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第35話 ご存知ないのですか? あの大人気動画を?
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「なにやってんだ、一条……」
おれたちのもとに姿を現したのは、紗夜と同じ日に情報を高値で買ってくれたベテラン冒険者だった。
「やあ、ベテランさん。元気そうだね」
「よせよ、おめえにベテラン呼ばわりされると、おちょくられてる気分になる。武田吾郎だ」
「オーケー、吾郎さん。なにか買っていくかい?」
「いや、買うとかじゃなくてな? まず、お前らなにしてるんだっていうか……」
おれたちはゲートの内側、迷宮入口前に長机を持ち込み、アイテムや情報を販売している。
フィリアがにこにこと上機嫌な笑顔を吾郎に向ける。
「はい、魔物除けを売っているのですよ」
「なんだそりゃ」
吾郎が首を傾げると、フィリアは心底不思議そうに覗き込んだ。
「もしや、ご存知ないのですか? 公開から半日で1万再生を超え、今も順調に再生数を伸ばしているあの大人気動画を? 冒険者の方々なら必見の、わたくしたちのチャンネルを? 武田様は、遅れていらっしゃいます」
「こらこら、煽ってる煽ってる。調子に乗りすぎ」
だが気持ちはおれも同じだ。あの動画は、なかなかの人気を博している。それに伴って、先に上げていた料理動画の再生数もうなぎのぼりだ。
動画サイトでは一定の条件を満たさないと広告収入は手に入らないが、この調子ならその条件をクリアするのも時間の問題だろう。
「まあ詳細は動画を見てもらうとして、このアイテムひとつで第1階層の魔物には会わなくて済むようになるんだ」
「オレたちは魔物狩ってナンボだろ。なんで会わないようにするんだ?」
「鉱石を採掘に来る探索者のためだよ。今まで魔物に襲われてまともに仕事できてなかったからね」
「なんだよ、人様のためにそんなことしてんのかよ。お前、冒険者として真面目に稼ぐ気がねえのか?」
「人の役に立って稼げるならいいじゃない。それで? 吾郎さんは買っていかないのかい? 探索者優先だけど、今は落ち着いたから冒険者にも売っていいけど」
ちなみに、ミリアムに無理を言って大量生産してもらった際、彼女には「お釣りなんか渡すんじゃなかったぁ~! 働きたくないぃい!」と喚かれた。お陰で在庫はばっちりだ。
「いらねえよ、そんなの」
「じゃあ情報とかは? どんな魔物の倒し方でも、このリアルモンスタースレイヤーにお任せあれ」
「それもいらねえってんだよ。調子に乗りやがって!」
吾郎はずいっ、と顔を近づけてくる。
「いいか、オレがお前に遅れを取ったのは武器の差があったからだ。だがもう差はねえ。むしろ不利な武器でもここまでやってきたオレだぜ、こうなったらもうてめえの情報なんざ買わなくてもやってけんだよ! これ以上でけえ顔はさせねえ! グリフィンぐれえ、オレもやってやるからな!」
「いいね。本当にそうなって欲しいよ、期待してる」
なにせ第2階層の偵察には実力者が多数必要だ。グリフィンを倒せるくらいでないと任せられない。
「ちっ、舐めやがって」
とかやっていると、他の客がこちらにやってくる。
「あの! モンスレさんですよね!? 動画見てきました! 魔物除けと、魔物の倒し方、買わせてください!」
すると吾郎はその客をキッと睨みつけた。
「お前も楽してノウハウ得ようとしてんじゃねえよ! こういうのは命張って、血と汗を流して身につけるもんだろうが!」
「ええ、なにこのおっさん、怖ぁ」
「吾郎さん、商売の邪魔はしないでくれ」
ふんっ、と吾郎は背中を向けた。迷宮へ入っていく。
「ごめんよ。ちょっと古いタイプみたいなんだ」
◇
「一条先生、フィリア先生!」
数時間ほどしてやっと客が途切れた頃、迷宮の中から紗夜が出てきた。
