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第20話 それがわたくしの夢なのですから

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「……よろしければ、わたくしのうちにいらっしゃいませんか?」

「君のうちって、お婆さんの家のほうかい?」

「はい、政府の方々は宿舎を用意してくださいましたが、わたくしの居場所はあちらのほうだと思っておりますから」

「迷惑じゃないかな?」

「お婆様は、歓迎してくださいますよ」

 フィリアは儚げに目を細める。

「それに、これはわたくしの夢でもあるのです」

「夢?」

「一条様は、たとえ迷宮ダンジョンを完全攻略しても、転移の謎が解けるとは限らないと仰いました。わたくしもそう思います。異世界リンガブルーム人は、この国の、この小さな島でずっと生きていくしかないのかもしれません」

 俺自身、なぜ向こうへ行って、なぜ帰ってこれたのか未だにわからないのだ。残酷な話だが、フィリアたちが永遠に帰れない可能性だってある。

「だからわたくしは、覚悟を決めたのです。それならばいっそ、ここをわたくしたちの居場所にしよう、と。今はまだ居候いそうろうの身ですが、いずれは土地やお家を買って……居場所を失くしたり、見つけられない方たちの受け皿になろう……と。お婆様が、わたくしたちにしてくれたように……」

「そうか。だからあんなにお金にこだわっていたんだね」

「はい。少々強引に請求して、不快に思われたかもしれませんが……」

「いや、君は一度も不当な請求はしてない。いつも充分以上の対価があった。それと比べれば、さっきの記者や、給料分の仕事をしてるのかも怪しいお役所のほうがずっと不快だよ」

「そう言っていただけて嬉しいです。一条様に嫌われていたらと思うと、不安でしたから」

 はにかみの笑みを浮かべてから、フィリアはこちらの手を差し伸べた。

「だから……わたくしが、貴方の受け皿にもなれたら……と思うのです。それがわたくしの夢なのですから、ぜひ頼っていただきたいのです」

 おれはその手に自分の手を重ねる。柔らかくてあたたかい。

「いい夢だ。お世話になるよ」

 それから、おれたちは紗夜が待つ役所の休憩スペースに戻った。

「ごめん。こんなに待たせるなら、紗夜ちゃんには帰ってもらったほうがよかったも」

「いえ、あたしが勝手に待ってただけですから。でも、取材って時間がかかるんですね」

「そうだね。まあ、フィリアさんとも話があったし」

迷宮ダンジョンのお話ですか?」

「いや、これから一緒に住もうって話」

「わあ、おめでとうございます! あたし、そうなんじゃないかって思ってたんです。おふたりはお似合いですもん!」

 フィリアはにわかに慌てた。

「そ、そういう話ではなく! わたくしたちは、そういう関係ではありません!」

 悪戯心が芽生えて、おれは落ち込んだふりをした。

「違ったのか……。おれ、てっきりそういう話だと思ったのに……」

「い、一条様っ、からかうのはよしてください! 買っていただいた分は請求いたしますよ!?」

「えー、なにも買ってないのに」

「わたくしの不興をお買い上げいただきました!」

 冗談を言い合って楽しく笑う。きっとフィリアの家に行っても、こんな風に過ごせる。

 そう思っていたのに、現実はなかなかうまく行かないものだ。


   ◇


「お支払いの期日は、まだ先のはずでしたが?」

 フィリアの家の玄関前に、ガラの悪い男たちがいたのだ。ふたりのうち一方は、おれが2回も寝かしつけてやった趣味の悪い柄シャツの男だ。

 フィリアの冷たい問いかけに、リーダー格のスーツの男が鋭く目を細める。

「いえ実はですねえ、昨日の怪物騒ぎでうちの事務所も焼けてしまいましてね。色々と物入りなんですよ」

「それはお気の毒ですが、貴方がたの都合で決められた期日を前後されては困ります」

「いやいや困るのはこちらですよ。契約の内容をお忘れですかねぇ」

 スーツの男は契約書を取り出し、広げてみせた。ある箇所を指差す。

「ここに書いてあるでしょお? 非常時なら貸主の意志で変えられるんですよ。期日も、返済額も。私ら、なんにも悪くないんじゃないですかねえ?」

「ちょっと失礼」

 おれはその契約書を確認させてもらう。確かにそう書いてある。これだけじゃない。他にもやつらに都合のいい内容のオンパレードだ。今回の箇所でなくても、債務者を縛ることはいくらでもできる。

 金利も異常だ。もし華子婆さんが年金だけで払い続けていたら、利子が積もり続けて、一生かけても返済できなかったろう。

「こんな契約は違法だ……と言っても無駄なんだろうね?」

「どうでしょうかねぇ。借りたものを返さないってのは、法律が許しても世間様が許しますかねぇ?」

 おそらく法的手段に出ても、騒音や落書き、ご近所への悪評などを立てて精神的に追い詰めてくる気だろう。耐えきれず家を放棄せざるを得ないかもしれない。思い出のために守りたかった家の、最後の思い出が、最悪のものになってしまう。

 柄シャツがニヤニヤと笑いながらガンをつけてくる。

「そういうことだよ、兄ちゃん。てめえの出る幕じゃねえ」

「困ったときはお互い様と言うじゃないですか。私らは、婆さんの息子さんが困ってた時に金を貸して助けたんです。今度は私らを助けてくれてもいいんじゃないですかねえ?」

「……今月分だけでよろしいのですか?」

 スーツの男は、大げさな動きで首を振った。

「そんなわけないじゃないですかあ。事務所焼けてんですよお? 本当は残額を一括返済していただきたいんですがねぇ。ま、私らも鬼じゃないんで。その半分ってとこで、お願いしたいですねえ」

 フィリアの顔が険しくなる。おれは小声で問いかける。

「貯金、足りる?」

「わたくしが稼いだ分だけでは……」

 耳ざとく聞いていた柄シャツが、粘着質な笑みを見せる。

「おほっ! やっとこの日が来たなぁ! フィリアちゃん、お仕事けってぇーい!」

「まあそういうことです。フィリアさんには約束通り、うちの店で働いて残りの借金を返してもらいます」

「ずっと味見したくてたまんなかったんだよねえ。兄ちゃんには悪いけど、お先にぃ」

 柄シャツが舌舐めずりして、フィリアの手を取ろうとする。

 瞬間、おれは荷物から取り出したでその手を払った。

「おう!? なにしやが――ぶべっ!?」

 さらに頬を強打する。もっとも、大して痛くはないだろう。

 それは所詮は、紙束に過ぎないのだから。

「金ならここにある」

 おれはグリフィンの討伐賞金を、やつらの足元にドサドサとぶちまけてやった。
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