1 / 52
1.バレた!
1
しおりを挟む
「あれっ。ひょっとしてユイ?」
地元の小学校の卒業式を無事終え、進学予定の私立中の入学式を数日後に控えた四月のはじめ。
お目当ての品を無事ゲットして、ホクホクしながら本屋を出たところで、わたし綾瀬結花の名前を呼ぶ声が聞こえ、ギクリとして足を止める。
この呼び方は、小学校の友だちじゃない。
男子は『綾瀬』って苗字呼びだったし、女子にはだいたい『ユッカ』って呼ばれてた。
『ユイ』って呼ぶのは、お仕事の関係者くらいで……。
ギギギギッとぎこちなく声のする方へ顔を向けると、トレーニングウエア姿のひとりの長身の男の子が立っていた。
「げっ、桜井くん」
「ひどいな。『げっ』はないだろー」
「ま、まさかこんな近くに住んでるとは思わなかったよー」
手に持った収穫物を背中に隠しながら、あはははと引きつった笑みを浮かべてみせる。
桜井洸くんは、『Honey Bee』っていう女子中学生向けファッション誌のメンズモデルのひとり。
なんでそんな人がわたしのことなんか知ってるのかって?
実はわたしも『Honey Bee』の専属モデルのひとりだから……って自分で言ってていまだに信じられないんだけど。
「え、近くないけど。あっちにでっかい橋があるだろ? あれ越えた向こうから走ってきた。俺、こう見えて太りやすい体質だから、長距離ランニングが日課なんだよね」
桜井くんが、ふわっとした色素の薄い髪をうっとうしそうにかきあげる。
「橋って、あのきっついのぼり坂の橋の向こうから!?」
お父さんの運転する車でなら越えたことがあるけど、さすがに徒歩で渡ろうと思うようなレベルの橋じゃないんですけど。
しゅっとしたあごのラインに整った目鼻立ち、新中学一年生にして170cmをゆうに超える高身長。
みんなに愛想がよくて、こんなふうに言うのもなんだけど、わたしの通っていた小学校には絶対にいないようなチャラい雰囲気の桜井くんが、太るのを気にしてランニングが日課だなんて……想像したこともなかったよ。
「で? ユイはこんなとこでなにしてんの?」
「なにって……本屋さんで買い物?」
おねがいだから、それ以上は聞かないで。
「あー、そういえば今日って『魔術大戦』の発売日だっけ? 俺も買ってこっかな」
「なっ、なんでそれを……」
顔を引きつらせるわたしに、「これ」と言って、トントンと自分のお腹のあたりを指さす桜井くん。
それにつられて自分のお腹を見おろしてみて……血の気がさーっと引いていく。
そうだったーっ!
近所の本屋だし、一瞬で帰るし、このままでいっかー。どうせ誰かに会ったとしても、同じ小学校の子なら問題ないし――なんて軽い気持ちで、部屋着としていつも着ているどでかいアニメ柄のプリントTシャツ+スウェットパンツ姿。
しかも、落ち着いた赤フレームのメガネをかけて、背中まである長いストレートヘアはうしろでざっとひとつに束ねただけ。
絶対にだらしない格好で出かけちゃダメだって、マネージャーさんから口をすっぱくして言われてたのに!
だいたい素のわたしを見て、『Honey Beeのユイ』だって気づく人が、この世に存在するだなんて思ってもみなかったんですけど。
「おねがい! ここで見たことは、絶対誰にも言わないで」
「えー、どうしよっかなー」
ワザとらしくあごに手を当てて考え込んでいた桜井くんが、ニヤリとイジワルそうな笑みを浮かべる。
「そうだ。俺の言うことを聞いてくれたら、ヒミツにしてやってもいいけど?」
「え……」
これって、いわゆる脅迫っていうんじゃ……。
だって、こんなのわたしに拒否権なんかなくない!?
