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11.わたしの宝物
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「昨日のインステ、ユイの愛があふれてたな」
翌日の放課後、教室に残って学級日誌を書いていたら、突然目の前で声がして、ビクッと肩が跳ねる。
「も、もうっ、突然話しかけられたらびっくりするでしょ!?」
まだドキドキする胸を押さえたまま顔をあげると、わたしを見おろす桜井くんと目が合った。
「わたしのインステ、見てくれたんだ。ありがとう」
「ああ。その……よかった。ユイが元気そうで」
そう言って、桜井くんがへらっと笑う。
ひょっとして、心配してくれてたの?
「うん。わたしには、エマちゃんがいてくれるから」
「そっか。仲直りできたんだな」
わたしがこくりとうなずくと、桜井くんが「よかったな」と言ってくれた。
そのあとしばらくの間黙ってわたしの前に立っていた桜井くんが、わたしのとなりの席にどさりと腰をおろすと、ふぅーと大きく息を吐く。
えっと……まだなにか用なのかな?
首をかしげて桜井くんの方を見ていたら、黙って座っていた桜井くんが、前を向いたままゆっくりと口を開いた。
「……昔さ、演技のことをいろいろ言われたあと、俺、なに見ても笑えなくなっちゃったんだよね。さすがに、職業柄作り笑いくらいはできたけどさ。ずーっと心から笑えなくなってたんだ」
「そう……だったんだ」
そんなことがあったなんて……。
いつだってみんなの前では笑顔の桜井くんが、笑えなくなるなんて……その状況を考えただけで胸がズキズキする。
「そんなとき出会ったのが、モデルデビューしたてのユイだったんだ。なんていうか……もちろん素人っぽさはあるんだけど、すげーあったかい笑顔で、すげー応援したくなった。そんで……ユイの笑顔を見てたら、気づいたら俺まで笑顔になってた。『え、なにそれ、キモ……』とか言うなよ? 俺今、一世一代のカミングアウトしてんだからな」
「い、言わないよ、そんなこと」
こんなときまで、ワザとおちゃらけなくてもいいのに。
……それくらいわたしが、深刻な顔をしてたってこと?
こんなときまで、桜井くんに気を遣わせてどうすんの。
自分のほっぺたに手を当てると、ムニムニともみほぐす。
そんなわたしを見て、「ったく、なにやってんだよ」って苦笑いすると、桜井くんが言葉を続けた。
「ユイは、俺の恩人だってずっと思ってたんだ。ユイのおかげで、また自然に笑えるようになれたから。なのに、一年前に見たユイは、別人みたいになってて……。前の俺みたく、なんだかムリして笑ってるように見えたんだ」
あ……。多分、わたしは『そっち側の人』にはなれないんだって、いろんなことを諦めようとしていた時期だ。
「うん……。そうだったかもしれない」
わたしは、目を伏せて小さくうなずいた。
「俺は、俺をどん底から救い出してくれたユイに、こんなところでどうしても潰れてほしくなかったんだ。もっともっと活躍して、俺だけじゃなくて、もっとたくさんの人を笑顔にしてほしいって。ユイなら、きっとそれができるって思ってたから。だから、そのためなら俺はなんだってする覚悟だったんだ。なのに……この前は弱ってるおまえのことをさらに追いつめるような言い方して、ほんとにごめん」
わたしに向かって頭をさげる桜井くんに、ぶんぶんと首を横に振る。
「ううん! わたしにとっては、桜井くんこそ恩人なんだよ? 桜井くんがわたしを叱ってくれたおかげで、わたしの目で見てきたエマちゃんを信じようって思えたんだから。それに、もっともっとモデルのお仕事をがんばろうって思えるようになったのも、桜井くんのおかげ。だから、桜井くんには好きなお仕事をして、ずっと笑顔でいてほしいの。だってわたし、楽しそうに笑ってる桜井くんが――」
そこまで言って、慌てて続きの言葉を飲みこんだ。
「い、今のはナシ!」
かぁっと熱くなった顔を、桜井くんに見られないように右腕で必死に隠す。
今、わたしなにを言おうとしたんだろ?
混乱するわたしの方に、桜井くんが横からにゅっと手を伸ばしてくる。
え、な、なに!? と思って体を固くするわたしの頭の上にポンッと手を置くと、桜井くんは黙ってわたしの頭をわしゃわしゃとなでた。
「わわっ。ちょっと、やめてってば!」
桜井くんの手を慌てて振り払おうとしたときには、すでに桜井くんは立ちあがってわたしに背を向け歩きだしていた。
もうっ、今のはなんだったの!?