「お、紗夜ちゃん。今日はもうあがり?」
「はいっ! 先生から買った魔物除け、大活躍でしたよ! ずいぶん帰りが楽になりました。前なんか、ヘトヘトなときに襲われて大変だったんですけど、これさえあればもう安心ですねっ」
「それは良かったよ。新しい装備もいいみたいだ」
紗夜は前から愛用しているナイフの他、剣とクロスボウを追加で装備していた。特にクロスボウはいい選択だ。
仮にウルフベアと戦うことになったとき、紗夜の力では剣では太刀打ちできないだろうが、クロスボウなら狙いが良ければ一撃で倒せる。
「はいっ。あたし、もともと射撃は成績良かったので、こういうのがあると安心するんです。それに音もあまり出ませんし、矢は高かったけど、回収すればまた使えますし」
「自分にあった武器が見つけられたなら、それが一番だ。でも一気に荷物が増えて大変じゃない?」
「んー、それが、なんか平気なんですよね。家を出るときは重すぎたかもって思うんですけど、迷宮に入ったら軽くなったような気がしてきて……。あっ、今は疲れてるのでめちゃ重いです」
重く感じるのは、疲れてるから、ではないかもしれない。
「一条様、これはもしかして……」
「ああ、そうかも。今度、確かめてみよう」
紗夜だけ首を傾げる。
「なんです?」
「いや、紗夜ちゃんも成長したって話」
さて、とおれは立ち上がる。
「じゃあ紗夜ちゃん、今日はお疲れさま。おれたちはそろそろ行くよ」
「先生たちもお帰りですか?」
「いいえ、迷宮へ入ります」
「こんな時間に? もう夕方ですよ?」
「そうなんだけどね、嫌な予感がするんだ。ね、フィリアさん?」
「はい。魔物除けも無しに、ずいぶん長く潜りっぱなしの方がいるのです」
「でも、そういうのって自己責任って前に言ってませんでした?」
「もちろんそうだよ。でも、あのときは準備不足だったから厳しめに言ったけど、助けられる状況なら見捨てないのが、おれのスタンスなんだ。それに……」
悪戯っ子みたいな笑みを浮かべると、フィリアは察してくすりと笑う。
「はい。押し売りするには、とても良い機会です」
おれたちのもとに姿を現したのは、紗夜と同じ日に情報を高値で買ってくれたベテラン冒険者だった。
「やあ、ベテランさん。元気そうだね」
「よせよ、おめえにベテラン呼ばわりされると、おちょくられてる気分になる。武田吾郎だ」
「オーケー、吾郎さん。なにか買っていくかい?」
「いや、買うとかじゃなくてな? まず、お前らなにしてるんだっていうか……」
おれたちはゲートの内側、迷宮入口前に長机を持ち込み、アイテムや情報を販売している。
フィリアがにこにこと上機嫌な笑顔を吾郎に向ける。
「はい、魔物除けを売っているのですよ」
「なんだそりゃ」
吾郎が首を傾げると、フィリアは心底不思議そうに覗き込んだ。
「もしや、ご存知ないのですか? 公開から半日で1万再生を超え、今も順調に再生数を伸ばしているあの大人気動画を? 冒険者の方々なら必見の、わたくしたちのチャンネルを? 武田様は、遅れていらっしゃいます」
「こらこら、煽ってる煽ってる。調子に乗りすぎ」
だが気持ちはおれも同じだ。あの動画は、なかなかの人気を博している。それに伴って、先に上げていた料理動画の再生数もうなぎのぼりだ。
動画サイトでは一定の条件を満たさないと広告収入は手に入らないが、この調子ならその条件をクリアするのも時間の問題だろう。
「まあ詳細は動画を見てもらうとして、このアイテムひとつで第1階層の魔物には会わなくて済むようになるんだ」
「オレたちは魔物狩ってナンボだろ。なんで会わないようにするんだ?」
「鉱石を採掘に来る探索者のためだよ。今まで魔物に襲われてまともに仕事できてなかったからね」
「なんだよ、人様のためにそんなことしてんのかよ。お前、冒険者として真面目に稼ぐ気がねえのか?」
「人の役に立って稼げるならいいじゃない。それで? 吾郎さんは買っていかないのかい? 探索者優先だけど、今は落ち着いたから冒険者にも売っていいけど」
ちなみに、ミリアムに無理を言って大量生産してもらった際、彼女には「お釣りなんか渡すんじゃなかったぁ~! 働きたくないぃい!」と喚かれた。お陰で在庫はばっちりだ。
「いらねえよ、そんなの」
「じゃあ情報とかは? どんな魔物の倒し方でも、このリアルモンスタースレイヤーにお任せあれ」
「それもいらねえってんだよ。調子に乗りやがって!」
吾郎はずいっ、と顔を近づけてくる。
「いいか、オレがお前に遅れを取ったのは武器の差があったからだ。だがもう差はねえ。むしろ不利な武器でもここまでやってきたオレだぜ、こうなったらもうてめえの情報なんざ買わなくてもやってけんだよ! これ以上でけえ顔はさせねえ! グリフィンぐれえ、オレもやってやるからな!」
「いいね。本当にそうなって欲しいよ、期待してる」
なにせ第2階層の偵察には実力者が多数必要だ。グリフィンを倒せるくらいでないと任せられない。
「ちっ、舐めやがって」
とかやっていると、他の客がこちらにやってくる。
「あの! モンスレさんですよね!? 動画見てきました! 魔物除けと、魔物の倒し方、買わせてください!」
すると吾郎はその客をキッと睨みつけた。
「お前も楽してノウハウ得ようとしてんじゃねえよ! こういうのは命張って、血と汗を流して身につけるもんだろうが!」
「ええ、なにこのおっさん、怖ぁ」
「吾郎さん、商売の邪魔はしないでくれ」
ふんっ、と吾郎は背中を向けた。迷宮へ入っていく。
「ごめんよ。ちょっと古いタイプみたいなんだ」
◇
「一条先生、フィリア先生!」
数時間ほどしてやっと客が途切れた頃、迷宮の中から紗夜が出てきた。
「お、紗夜ちゃん。今日はもうあがり?」
「はいっ! 先生から買った魔物除け、大活躍でしたよ! ずいぶん帰りが楽になりました。前なんか、ヘトヘトなときに襲われて大変だったんですけど、これさえあればもう安心ですねっ」
「それは良かったよ。新しい装備もいいみたいだ」
紗夜は前から愛用しているナイフの他、剣とクロスボウを追加で装備していた。特にクロスボウはいい選択だ。
仮にウルフベアと戦うことになったとき、紗夜の力では剣では太刀打ちできないだろうが、クロスボウなら狙いが良ければ一撃で倒せる。
「はいっ。あたし、もともと射撃は成績良かったので、こういうのがあると安心するんです。それに音もあまり出ませんし、矢は高かったけど、回収すればまた使えますし」
「自分にあった武器が見つけられたなら、それが一番だ。でも一気に荷物が増えて大変じゃない?」
「んー、それが、なんか平気なんですよね。家を出るときは重すぎたかもって思うんですけど、迷宮に入ったら軽くなったような気がしてきて……。あっ、今は疲れてるのでめちゃ重いです」
重く感じるのは、疲れてるから、ではないかもしれない。
「一条様、これはもしかして……」
「ああ、そうかも。今度、確かめてみよう」
紗夜だけ首を傾げる。
「なんです?」
「いや、紗夜ちゃんも成長したって話」
さて、とおれは立ち上がる。
「じゃあ紗夜ちゃん、今日はお疲れさま。おれたちはそろそろ行くよ」
「先生たちもお帰りですか?」
「いいえ、迷宮へ入ります」
「こんな時間に? もう夕方ですよ?」
「そうなんだけどね、嫌な予感がするんだ。ね、フィリアさん?」
「はい。魔物除けも無しに、ずいぶん長く潜りっぱなしの方がいるのです」
「でも、そういうのって自己責任って前に言ってませんでした?」
「もちろんそうだよ。でも、あのときは準備不足だったから厳しめに言ったけど、助けられる状況なら見捨てないのが、おれのスタンスなんだ。それに……」
悪戯っ子みたいな笑みを浮かべると、フィリアは察してくすりと笑う。
「はい。押し売りするには、とても良い機会です」
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