うぅっ、なんだか思ったよりも厄介な人にヒミツを握られてしまったような気がするんですけど。
後悔先に立たずって、こういうことを言うんだね、きっと……。
地元の小学校の卒業式を無事終え、進学予定の私立中の入学式を数日後に控えた四月のはじめ。
お目当ての品を無事ゲットして、ホクホクしながら本屋を出たところで、わたし綾瀬結花の名前を呼ぶ声が聞こえ、ギクリとして足を止める。
この呼び方は、小学校の友だちじゃない。
男子は『綾瀬』って苗字呼びだったし、女子にはだいたい『ユッカ』って呼ばれてた。
『ユイ』って呼ぶのは、お仕事の関係者くらいで……。
ギギギギッとぎこちなく声のする方へ顔を向けると、トレーニングウエア姿のひとりの長身の男の子が立っていた。
「げっ、桜井くん」
「ひどいな。『げっ』はないだろー」
「ま、まさかこんな近くに住んでるとは思わなかったよー」
手に持った収穫物を背中に隠しながら、あはははと引きつった笑みを浮かべてみせる。
桜井洸くんは、『Honey Bee』っていう女子中学生向けファッション誌のメンズモデルのひとり。
なんでそんな人がわたしのことなんか知ってるのかって?
実はわたしも『Honey Bee』の専属モデルのひとりだから……って自分で言ってていまだに信じられないんだけど。
「え、近くないけど。あっちにでっかい橋があるだろ? あれ越えた向こうから走ってきた。俺、こう見えて太りやすい体質だから、長距離ランニングが日課なんだよね」
桜井くんが、ふわっとした色素の薄い髪をうっとうしそうにかきあげる。
「橋って、あのきっついのぼり坂の橋の向こうから!?」
お父さんの運転する車でなら越えたことがあるけど、さすがに徒歩で渡ろうと思うようなレベルの橋じゃないんですけど。
しゅっとしたあごのラインに整った目鼻立ち、新中学一年生にして170cmをゆうに超える高身長。
みんなに愛想がよくて、こんなふうに言うのもなんだけど、わたしの通っていた小学校には絶対にいないようなチャラい雰囲気の桜井くんが、太るのを気にしてランニングが日課だなんて……想像したこともなかったよ。
「で? ユイはこんなとこでなにしてんの?」
「なにって……本屋さんで買い物?」
おねがいだから、それ以上は聞かないで。
「あー、そういえば今日って『魔術大戦』の発売日だっけ? 俺も買ってこっかな」
「なっ、なんでそれを……」
顔を引きつらせるわたしに、「これ」と言って、トントンと自分のお腹のあたりを指さす桜井くん。
それにつられて自分のお腹を見おろしてみて……血の気がさーっと引いていく。
そうだったーっ!
近所の本屋だし、一瞬で帰るし、このままでいっかー。どうせ誰かに会ったとしても、同じ小学校の子なら問題ないし――なんて軽い気持ちで、部屋着としていつも着ているどでかいアニメ柄のプリントTシャツ+スウェットパンツ姿。
しかも、落ち着いた赤フレームのメガネをかけて、背中まである長いストレートヘアはうしろでざっとひとつに束ねただけ。
絶対にだらしない格好で出かけちゃダメだって、マネージャーさんから口をすっぱくして言われてたのに!
だいたい素のわたしを見て、『Honey Beeのユイ』だって気づく人が、この世に存在するだなんて思ってもみなかったんですけど。
「おねがい! ここで見たことは、絶対誰にも言わないで」
「えー、どうしよっかなー」
ワザとらしくあごに手を当てて考え込んでいた桜井くんが、ニヤリとイジワルそうな笑みを浮かべる。
「そうだ。俺の言うことを聞いてくれたら、ヒミツにしてやってもいいけど?」
「え……」
これって、いわゆる脅迫っていうんじゃ……。
だって、こんなのわたしに拒否権なんかなくない!?
