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7.優しい人
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その日の帰り道。
いつも通り、わたしから少し離れたところを歩く佐治くん。
いつも通りといえばいつも通りの光景なんだけど……ずっと黙ったままだと、なんだか息が詰まりそう。
とはいえ、今朝の話を蒸し返すのは気が引けるし、かといって楽しい話題を振れるほどしゃべるのも上手じゃない。
いったいどうしたらいいんだろう……。
「みゃーお」
どこかでネコの鳴き声がして、わたしはきょろきょろとあたりを見回した。
「あれっ? ひょっとして、この前の子かなぁ」
一匹の子ネコが塀の上を危なげなく歩いてくると、わたしの目の前にすとんと着地する。
「よかった。足、大丈夫みたいだね」
声をかけながらわたしがしゃがむと、もう一度「みゃーお」と鳴きながら、わたしの手にすり寄ってきた。
「ふふっ、くすぐったいよ」
わたしの手にじゃれつくように、ネコちゃんがその場でクルクルと回る。
……あ、しまった。佐治くんと一緒だってことを忘れて、思わずなごんじゃったよ。
「ご、ごめんね」
佐治くんの方を振り返りながら謝ると、「いや。俺のことは、気にしなくていい」と返事が返ってくる。
「なんでかわからないんだけど、動物に好かれることが多いんだよね」
佐治くんに言い訳しながらネコちゃんの頭をなでてやると、気持ちよさそうに目を細める。
「篠崎が優しい子だと、本能でわかるんだろ」
佐治くんの言葉を聞いた瞬間、かぁっと顔がアツくなって、口元がゆるむ。
「そ、そんなこと、ないと思うんだけど」
こんな顔、佐治くんには絶対に見せられないよ。
しばらくの間、黙ってネコちゃんをなでていたんだけど、だんだん沈黙にたえきれなくなってきた。
「ねえ、佐治くんもなでてみる?」
「俺はいい。いつも嫌われる」
「大丈夫だよ。この子、人懐っこいみたいだし」
「いい」
「でも、『いつも嫌われる』ってことは、本当はなでてみたいってことだよね?」
「…………」
小さくため息をつくと、佐治くんはわたしの隣にしゃがみ込んだ。
「ほら、なでてあげて」
おそるおそる佐治くんがネコちゃんに触れると、ネコちゃんは一瞬ビクッと身を引いてから、佐治くんの顔をじっと見あげた。
「ほら、だから……」
そう言いながら引っ込めようとした佐治くんの手に、「みゃーお」と小さく鳴きながら、ネコちゃんがすり寄っていく。
「ほらね。ネコちゃんも、佐治くんが優しい人だってわかってるんだよ」
「……うるさい。俺は別に優しくなんかない」
ネコちゃんをなでる佐治くんの顔を、気づかれないようにそっとのぞくと、困ったような、テレたような、複雑な表情をしていた。
ふふっ。なんだか、かわいい。
……なんて言ったら「うるさい」ってまた怒られちゃうかな?
わたしだけが知ってる、佐治くんのトクベツな顔。
一見不愛想で怖そうだけど、本当はとっても優しい人。
みんながそれを知ったら、きっともっとたくさんお友だちができると思うのにな。
「今朝はごめんなさい。佐治くんが言いたくないことを、無理やり言わせちゃって」
あんなに出てこなかった謝罪の言葉が、今はするりと出てきた。
「別に気にしていない。だから、篠崎も気にしなくていい」
ネコちゃんをなでながら、佐治くんが静かに言った。
「うん」
「じゃあ、そろそろ帰るか」
そう言いながら佐治くんが立ちあがるのと同時に、一台の乗用車がわたしたちの横に静かに止まった。
なんだろう?
車の方を見ようとした瞬間、乗用車の後部座席から出てきた誰かにうしろからはがいじめにされ、のど元になにかを突きつけられた。
……って、これ、ナイフ⁉
佐治くんが身構えたまま、「ちっ」と小さく舌打ちする。
恐怖で体がこわばって、声も出ない。
やだ。怖い、助けて……佐治くん……!
「なっ……⁉」
突然、わたしをはがいじめにしていた男が奇妙な声をあげ、それと同時に佐治くんが地面をける。
「きゃっ!」
どんっと背中を押され、そのまま前に倒れ込みそうになったわたしを、佐治くんが間一髪キャッチしてくれた。
チャリン! という金属音がした方を見ると、奇妙な形に曲がったナイフが転がっていて、バタン! とドアの閉まる音がするかしないかのうちに、乗用車は猛スピードで走り去った。
心臓が、飛び出してきそうなくらいドクンドクンと大きく打っている。
すごく怖かった。あのまま車の中に連れ込まれてしまうかと思った。
涙を必死にこらえ、わたしを抱きとめてくれた佐治くんの両腕をぎゅっと握りしめる。
でも、あの曲がったナイフ……いったいなにが起こったの?
