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第11話 お金がないと、幸せになれませんから

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「これはなかなか調子がいいです」

 昼食後、もうひと狩りしてみたところフィリアはご機嫌だった。

 おれのほうも、かなり調子がいい。

 予想していた通り、魔物モンスター料理を食べれば、通常より多めに魔素マナを取り込むことができるらしい。

 迷宮ダンジョンに入った時よりもずっと体に力がみなぎっている。それはフィリアも同じようだ。

 とはいえ、エッジラビットが弱い魔物モンスターのせいか、蓄えていた魔素マナも少ないらしく、取り込めた量は大したことはない。本来の力の1割を発揮できる程度だろう。

 それに、こうしているうちにも体内の魔素マナは徐々に放出されてしまっている。

 料理を食べたあとに発動する、一時的なブーストといったところか。恒常的な効果はないものの、迷宮ダンジョン探索に有効な手段だ。

「わあ……おふたりともすごいです……っ。やっぱりあったかいごはんって、元気が出るんですねっ」

 おれたちの活躍に紗夜は喝采していた。そういう彼女も、おれたちの動きを模倣して、エッジラビットの何匹かを仕留めるのに成功している。

 素直だから覚えがいいのだろう。

「さて、今日はもう帰ろうか」

 これなら紗夜も、今後やっていけるだろうと思えたところで撤収を宣言。

 3人で入口へ引き返していたところ。

「うぁああ!」

 何人もの冒険者が、叫びながらおれたちを追い越していった。

 それらの叫びにつられてエッジラビットが集まってくるが、その冒険者たちは一目散に外へ向かって走るのみ。

「なんだ?」

 振り返ると、さらに幾人もの冒険者が逃げてくるのが見えた。

 バックパックを放棄している者さえいる。

「賞金首だ、賞金首! 強すぎる! 逃げろ、殺されるぞ!」

 喚き散らしながら走る者もいる。

 反対に、賞金首と聞いてあちこちから逆走していく冒険者の姿も見られた。

「今日こそ仕留めてやる!」

「賞金は俺のもんだ!」

 それらはみんな高価そうな銃火器を持っている。

「賞金……」

 そしてフィリアも、ふらりと踏み出しそうになる。おれはそれを止めた。

「グリフィン相手じゃ、君の腕と装備じゃきつい。狙うにしても、今じゃない」

「ですが……いえ、仰るとおりですね。先ほどの食事の効果も切れてしまったようですし」

「おれも今日は準備不足だ。でも大丈夫、先は越されないよ。どうせ彼らの手に負える相手じゃない」

「あの、でも、それなら助けに行ったほうがいいんじゃ」

 紗夜が、おれと洞窟の奥を交互に見ながら、心配そうに口にする。

「いや、親切に警告してくれてる人がいるのに向かっていくんだ。これ以上は自己責任だよ。自分の実力と獲物の強さを比べて、稼ぎつつ生きて帰れる選択をするのがプロだ。それができなきゃ死ぬ。冒険者っていうのは本来こういうものなんだ」

「そう、なんですね」

「君はどうする? そのナイフがある分、他の人よりずいぶん有利に戦えると思うけど」

「あたしは……逃げます」

「いい選択だ。君はきっといい冒険者になれる。おっと」

「きゃっ」

 逃げるのに夢中で突っ込んできた冒険者と衝突してしまう。おれは咄嗟に目の前の紗夜を庇ったが、フィリアは弾かれ、転ばされてしまった。

「大丈夫かい?」

 すぐ助け起こすが、フィリアは痛みに顔を歪ませる。

「不覚です。足を捻ってしまいました」

 おれはすぐ自分のバックパックを下ろした。フィリアに背中を向けてしゃがみ込む。

「わかった。おれがおぶっていく。乗ってくれ」

「ですが一条様……」

「はやく。他の魔物モンスターも集まってきてる。すぐ離脱しないと面倒だ」

「わ、わかりました」

 ほんの少しの逡巡しゅんじゅんのあと、フィリアはおれのおぶさった。

 下ろしたバックパックは肘の辺りに引っ掛け、フィリアが落ちないよう、彼女の太ももをしっかり把持する。

 迷宮ダンジョンの外へ出て、獲物の換金は後回しにしてゲートの外へ。

 そこで一旦フィリアを下ろし、捻った足の様子を確認。腫れている。軽く手当はしておくが、このまま歩くのは痛くてつらいだろう。

「紗夜ちゃん、おれはフィリアさんを送っていくよ。君とはここで解散になっちゃうけどいいかい?」

「はい、あたしは大丈夫ですっ」

「一条様、そこまでしていただくわけには……」

「遠慮しないで。無理したらその分、仕事に支障が出るんだ。稼げなくなってもいいのかい?」

「うぅ……ぐうの音も出せません……」

 フィリアは観念して、またおれにおぶさった。

 紗夜と別れて、フィリアに自宅へ案内してもらう。

 フィリアは落ち込んでいるのか、声に元気がなかった。

「本当に、不覚でした。魔物モンスター相手ならまだしも、人に押されて怪我をしてしまうなんて……」

「運が悪かったんだよ」

「……もっとお金を稼がないといけませんのに……」

 おれは気になっていたことを、思い切って尋ねてみる。

「フィリアさんは、なんでそんなにお金にこだわってるんだい?」

「お金がないと、幸せになれませんから」

「そうかな。お金じゃ買えない幸せだってあると思うけど」

「それはお金がある方の言い分です。本当にどうしようもない状況をご存知ないのです。無力な幼子が空腹で泣いているときに、パンひとつ買ってあげられないつらさを知らないのです……」

「……ごめん、失言だったよ」

「いえ。ところで一条様、今回の代金は……」

「気にしないで。これはおれの善意だ。お助け料なんて取らないよ」

「いえ……払っていただけませんと」

「えっ、なんで?」

「わたくしの、お、おしりや太ももを触っております……」

「いや、それはおぶっていくためで」

「ですが、乙女の肌です。ただで触れられるとは思わないでいただきたいのです」

「えぇー……」

「なんて、冗談です」

「もう。そういう冗談はよしなよ? お金を払えばたくさん触っていいのかって迫ってくる輩もいるんだから」

「平気です。言う相手はちゃんと選んでおります」

「案外おれがその輩かもよ?」

 するとフィリアは、おれの耳元でささやいた。

「では、どうぞ?」

 どきり、と胸が高鳴ってしまうが、もちろんそんなことできるわけがない。

「ほら、一条様は平気です」

 どうやらフィリアのほうが一枚上手のようだ。

 やがて辿り着いたフィリアの家の様子は予想外で、おれは驚いてしまった。
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