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第36話 ざまあみろ、です!(営業スマイル)

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「やっぱり第2階層に行っちゃってるな」

 魔物モンスター除けを使って第1階層最深部にまで短時間で到達したおれたちは、そこで足跡を見つけた。

 足のサイズや歩幅からして、吾郎だろう。

「ここまで魔物モンスター除けを使わずにいらっしゃるなんて、大したものです」

「ああ、言うだけのことはあるよ」

 吾郎はベテランだ。それだけに、他の冒険者より長い時間を迷宮ダンジョンで過ごしてきたに違いない。その長さは、魔素マナによる体質変化に有利に働くはずだ。

 本人は無自覚でも、魔素マナによる強化を受けているだろう。紗夜と同じように。

「行こう、フィリアさん。きっとまだ間に合う」

「はい!」

 第2階層への坂を駆け下りる。やがて地下遺跡に到達したとき、戦闘音が聞こえた。

 吾郎がグリフィン相手に苦戦している。

 上半身は血に塗れ、左腕は骨でも折れたのか動かしていない。右手に握った剣だけで、グリフィンの攻撃をぎりぎり防いでいる。

 グリフィンを1頭だけ、それも飛行のできない地下遺跡にまで誘き寄せたのは大したものだ。

 だが防戦一方。息も絶え絶えで、今にも倒れてしまいそうだ。

「フィリアさん!」

「はい! 武田様、下がってください!」

 おれの合図に、フィリアが牽制の魔法を速射する。第2階層の魔素マナが、彼女に充分な魔力を与えているのだ。

 小さな火球が3つ、吾郎を避ける軌道でグリフィンに命中した。

 ――ピィイイ!?

 グリフィンは一瞬動きが止まる。おれならその隙に逃げるか反撃するかだが、吾郎はもはやその体力すらないのか動けない。

 だから代わりに前に出た。盾を捨て、グリフィンに衝突しそうなくらいの勢いで急接近。その眼前に手をかざす。

光よライティング!」

 光源魔法を最大光量で発動。一瞬の閃光だが、グリフィンの良すぎる目を眩ませるには充分。

 すかさず左手でくちばしの先端を引っ掴む。第2階層の魔素マナで強化された握力にものを言わせ、強引に動きを封じる。

 そしてグリフィンの爪が振るわれる前に、急所に狙いをつけて剣をひと突き。腕を捻り、刃で喉をえぐる。

 それがトドメになった。

 すぐ剣を抜いて離れると、グリフィンは断末魔の声を上げて横倒しになった。血溜まりが広がっていく。

 グリフィンの絶命と共に、吾郎はその場に膝をついた。

「ちくしょう……情けねえ……。またお前らに、助けられちまった……」

「……吾郎さん、通達があったはずだ。第2階層は危険だって」

「ああ……知ってる。知ってて来た。警告も聞かねえで、情報も買わねえで、大口叩いてこのザマだ。笑えよ、くそ……」

 おれは小さく首を横に振る。

「今日は、通りがかったから助けられたけど、次はないと思ったほうがいい。あんたの言う通り、命を張って血と汗で得た教訓ノウハウだ」

「…………」

「でも、べつに命を張らなくても得られる教訓だったはずだ」

「わかってる。買えってんだろ、お前の情報を」

「強制はしない。ただ、そのほうが効率はいいと思う」

 吾郎は黙って視線を落とす。悔しそうに唇を震わせている。

 重い沈黙に沈んでしまう前に、フィリアが口を開いた。

「ところで武田様、そのお体で帰れますか?」

「……ああ、帰れる」

 吾郎はふらりと立ち上がる。バックパックを背負うのもつらそうだ。

「本当に?」

「ああ……だが、そうだな。途中で魔物モンスターにでも襲われたら、やられちまうかもな……」

「それでしたら良いアイテムがございますよっ」

 にっこりと微笑むフィリアに、吾郎も吹き出してしまった。

「そうくると思ってたぜ。なるほどな。例の魔物モンスター除け、確かにあったほうが良さそうだ。いくらだ?」

「はい、ひとつ5万円になります!」

「おい、マジかよ。ふざけてんのか!?」

 いきなり声を荒らげられて、フィリアはびっくりしてしまう。

「いえ、武田様。ぼったくりではありません。他の方々にもこのお値段でお買い上げいただいております」

「そうじゃねえ。お前らの出張費に、救助費に、勉強代……。全部合わせりゃ30万にはなるだろうが」

「しかしそれでは武田様のおふところがむやみに痛んでしまいます」

「なに同情してんだよ。いいんだよそれで。痛い目に遭わなきゃ覚えねえんだオレは。バカだからよ」

「武田様がそう仰るのなら、はい。きっちり30万円、頂戴いたします」

 吾郎はバックパックから札束を取り出して、フィリアに手渡した。

「ついでに、ざまあみろとでも笑ってくれや。大口叩いた挙げ句に醜態しゅうたいさらして、大金を失ったんだからな」

「はい……わかりました。では……」

 フィリアはこほん、と咳払い。

「お買い上げありがとうございました。ざまあみろ、です!」

 見事な営業スマイルでそんなことを言うので、おれも吾郎も声を出して笑ってしまった。


   ◇


 吾郎は歩くのもつらそうだったが、もう手助けはせずに見送った。彼にも意地がある。

 それからグリフィンの討伐証明と素材を回収して、おれたちも迷宮ダンジョンを出る。

 獲物を換金してゲートをくぐったところ、見知った顔があった。

「あれ、美幸さん?」

「あら一条くんに、フィリアちゃん? 奇遇ね?」

「末柄様も、このようなお時間までお仕事ですか?」

「うん、そうなの。例の魔物モンスター除けのお陰で、焦らずお仕事できたから。気がついたらこんな時間になっちゃったわ」

「お気をつけてくださいね。連続使用は、1週間程度が限度ですので。定期的に香料を入れ替えなければなりません」

「わかってるわ。ちゃんと使った時間はメモして――」

「――美幸!」

「えっ!?」

 ゾッとした表情で美幸は声のしたほうを見た。

 和やかな雑談に割って入ってきたその声は、足早に迫る男から発せられたものだった。

「みつけた……。みつけた! 美幸ぃ!」

 恐怖にこわばる美幸の姿に、おれは確信する。

 こいつが、SNSで美幸を探していたやつだ。
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