いつだって二人きりがよかった

ひなごとり

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大学生の二人

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 大学生になってから初めての夏休みがついにやってきた。周りが次々と休みになる中、何故か未雲はいくつものテストやレポートを抱え、結局本当の休みが来たのは8月が始まってからだった。
 未雲の夏休みの予定は柊明の家で自堕落に過ごすか、サークルの活動に顔を出すことくらいしかない。紫苑とは連絡こそ取っていても普段から遊びに出掛けるような間柄ではなかったし、柊明との関係がバレても困るので自分から誘うことも誘われることもなかった。


「明後日から泊まりだって。サークルの連絡見た?」
「あー、来てたの見た。天文サークルなのになんで昼から集まるんだか」

 すっかり自宅のようになった柊明の部屋で、二人は一泊二日の荷造りの準備をしていた。
 二人の所属する天文サークルは毎年夏に他大学と合同で集まり、昼はバーベキューを楽しみ夜は星を見て次の日に帰るという活動をしているそうだ。天文サークルのはずなのに星を見ることの方がおまけになっているような気がして、未雲は行くのを大層渋った。

「大学生なんてそんなもんでしょ、出会いの場を求めてるんだよ」
「……昼にバーベキューすることが?」
「そう。このサークル入った人の大半はこれ目当てだと思うよ」
「はあ……。ま、そこ星がよく見えるって言うから行くけど。その辺はちゃんとしてるんだよなあ」

 文句を言いながらも、なんだかんだ言って楽しみではある。未雲は柊明に選んでもらった私服を乱雑に詰め込みながら、来るその日を待ち侘びていた。



・・・



 サークル活動当日。朝から快晴、夜には星もよく見える予報だ。
 未雲は一人、ガラガラの電車に乗って目的地に向かった。
 柊明と一緒だと他の学生に何を言われるか分かったものではないので、このサークル活動中は夜の星を見る時間になるまで別行動を取ると未雲が決めたことだった。

 初回の歓迎会の時は柊明以外とまともに話していなかった未雲だが、その後の大学内でのサークル活動で数人の話が合うサークル仲間を見つけていた。特別一緒に行動するということはないが、学内で会ったら挨拶もするし、連絡先も交換している。
 その全員が今日の活動に参加すると話していたので、なおさら未雲は柊明と行動できなかった。歓迎会ですでに大勢に目撃されていたのだから今更と言えば今更かもしれないが。その時とはちょっと訳が違うので、念の為。

 そんなことを考えながらぼんやりと窓の外を眺めていると、アナウンスが目的地の到着を告げる。未雲は荷物を背負い、満点の星空だけを想像して重い足を踏み出した。




 バーベキューが始まったものの数分。

(やっぱ来るべきじゃなかったか……?)

 未雲はもう帰りたくなっていた。


 皿の上にはサークル仲間が取り分けてくれた肉や野菜が並んでいる。バーベキューなだけにどれも美味しくて話も弾んで想像よりずっと楽しいはずなのに、遠くの方から聞こえる声と見える光景が良くなかった。
 柊明が白い髪をキラキラと反射させながら、笑顔で周りの人と話している。その笑い声に誘われるようにまた人が増え、隣にいる女子なんかどんどん縮まる距離に顔を赤らめていた。その反対側では以前の歓迎会でも見た、柊明と一緒に来ていた男子が肩を組んではしゃいでいる。
 遠くといってもテーブルを二個挟んだ先にその光景は広がっていて、だと言うのに柊明はちっともこちらを見ようとはしなかった。
 ぐるぐる、ぐるぐる、腹の中にあるありとあらゆるものが混ざって気持ち悪い。バーベキューのために朝をわざわざ抜いて来たのがいけなかったか。いや、理由がそれだけでないことは分かっている。

 ――早く夜になってしまえ。
 まるで暗い闇の中でしか柊明と一緒にいられないと可視化されたようで惨めだった。そうしたのは自分自身だというのに、堂々と公に出来ない関係と臆病な自分が許せなかった。
 だから、早く夜になってほしい。その中でだけは、柊明がこちらを見てくれるから。




 「……あ、こんなところにいた」

 すっかり暗くなった頃。星を見るために各々が場所を選んでいる最中、誰もいない屋上で未雲が体育座りをして待っていると頭上から聞き馴染みのある声がした。
 見上げれば、先ほどまで全く自分を映していなかった瞳がこちらを見つめている。未雲は不貞腐れた態度で視線を下に降ろすと当て付けのように呟いた。

「……さっきまで一緒にいた人は? 随分仲良さそうだったのに」
「あ~、うるさかったから逃げてきた。それに」

 未雲と約束したからね、そう言って柊明は隣に座ると、肩が触れ合うくらいに距離を詰めた。

 夜といっても暑さは昼間と大して変わらない。それゆえ多くの生徒は室内で見える場所を探しているようだった……本当に探しているかは別として。
 おかげで未雲は一番の特等席に一人で座り、来るかも分からない相手を待っていた。

「ね、そろそろ顔上げてよ。一緒に星見るんでしょ?」
「ん……」

 その言葉に恥ずかしくなりながら、未雲は屋上に入ってから意図的にずっと下げていた顔を思い切り夜空へ向けた。
 途端、視界には辺り一面の星が広がる。星が多すぎて、夏の大三角さえ見つけるのに一苦労だった。

「あのぼやけてるのって天の川だよね」
「うん、そのあたりに夏の大三角もあるはず」

 空中で指を指しながら星座を探していく。高校生の頃を思い出すが、今はあの時のように涼しくもなければ場所も違う。何より柊明も知識があって一緒になって探している。それでも、今この瞬間の二人はあの時とそう変わっていなかった。
 同じ距離で、同じように懸命に上を見て、目をキラキラと輝かせている。

 ふと、隣を見ると柊明もこちらを見ていた。
 日光のない世界では柊明の白い髪も影を落とす。だというのに、その双眸だけはいつだって瞬いて、未雲の目を離さなかった。
 互いに無言になる。沈黙が続き、遠くの方で誰かの騒ぐ声が聞こえたがそれすら耳に入らなかった。
 顔が近付く。どちらかが口を動かせば、すぐにでもキスしてしまいそうな距離だ。

「柊明、」

 耐えきれなくなったのは未雲の方だった。声を出した途端、唇が当たる。そしてそのまま、二人は唇を重ねて互いの手を強く握り締めていた。








 「えぇ、柊明帰っちゃうの!?」

 案の定星を見ることはおろか、部屋でカードゲームをしていた先輩たちは心底残念そうに声を上げた。

「はい、実は急用が出来てしまって……。あと、未雲くんがちょっと体調が悪いみたいで、心配なので途中まで送ってあげようかと」
「詳しくは聞かないけどさあ。えーと、彼は大丈夫なの?」
「今はちょっと落ち着いたらしいので、できるなら今のうちに移動したいそうです。先輩方に迷惑かけるわけにはいきませんから」

 少しだけ圧のあるような言い方に、何かと詮索したがる目の前の先輩は名残惜しそうにしながらもすぐに退く。
 それでも何度か別の先輩や同級生に引き止められ、あからさまに苛立っていく柊明の様子を未雲だけが隣でまざまざと感じていた。
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