うぅっ、なんだか思ったよりも厄介な人にヒミツを握られてしまったような気がするんですけど。
後悔先に立たずって、こういうことを言うんだね、きっと……。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
オオカミ少女と呼ばないで
柳律斗
児童書・童話
「大神くんの頭、オオカミみたいな耳、生えてる……?」 その一言が、私をオオカミ少女にした。
空気を読むことが少し苦手なさくら。人気者の男子、大神くんと接点を持つようになって以降、クラスの女子に目をつけられてしまう。そんな中、あるできごとをきっかけに「空気の色」が見えるように――
表紙画像はノーコピーライトガール様よりお借りしました。ありがとうございます。
女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。
矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。
女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。
取って付けたようなバレンタインネタあり。
カクヨムでも同内容で公開しています。
紫苑くんとヒミツの課外授業
藤永ゆいか
児童書・童話
【第2回きずな児童書大賞エントリー作品】
中学生の咲来は、幼い頃からいつも
美人で成績優秀な双子の妹・聖来と比べられてきた。
毎日が苦しくて、泣きそうになる咲来に
ある日、優しく手を差し伸べてくれたのは
学年一の秀才・紫苑だった。
「俺と一緒に頑張って、聖来たちを見返してやろうよ」
そんな彼の言葉をキッカケに、咲来は
放課後毎日、紫苑に勉強を教えてもらうことになるが……?
「咲来って、ほんとに可愛いよね」
「頑張ったご褒美に、キスしてあげよっか?」
自分にだけ甘くて優しい紫苑と一緒にいると、
なぜか胸がドキドキして。
咲来は次第に勉強だけでなく、紫苑のことも
教えて欲しいと思うようになっていき……。
中学生のピュアな初恋ストーリー。
※他サイトにて執筆したものに、
いくつかエピソードを追加して投稿しています。
【完結】てのひらは君のため
星名柚花
児童書・童話
あまりの暑さで熱中症になりかけていた深森真白に、美少年が声をかけてきた。
彼は同じ中学に通う一つ年下の男子、成瀬漣里。
無口、無表情、無愛想。
三拍子そろった彼は入学早々、上級生を殴った不良として有名だった。
てっきり怖い人かと思いきや、不良を殴ったのはイジメを止めるためだったらしい。
話してみると、本当の彼は照れ屋で可愛かった。
交流を深めていくうちに、真白はどんどん漣里に惹かれていく。
でも、周囲に不良と誤解されている彼との恋は前途多難な様子で…?
校外学習の帰りに渋滞に巻き込まれた女子高生たちが集団お漏らしする話
赤髪命
大衆娯楽
※この作品は「校外学習の帰りに渋滞に巻き込まれた女子高生たちが小さな公園のトイレをみんなで使う話」のifバージョンとして、もっと渋滞がひどくトイレ休憩云々の前に高速道路上でバスが立ち往生していた場合を描く公式2次創作です。
前作との文体、文章量の違いはありますがその分キャラクターを濃く描いていくのでお楽しみ下さい。(評判が良ければ彼女たちの日常編もいずれ連載するかもです)
初恋の王子様
中小路かほ
児童書・童話
あたし、朝倉ほのかの好きな人――。
それは、優しくて王子様のような
学校一の人気者、渡優馬くん。
優馬くんは、あたしの初恋の王子様。
そんなとき、あたしの前に現れたのは、
いつもとは雰囲気の違う
無愛想で強引な……優馬くん!?
その正体とは、
優馬くんとは正反対の性格の双子の弟、
燈馬くん。
あたしは優馬くんのことが好きなのに、
なぜか燈馬くんが邪魔をしてくる。
――あたしの小指に結ばれた赤い糸。
それをたどった先にいる運命の人は、
優馬くん?…それとも燈馬くん?
既存の『お前、俺に惚れてんだろ?』をジュニア向けに改稿しました。
ストーリーもコンパクトになり、内容もマイルドになっています。
第2回きずな児童書大賞にて、
奨励賞を受賞しました♡!!
ミラー★みらくる!
桜花音
児童書・童話
楠木莉菜、中学一年生。
それはわたしの本来の姿。
わたしは莉菜という存在をずっと見ていた、鏡の中にいる、もう一人のリナ。
わたしは最初から【鏡】の中にいた。
いつから、なんてわからない。
でもそれを嫌だと思った事はない。
だって鏡の向こうの〈あたし〉は楽しそうだったから。
友達と遊ぶのも部活も大好き。
そんな莉菜を見ているのは楽しかった。
でも唯一、莉菜を悩ませたもの。
それは勉強。
そんなに嫌?逃げたくなるくらい?
それならかわってあげられたらいいのに。
その瞬間、わたしと莉菜が入れ替わったの。
【鏡】の中で莉菜を見ていたわたしが、束の間の体験で得るものは……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる