18 / 34
高校生の二人
17
しおりを挟むじわじわと太陽が真上から照りつける中、未雲は汗をかきながら一人バスを待っていた。日陰のないバス停はこの時期において死活問題だ。だからなるべく時間通りに家に出るのに、バスはいつも数分遅れる。たった数分でも暑さで脳がやられそうなのに勘弁してほしいところだ。
出発予定時刻から数分後、いつものバスがゆっくりとバス停の前へと停車する。目の前で開いた扉から一気に涼しい風が流れてきて、未雲は釣られるように急いで中へと乗車した。
教室に着くとそこはちょっとした騒ぎになっていた。一番窓側の後ろの方の席に生徒がたくさん集まっている。やっぱりこうなるのか、と未雲は大きな溜息が出そうだった。
正確には柊明の周りに人だかりが出来ていた。あれだけ未雲と一緒にいた彼が何事もなかったかのように一人で登校してきたところを見て、勇気ある一部の同級生が恐る恐る話しかけにいったのだろう。そしていつものように優しく受け答えをされ、たちまち彼の周りに人が集まったというところだろうか。
自分の席も他の生徒に占拠されており、これでは無事に辿り着ける気もしない。さてどうしたものか、と周囲を窺っていると話題の中心にいる人物が顔を上げた――丁度、視線が混ざり合う。
「っ……!」
前の優しい眼差しからは考えられないほど、鋭い視線だった。蛇に睨まれたかのようにそこから動けなくなり、声すら発することが出来なくなった。
「柊明くん?」
「柊明、どうしたんだよ」
柊明が急に黙ってどこかを見つめていることに気付いた周りの生徒が不思議そうにその目線を追った――そして、たくさんの目が未雲を捉える。
教室全体に気まずい空気が流れた。それは一瞬のことだったかもしれないし、長い時間だったかもしれない。けれど、未雲はそんなこと気にしていられなかった。
柊明が、視線をすっと前に戻す。そして「ごめん、話の続きなんだっけ」と話の途中だった同級生に向き直る。その生徒は未雲と柊明を交互に見ながら困惑しながらも、口角が上がってしまっているのがばっちり見えた。
そこからだ。自分に向けられる悪意がさらに酷くなったのは。
教室の隅でも、廊下を歩いている時でも。聞きたくもないのに耳には自分への蔑みや哀れみのこもった笑い声が入ってくる。どこかしらからずっと視線を感じる。
「ねえ、あの二人喧嘩別れしたらしいよ」
「ついに!」
学校にいるだけでずっとその悪意に晒され、未雲は今までに感じたことのない疲弊と孤独を体感していた。高校生になった頃は一人でいても平気だったのに、むしろその方が楽だったのに。
「噂だけど、未雲が柊明を脅してたらしい」
「付き合ってたのは本当なのかな」
自分を見つめる周りの目は前から悪意に満ちていた。柊明が来た後のさらに酷くなったそれさえなんとも思っていなかったのに、今ではもう耐えられそうにもない。親にこれ以上心配をかけたくないから何とか通っているが、毎朝学校を休みたくてたまらなかった。
――その点で言えば、今が高校三年の時期で良かったと心底思う。夏休みが近付いてくるとどの生徒も受験に気を取られて他に構う余裕がなくなり、次第に未雲と柊明についてとやかく言う人もいなくなっていった。相変わらず柊明はクラスの人気者だったが。
だんだんと興味も薄れていったのだろう。未雲は二年の夏前のような、ほぼ空気の存在に戻りつつあった。
その頃からだろうか、未雲は今までのものとは違うじっとりとして重たい視線を感じるようになっていた。焼けるようなそれに思わず振り返れば、その先には必ず柊明がいて、こちらをあの深い色の瞳で見つめていた。
気付くと目線はすぐに外される。その度に彼の笑顔を、温もりを思い出し、もうあの時のように手も繋げないのか、と思うと鼻の奥がツンとした。
「一人でも平気だったのに、あいつのせいでめちゃくちゃだ……」
未雲のか細い呟きは蝉の大合唱で描き消されていく。いつの間にか柊明と出会ってもう少しで一年が経過しようとしていた。あの頃の自分はこんなことになるなんて全く思ってもいなかっただろう。
もし一年前の自分に会えるなら、今すぐ海なんて行くなと言ってやりたかった。無意識に人との関わりを求めるなと叫んでやりたかった。
ただ、寂しかっただけだった。自分で人と関わるのをやめておきながら、一人は嫌で、かといって今更同級生に弱い部分をさらけ出すことなんて出来なくて。そんな時に自分のことを全く知らない柊明と出会って、つい欲が出た。
柊明のせいだ。
どこまでも責任逃れをしてしまう自分が嫌になる。それでも、彼のせいだと思っていないとどうにかなってしまいそうだった。
それだけが柊明との唯一残った接点のような気がして、忘れられるとも思えなくて、結局どこまでいっても彼との出会いは自分にとって大切なものだった。
高校生編 終わり。
2
お気に入りに追加
21
あなたにおすすめの小説
【BL】男なのになぜかNo.1ホストに懐かれて困ってます
猫足
BL
「俺としとく? えれちゅー」
「いや、するわけないだろ!」
相川優也(25)
主人公。平凡なサラリーマンだったはずが、女友達に連れていかれた【デビルジャム】というホストクラブでスバルと出会ったのが運の尽き。
碧スバル(21)
指名ナンバーワンの美形ホスト。博愛主義者。優也に懐いてつきまとう。その真意は今のところ……不明。
「僕の方がぜってー綺麗なのに、僕以下の女に金払ってどーすんだよ」
「スバル、お前なにいってんの……?」
冗談? 本気? 二人の結末は?
美形病みホスと平凡サラリーマンの、友情か愛情かよくわからない日常。
ヤンデレだらけの短編集
八
BL
ヤンデレだらけの1話(+おまけ)読切短編集です。
全8話。1日1話更新(20時)。
□ホオズキ:寡黙執着年上とノンケ平凡
□ゲッケイジュ:真面目サイコパスとただ可哀想な同級生
□アジサイ:不良の頭と臆病泣き虫
□ラベンダー:希死念慮不良とおバカ
□デルフィニウム:執着傲慢幼馴染と地味ぼっち
ムーンライトノベル様に別名義で投稿しています。
かなり昔に書いたもので、最近の作品と書き方やテーマが違うと思いますが、楽しんでいただければ嬉しいです。
目が覚めたら、カノジョの兄に迫られていた件
水野七緒
BL
ワケあってクラスメイトの女子と交際中の青野 行春(あおの ゆきはる)。そんな彼が、ある日あわや貞操の危機に。彼を襲ったのは星井夏樹(ほしい なつき)──まさかの、交際中のカノジョの「お兄さん」。だが、どうも様子がおかしくて──
※「目が覚めたら、妹の彼氏とつきあうことになっていた件」の続編(サイドストーリー)です。
※前作を読まなくてもわかるように執筆するつもりですが、前作も読んでいただけると有り難いです。
※エンドは1種類の予定ですが、2種類になるかもしれません。
陰キャ系腐男子はキラキラ王子様とイケメン幼馴染に溺愛されています!
はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。
まったり書いていきます。
2024.05.14
閲覧ありがとうございます。
午後4時に更新します。
よろしくお願いします。
栞、お気に入り嬉しいです。
いつもありがとうございます。
2024.05.29
閲覧ありがとうございます。
m(_ _)m
明日のおまけで完結します。
反応ありがとうございます。
とても嬉しいです。
明後日より新作が始まります。
良かったら覗いてみてください。
(^O^)
怒られるのが怖くて体調不良を言えない大人
こじらせた処女
BL
幼少期、風邪を引いて学校を休むと母親に怒られていた経験から、体調不良を誰かに伝えることが苦手になってしまった佐倉憂(さくらうい)。
しんどいことを訴えると仕事に行けないとヒステリックを起こされ怒られていたため、次第に我慢して学校に行くようになった。
「風邪をひくことは悪いこと」
社会人になって1人暮らしを始めてもその認識は治らないまま。多少の熱や頭痛があっても怒られることを危惧して出勤している。
とある日、いつものように会社に行って業務をこなしていた時。午前では無視できていただるけが無視できないものになっていた。
それでも、自己管理がなっていない、日頃ちゃんと体調管理が出来てない、そう怒られるのが怖くて、言えずにいると…?
初夜の翌朝失踪する受けの話
春野ひより
BL
家の事情で8歳年上の男と結婚することになった直巳。婚約者の恵はカッコいいうえに優しくて直巳は彼に恋をしている。けれど彼には別に好きな人がいて…?
タイトル通り初夜の翌朝攻めの前から姿を消して、案の定攻めに連れ戻される話。
歳上穏やか執着攻め×頑固な健気受け
鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる