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大学生の二人

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 大学生の夏休みは長くて、高校の頃のような大量の課題もないから人によっては時間が有り余ってしまう。未雲は相変わらず柊明の家で好きなことをして――時々セックスもして、自堕落に過ごしていた。
 一度でも強烈な繋がりを体験してしまった今、暇さえあればキスをして、触って、身体を繋げた。セックスという行為に価値を見出したのではなく、互いの深くまで繋がっているような感覚に未雲は酔っていた。
 あとただ単純に、気持ち良い。好きな相手とする性行為はこんなにすごいのか、と未雲は施されるままに快楽を享受してどっぷりと柊明とのセックスにハマっていった。


 もう何度目になったか、同じベッドで柊明と朝を迎える。すでに彼は起きて横でスマホを眺めていた。

「……おはよ」
「起きた? おはよう」

 こちらを見ずにスマホ画面をスクロールする姿に少し苛立ちを覚え、思わず柊明の腕を引っ張る。すると彼は笑いながらこちらへ寄りかかってきて、当然横になっていた未雲は動けず押し潰された。

「あー、まじで重いからどいて」
「未雲が引っ張ったんじゃん」

 そう言いながらも柊明は起き上がって未雲の乱れた髪を梳いてやる。そんな一々の動作にさえ変にときめいて、誤魔化すように顔まで毛布を手繰り寄せた。

「そろそろ起きないと新幹線乗り遅れちゃうからね」

 毛布越しに頭を撫でられ、小さく返事をすれば隣の体温が消える。遠ざかる足音に自分もそろそろ起き上がらなくては、とまだ気怠い身体を叱責してやっと未雲は上半身を起こした。



 未雲はこれから柊明と一緒に帰省することになっていた。帰る家は違えど、互いの家はそれほど遠くもないので一緒に行きと帰り両方同じ時間の新幹線を選び、帰省中に会う予定もすでに立てている。
 なんでも前に二人で行った水族館が改修工事を経てリニューアルオープンしたらしく、未雲は母親からチケットを貰っていた。ちょうど二枚あるそれを握りしめて柊明を誘えば、彼は一瞬驚いた顔をしながらも快諾してくれた。

(水族館行ったのは付き合う前だったか)

 以前とどれくらい変化したのかは分からないが、せめて面影くらいは残っていてほしい。そう思ってしまうのは、やはり綺麗な思い出として自分の中で燻っているからだろうか。



・・・



 およそ二時間弱で着く地元は相変わらず暑くて生温い風が吹いていた。

「あっちも暑かったけど、なんだろ……暑さの種類が違う……」
「湿気がやばいんだよ多分」

 滲み出る汗を拭きながら重たいキャリーケースを引く。早く涼しい場所へ移動したいのに、駅から帰るのにも一苦労だ。

「水族館って明後日だよね?」
「うん。明日はそれぞれ予定あるし、連絡出来るの夜になるかも」
「無理しなくていいよ。明後日の集合時間さえ分かれば大丈夫」
「じゃあ当日もし何かあったら連絡する感じで」
「分かった。じゃあ、またね」

 そう言って、一旦二人はそれぞれの帰路に着いた。

 約束の当日。未雲はあくびを噛み殺しながらバスに乗って目的地へと向かっていた。丁度リニューアルオープンに伴い期間限定で水族館前まで走っているらしく、バスには家族連れや若いカップルも乗っている。
 あと少しで水族館に着きそうなので柊明に連絡を入れれば、そちらはもうすでに到着していたようで、『館内で待ってるね』という返信にスタンプだけ送り返してスマホを閉じた。