翌日の放課後、教室に残って学級日誌を書いていたら、突然目の前で声がして、ビクッと肩が跳ねる。
「も、もうっ、突然話しかけられたらびっくりするでしょ!?」
まだドキドキする胸を押さえたまま顔をあげると、わたしを見おろす桜井くんと目が合った。
「わたしのインステ、見てくれたんだ。ありがとう」
「ああ。その……よかった。ユイが元気そうで」
そう言って、桜井くんがへらっと笑う。
ひょっとして、心配してくれてたの?
「うん。わたしには、エマちゃんがいてくれるから」
「そっか。仲直りできたんだな」
わたしがこくりとうなずくと、桜井くんが「よかったな」と言ってくれた。
そのあとしばらくの間黙ってわたしの前に立っていた桜井くんが、わたしのとなりの席にどさりと腰をおろすと、ふぅーと大きく息を吐く。
えっと……まだなにか用なのかな?
首をかしげて桜井くんの方を見ていたら、黙って座っていた桜井くんが、前を向いたままゆっくりと口を開いた。
「……昔さ、演技のことをいろいろ言われたあと、俺、なに見ても笑えなくなっちゃったんだよね。さすがに、職業柄作り笑いくらいはできたけどさ。ずーっと心から笑えなくなってたんだ」
「そう……だったんだ」
そんなことがあったなんて……。
いつだってみんなの前では笑顔の桜井くんが、笑えなくなるなんて……その状況を考えただけで胸がズキズキする。
「そんなとき出会ったのが、モデルデビューしたてのユイだったんだ。なんていうか……もちろん素人っぽさはあるんだけど、すげーあったかい笑顔で、すげー応援したくなった。そんで……ユイの笑顔を見てたら、気づいたら俺まで笑顔になってた。『え、なにそれ、キモ……』とか言うなよ? 俺今、一世一代のカミングアウトしてんだからな」
「い、言わないよ、そんなこと」
こんなときまで、ワザとおちゃらけなくてもいいのに。
……それくらいわたしが、深刻な顔をしてたってこと?
こんなときまで、桜井くんに気を遣わせてどうすんの。
自分のほっぺたに手を当てると、ムニムニともみほぐす。
そんなわたしを見て、「ったく、なにやってんだよ」って苦笑いすると、桜井くんが言葉を続けた。
「ユイは、俺の恩人だってずっと思ってたんだ。ユイのおかげで、また自然に笑えるようになれたから。なのに、一年前に見たユイは、別人みたいになってて……。前の俺みたく、なんだかムリして笑ってるように見えたんだ」
あ……。多分、わたしは『そっち側の人』にはなれないんだって、いろんなことを諦めようとしていた時期だ。
「うん……。そうだったかもしれない」
わたしは、目を伏せて小さくうなずいた。
「俺は、俺をどん底から救い出してくれたユイに、こんなところでどうしても潰れてほしくなかったんだ。もっともっと活躍して、俺だけじゃなくて、もっとたくさんの人を笑顔にしてほしいって。ユイなら、きっとそれができるって思ってたから。だから、そのためなら俺はなんだってする覚悟だったんだ。なのに……この前は弱ってるおまえのことをさらに追いつめるような言い方して、ほんとにごめん」
わたしに向かって頭をさげる桜井くんに、ぶんぶんと首を横に振る。
「ううん! わたしにとっては、桜井くんこそ恩人なんだよ? 桜井くんがわたしを叱ってくれたおかげで、わたしの目で見てきたエマちゃんを信じようって思えたんだから。それに、もっともっとモデルのお仕事をがんばろうって思えるようになったのも、桜井くんのおかげ。だから、桜井くんには好きなお仕事をして、ずっと笑顔でいてほしいの。だってわたし、楽しそうに笑ってる桜井くんが――」
そこまで言って、慌てて続きの言葉を飲みこんだ。
「い、今のはナシ!」
かぁっと熱くなった顔を、桜井くんに見られないように右腕で必死に隠す。
今、わたしなにを言おうとしたんだろ?
混乱するわたしの方に、桜井くんが横からにゅっと手を伸ばしてくる。
え、な、なに!? と思って体を固くするわたしの頭の上にポンッと手を置くと、桜井くんは黙ってわたしの頭をわしゃわしゃとなでた。
「わわっ。ちょっと、やめてってば!」
桜井くんの手を慌てて振り払おうとしたときには、すでに桜井くんは立ちあがってわたしに背を向け歩きだしていた。
もうっ、今のはなんだったの!?
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