「まったく。君には危機感ってものが、まるでないんだね。それでも若葉ちゃんのボディガードのつもり?」
そう言いながら現れたのは――。
いつも通り、わたしから少し離れたところを歩く佐治くん。
いつも通りといえばいつも通りの光景なんだけど……ずっと黙ったままだと、なんだか息が詰まりそう。
とはいえ、今朝の話を蒸し返すのは気が引けるし、かといって楽しい話題を振れるほどしゃべるのも上手じゃない。
いったいどうしたらいいんだろう……。
「みゃーお」
どこかでネコの鳴き声がして、わたしはきょろきょろとあたりを見回した。
「あれっ? ひょっとして、この前の子かなぁ」
一匹の子ネコが塀の上を危なげなく歩いてくると、わたしの目の前にすとんと着地する。
「よかった。足、大丈夫みたいだね」
声をかけながらわたしがしゃがむと、もう一度「みゃーお」と鳴きながら、わたしの手にすり寄ってきた。
「ふふっ、くすぐったいよ」
わたしの手にじゃれつくように、ネコちゃんがその場でクルクルと回る。
……あ、しまった。佐治くんと一緒だってことを忘れて、思わずなごんじゃったよ。
「ご、ごめんね」
佐治くんの方を振り返りながら謝ると、「いや。俺のことは、気にしなくていい」と返事が返ってくる。
「なんでかわからないんだけど、動物に好かれることが多いんだよね」
佐治くんに言い訳しながらネコちゃんの頭をなでてやると、気持ちよさそうに目を細める。
「篠崎が優しい子だと、本能でわかるんだろ」
佐治くんの言葉を聞いた瞬間、かぁっと顔がアツくなって、口元がゆるむ。
「そ、そんなこと、ないと思うんだけど」
こんな顔、佐治くんには絶対に見せられないよ。
しばらくの間、黙ってネコちゃんをなでていたんだけど、だんだん沈黙にたえきれなくなってきた。
「ねえ、佐治くんもなでてみる?」
「俺はいい。いつも嫌われる」
「大丈夫だよ。この子、人懐っこいみたいだし」
「いい」
「でも、『いつも嫌われる』ってことは、本当はなでてみたいってことだよね?」
「…………」
小さくため息をつくと、佐治くんはわたしの隣にしゃがみ込んだ。
「ほら、なでてあげて」
おそるおそる佐治くんがネコちゃんに触れると、ネコちゃんは一瞬ビクッと身を引いてから、佐治くんの顔をじっと見あげた。
「ほら、だから……」
そう言いながら引っ込めようとした佐治くんの手に、「みゃーお」と小さく鳴きながら、ネコちゃんがすり寄っていく。
「ほらね。ネコちゃんも、佐治くんが優しい人だってわかってるんだよ」
「……うるさい。俺は別に優しくなんかない」
ネコちゃんをなでる佐治くんの顔を、気づかれないようにそっとのぞくと、困ったような、テレたような、複雑な表情をしていた。
ふふっ。なんだか、かわいい。
……なんて言ったら「うるさい」ってまた怒られちゃうかな?
わたしだけが知ってる、佐治くんのトクベツな顔。
一見不愛想で怖そうだけど、本当はとっても優しい人。
みんながそれを知ったら、きっともっとたくさんお友だちができると思うのにな。
「今朝はごめんなさい。佐治くんが言いたくないことを、無理やり言わせちゃって」
あんなに出てこなかった謝罪の言葉が、今はするりと出てきた。
「別に気にしていない。だから、篠崎も気にしなくていい」
ネコちゃんをなでながら、佐治くんが静かに言った。
「うん」
「じゃあ、そろそろ帰るか」
そう言いながら佐治くんが立ちあがるのと同時に、一台の乗用車がわたしたちの横に静かに止まった。
なんだろう?
車の方を見ようとした瞬間、乗用車の後部座席から出てきた誰かにうしろからはがいじめにされ、のど元になにかを突きつけられた。
……って、これ、ナイフ⁉
佐治くんが身構えたまま、「ちっ」と小さく舌打ちする。
恐怖で体がこわばって、声も出ない。
やだ。怖い、助けて……佐治くん……!
「なっ……⁉」
突然、わたしをはがいじめにしていた男が奇妙な声をあげ、それと同時に佐治くんが地面をける。
「きゃっ!」
どんっと背中を押され、そのまま前に倒れ込みそうになったわたしを、佐治くんが間一髪キャッチしてくれた。
チャリン! という金属音がした方を見ると、奇妙な形に曲がったナイフが転がっていて、バタン! とドアの閉まる音がするかしないかのうちに、乗用車は猛スピードで走り去った。
心臓が、飛び出してきそうなくらいドクンドクンと大きく打っている。
すごく怖かった。あのまま車の中に連れ込まれてしまうかと思った。
涙を必死にこらえ、わたしを抱きとめてくれた佐治くんの両腕をぎゅっと握りしめる。
でも、あの曲がったナイフ……いったいなにが起こったの?
「まったく。君には危機感ってものが、まるでないんだね。それでも若葉ちゃんのボディガードのつもり?」
そう言いながら現れたのは――。
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