 バスの扉が開き、乗っていた人が我先にと降りていく。一番最後に降りてすぐ目に入ったのは、以前と雰囲気が違う現代的な建物と、大勢の人だった。
 まさか、地元でこんなに人が集まるとは。
 水族館に入るのも大変なほどの混み具合で、折角バスで涼んだというのにもう汗をかいている。
 なんとか館内に入ると、そこもまた今までと大違いの風貌をしていた。広い空間にエントランス、ショップ、カフェまで並んでいてスタッフらしき人がすぐ横のエスカレーターへ来訪客を案内している。どうやら、メインの部分は二階以降にあるらしい。
 この中で柊明を見つけられるだろうかと一抹の不安を覚えるが、すぐに視線の先で白い髪を見つけて急いで駆け寄る。他より身長が高めなのもあるが、こんな頭髪をしている人は田舎では中々いないので随分わかりやすい。

「柊明!」
「あ、未雲。良かった無事に会えて」
「すっごい人だもんな」
「ね、前とは大違い。そんなに人気なんだね」

 そんなことを話しながらエスカレーターへ続く列に並ぶ。思ったより進みは早く、すぐに二階へ着いた。
 自動ドアを抜けた先にはたくさんの小さな水槽が並んでいた。進んでいくと色とりどりの照明で装飾された撮影スポットもある。
 さらに奥へ進んでいくと今度はトンネル状の水槽が現れ、多くの人が上を見上げたり写真を撮っていた。

「わあ、こんなの出来たんだ」
「あの大きい水槽からこれにしたんかな」
「エイとかいるもんね。そうかも」

 もう少しその空間にいたかったが、人の多さに耐えきれず早々にリタイアして次のエリアへと向かう。今度は屋外のペンギンやイルカがいるエリアだった。
 海の近くにあるだけあって、外からは海が一望できた。暗い色の海はどこか悲しげに波音を立てている。陽の光を浴びてキラキラと輝く波飛沫がやけに懐かしかった。

「思ったより早く見終わっちゃったね。イルカショーあるみたいだし、それ待つまで下のショップとか見てようよ」
「あ、じゃあカフェも行きたい。少しお腹空いた」
「……朝ごはんちゃんと食べた?」
「食べたよ、パン一枚」
「それならいいけど。ほら、下降りよう」

 前を歩く柊明の後ろ姿を眺めながら、少し遅れてその後を追う。エスカレーターで降りる時、未雲はポツリと呟いた。

「全然前と違う場所になってたな」

 分かっていたことだけれど、もうあの時の面影なんか残っていなかった。
 全く動かないで目だけをこちらに向けていたあの魚は見当たらないし、大きな水槽なんか跡形もなく消えている。
 まるであの時の思い出も一緒に崩れてしまったようで、未雲は物寂しさを感じていた。

「……そうだね」

 相槌を打つ柊明は前を向いていて、顔は見えなかった。声だけでは判別が付かないが、彼も同じように心のどこかで寂しいと思ってくれていたらいいなと思った。







 久し振りに見たイルカショーも終わり、少しずつ館内の人も減っていく時間帯になる。最後に海を一望できるテラスへ移動して、二人はぼんやりと海に沈んでいく夕焼けを眺めていた。

「色々変わってたけど、楽しかったな」

 オレンジと水色が混ざった空を見つめて思ったことを口にする。しかし、隣からはなんの返事も無い。「柊明?」と横を見れば彼はこちらを――まるで思い詰めたような表情で――見つめていた。

「……未雲はさ、おれに聞きたいことないの?」

 たったこれだけの言葉だが、柊明が何を言いたいのか何となく理解する。
 全く触れずにここまで来れたのに、やはり過去を思い出すような場所に来たのが間違いだったか。恐らく柊明は高校の時のことを言っていた。
 別れて、全く話さなくなって、未雲だけが悪意に晒されたこと。もしかしたら柊明は自身のせいだと思い詰めているのかもしれない。それで贖罪のために今の今まで一緒にいてくれたのかも。そんな訳ないのに。全部自分が招いたことであって、柊明は全く悪くないのに。
 そんな気持ちを少しでも解消させてやりたくて、何より過去を蒸し返してまた関係が悪化するのを恐れて、未雲は最低限の言葉で答える。

「――そんなの、ないよ」

 一瞬の間が開く。柊明は感情の機微が読み取りづらい表情をさせて、ただ「そっか」と力無さげに笑っていた。

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