こなせる依頼ならおれはきっと受けるだろうし、他の誰かが受けてくれたっていい。同じ気持ちを抱えた者同士で助け合えるなら、ここはもっと、居心地のいいところになる」
「互いに……か」
「だから、頼む! 美幸さんと美里ちゃんを、助けてくれ!」
「……乗った」
その冒険者は前に進み出て、美幸の写真を受け取ってくれた。前払い報酬を渡す。
「あんたの考え方、嫌いじゃない。ここが居心地良くなるのは賛成だ」
言って迷宮へ駆けていく。
それを皮切りに、次々と依頼を受けようと押し寄せてくる。
「相互に依頼し合うってのは、いい考えかもな」
何度も見かけた常連の冒険者も。
「モンスレさんの、演説……かっこよかった、です。ユイも、やります……!」
気弱そうな女の子冒険者も。
「わたし探索者だけど、魔物除け持ってるから協力できるわ!」
たまたま居合わせて話を聞いただけの探索者さえ。
「ありがとう、みんな……」
予想以上の人数が依頼を受け、迷宮へ入っていく。
「先生、あたしも行きます!」
やがて依頼受注者が落ち着いた頃、紗夜も当然のように言ってくれる。
「ああ、頼むよ紗夜ちゃん。おれたちも行く」
「はい、手分けして参りましょう!」
◇
美幸は迷宮第1階層の片隅で、身を潜めていた。
魔物除けを断続的に揺らして鈴の音を絶やさない。
あの夜に出てきたきりだから、服は寝間着のまま。裸足だった足は傷だらけで痛い。
「ママ……これ、あきた。おいしくない」
「ごめんね。ごめ……ごめんなさい……」
ボロボロと涙がこぼれてくる。
下手くそな魔物料理のことじゃない。
あの男から逃げるためとはいえ、大切な娘を危険にさらしている。
けれど、いったいどこへ逃げればよかったのだろう?
深夜で船が運行していなかった以上、あの男から逃れられる場所は、ここしかなった。
かといって、今になって出ていくのも危うい。あの男は出待ちしているに違いない。
魔物除けの効果時間切れは刻々と近づいていたが、美幸はもうどこか諦めていた。
このまま死んでしまえば、あの男から永遠に逃げられる……。
「ごめんなさい、美里……。ごめんなさい……」
娘を抱きしめる。こんなに短い一生にさせてしまって、本当にごめんなさい……。
「なんで、ないてるの?」
覚悟が決まりかけたとき、美幸の頭に小さな手が伸びた。
美里が、不器用に頭をなでてくれている。
「あのね、おともだちからおそわったの。こうすると、なきやむんだって」
「お友達……?」
「うんっ、みさとね、おともだちできたんだよっ! またこんどあそぶの!」
ああ、ダメだ。ここで終わりにしてはダメ。
母親の私が、子供の『また今度』を奪っちゃいけない。
でもどうすればいい? 迷宮を出たところで、あの男に襲われたら、それこそ娘の未来は壊される。
その恐怖を思い出すと、どうしても動けない。でも……でも……!
――力になりますから。
思い起こすのは、拓斗の優しい言葉。
彼らとの出会いと、まだ短いけど楽しかった日々。新しい人生……。
助けて欲しい。この日々を、まだ続けたい。
いまさらだ。なんて図々しい。彼らを頼ることもできたのに、逃げてきてしまった。
そう後悔しながらも、祈らずにはいられない。
――助けて。お願い、私たちを助けて!
声にも出さない祈りは、誰にも届かない。届くわけがない。
けれど。
救いの手は差し伸べられる。
「――末柄、美幸さん……? 助けに、来ました……!」
その気弱そうな少女は、拓斗の祈りが導いた冒険者だった。
おれはたくさんの冒険者たちの前で大きな声で、説明していく。
「彼女は探索者だ。戦闘能力はない。魔物除けは持ってはいるけれど、効力はもってあと2日と見ている。時間切れで魔物に襲われたら終わりだ。すぐにでも捜索を開始して欲しい。もちろん報酬は出す」
おれはフィリアと視線を合わせる。こくん、と頷いてくれる。
「捜索に参加してくれるなら、前払いで5万円支払う。美幸さんたちを見つけてくれたなら、50万円だ。参加者はこちらに来て、美幸さんの写真を受け取ってくれ。美里ちゃんの写真はないが、3歳の女の子だ。見つけたらすぐわかる。なにか質問は!?」
すると何人かが手を上げた。
「その人はなんで迷宮から出てこないんだ?」
「彼女のプライベートに関わることだから詳しく話せないが、どうしようもない事情で他に逃げ場がなかったんだ」
「なら助け出しても、またトラブルに巻き込まれるんじゃないのか」
「あとのことはおれが対処する。今は命が優先だ!」
べつの質問者が声を上げる。
「なんであんたが金を出す? 全部で数百万だぞ、なんでそこまでする?」
「責任と、義理があるからだ」
おれたちの動画に美幸を出さなければ、あの男は来なかったかもしれない。全身にぼかしを入れていても見破る者がいるなんて思わなかった。
その責任は取らなければならない。それに……。
「彼女は、おれと同じだ。きっとみんなとも同じなんだ」
全員の顔をそれぞれ見渡しながら語る。
「おれは普通の生活が息苦しくてここに来た。夢やロマンを抱いて来た人もいるだろう。誰かに認められたくて来た人だって、脅威から逃げて新しい人生を送るために来た人だっている。みんな、それぞれの居場所を求めて来たはずだ」
そして迷宮に目を向ける。
「美幸さんは今も逃げてる。第二の人生に――新しい居場所に留まりたくて……」
再び冒険者たちに目を向ける。
「町に出たグリフィンと戦った日を思い出してくれ。自分たちの居場所を守ろうとしたあの気持ちと同じものを、美幸さんも抱えているんだ。おれは、その気持ちを守りたい」
「じゃああんたは、他の誰でも同じように助けるのか。また何百万もかけて」
首を横に振る。
「誰でも、は無理だ。おれは、おれが助けられるときにしか手を出せない。でも……他の誰かが助けられるなら、その人に手を差し伸べて欲しいと思う」
ひと呼吸おいて、質問者に目を向ける。
「今回依頼を出すのはおれだけど、他の誰かが出したっていい。こなせる依頼ならおれはきっと受けるだろうし、他の誰かが受けてくれたっていい。同じ気持ちを抱えた者同士で助け合えるなら、ここはもっと、居心地のいいところになる」
「互いに……か」
「だから、頼む! 美幸さんと美里ちゃんを、助けてくれ!」
「……乗った」
その冒険者は前に進み出て、美幸の写真を受け取ってくれた。前払い報酬を渡す。
「あんたの考え方、嫌いじゃない。ここが居心地良くなるのは賛成だ」
言って迷宮へ駆けていく。
それを皮切りに、次々と依頼を受けようと押し寄せてくる。
「相互に依頼し合うってのは、いい考えかもな」
何度も見かけた常連の冒険者も。
「モンスレさんの、演説……かっこよかった、です。ユイも、やります……!」
気弱そうな女の子冒険者も。
「わたし探索者だけど、魔物除け持ってるから協力できるわ!」
たまたま居合わせて話を聞いただけの探索者さえ。
「ありがとう、みんな……」
予想以上の人数が依頼を受け、迷宮へ入っていく。
「先生、あたしも行きます!」
やがて依頼受注者が落ち着いた頃、紗夜も当然のように言ってくれる。
「ああ、頼むよ紗夜ちゃん。おれたちも行く」
「はい、手分けして参りましょう!」
◇
美幸は迷宮第1階層の片隅で、身を潜めていた。
魔物除けを断続的に揺らして鈴の音を絶やさない。
あの夜に出てきたきりだから、服は寝間着のまま。裸足だった足は傷だらけで痛い。
「ママ……これ、あきた。おいしくない」
「ごめんね。ごめ……ごめんなさい……」
ボロボロと涙がこぼれてくる。
下手くそな魔物料理のことじゃない。
あの男から逃げるためとはいえ、大切な娘を危険にさらしている。
けれど、いったいどこへ逃げればよかったのだろう?
深夜で船が運行していなかった以上、あの男から逃れられる場所は、ここしかなった。
かといって、今になって出ていくのも危うい。あの男は出待ちしているに違いない。
魔物除けの効果時間切れは刻々と近づいていたが、美幸はもうどこか諦めていた。
このまま死んでしまえば、あの男から永遠に逃げられる……。
「ごめんなさい、美里……。ごめんなさい……」
娘を抱きしめる。こんなに短い一生にさせてしまって、本当にごめんなさい……。
「なんで、ないてるの?」
覚悟が決まりかけたとき、美幸の頭に小さな手が伸びた。
美里が、不器用に頭をなでてくれている。
「あのね、おともだちからおそわったの。こうすると、なきやむんだって」
「お友達……?」
「うんっ、みさとね、おともだちできたんだよっ! またこんどあそぶの!」
ああ、ダメだ。ここで終わりにしてはダメ。
母親の私が、子供の『また今度』を奪っちゃいけない。
でもどうすればいい? 迷宮を出たところで、あの男に襲われたら、それこそ娘の未来は壊される。
その恐怖を思い出すと、どうしても動けない。でも……でも……!
――力になりますから。
思い起こすのは、拓斗の優しい言葉。
彼らとの出会いと、まだ短いけど楽しかった日々。新しい人生……。
助けて欲しい。この日々を、まだ続けたい。
いまさらだ。なんて図々しい。彼らを頼ることもできたのに、逃げてきてしまった。
そう後悔しながらも、祈らずにはいられない。
――助けて。お願い、私たちを助けて!
声にも出さない祈りは、誰にも届かない。届くわけがない。
けれど。
救いの手は差し伸べられる。
「――末柄、美幸さん……? 助けに、来ました……!」
その気弱そうな少女は、拓斗の祈りが導いた冒険者だった。
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