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高校生の二人
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しおりを挟む春休みが終わり、積もっていた雪は溶け桜が舞う季節となった。
新学期が始まった学校はどこか浮ついた気分の学生たちでざわざわと騒がしい。特に新しいクラスでは誰が同級生になったか、ということで話題が持ちきりだった。
未雲たちのいる三年生の教室は二階にある。そこでもクラス替えが話題になっているが、その中でも皆が注目していたのがあの柊明がどのクラスになったかということだった。
一緒のクラスになれば少なくとも話しかける機会は増えるし、口実にもなる。去年は違うクラスで話す機会に恵まれなかったから今年こそは、と意気込むクラスメイトも後を経たない。
柊明と未雲がいつも通りバスで登校した時にはすでに大勢の生徒が集まっていた。柊明は「ちょっと通して~」と生徒の山をかき分けてクラス替えの用紙の前まで来る。人波に飲み込まれて離れないよう、互いに手を繋いで辿り着くと二人して「せーの、!」と自身の名前を探し始めた。
「わ、ほら! おれが言った通りでしょ!?」
突然、柊明が未雲の肩を揺さぶりながらわあっと大きな声を上げる。
この柊明の喜びようを見て大方の人間は察することができた――未雲と同じクラスになったのだな、と。
「え、あ本当だ」
未雲がやっと自分の名前を見つけて他の名前を確認すると、二人は同じクラスの欄に入っていた。何となく期待していたが、こうして現実になると嬉しいような気恥ずかしような、不思議な気分になる。
「……ねえ、未雲」
周りが生徒でごった返す中、柊明はひっそりと未雲の耳元で囁く。人混みの中どうしても周りとの距離が近くなるので、二人のその距離が勘ぐられることはなかった。
「これからはずっと一緒だね」
小さな笑い声とともに甘美な言葉が耳元で紡がれる。くすぐったさに身を捩ると、「もう行こう」と柊明に手を引かれて新しいクラスへと向かっていった。
同じクラスになってからというものの、二人は二年の時とは比べ物にならないくらい行動をともにしていた。登下校と昼休み、放課後――これでも十分多いが――だったのが、今では朝から夕方までずっと一緒にいる。
名前順で並んだ席は離れていたが、授業後の十分休憩に入ると柊明は必ず未雲の席へ行ったし、移動教室ももちろん一緒に移動していた。
そこで困ったのは他のクラスメイト、いわゆる柊明と話したいとずっと思っていた生徒たちだった。二人がずっと話しているので、まず話しかける機会がない。どれだけ機会を窺っても柊明が未雲から離れるのは殆どなかったし、未雲も未雲で以前のように鬱陶しそうにしている素振りもなかった。
自然と皆の視線は彼らに移り、まるで監視されているように周囲の空気がひりついていた。そうなってしまうと、どれだけその気はなくとも次第に周りは何かに勘づき始める。
「なんかさ、二人の距離って近くない?」
「二年の時は気付かなかったけど、ちょっと変だよね」
「もしかして付き合ってるとか?」
「えー! 信じられない」「えぇ、あいつらってそういう関係だったの?」
……ジクジクと、二人に降りかかる視線がおかしなものになっていく。未雲は何となく、その悪意に気付き始めていた。
・・・
すっかり春の暖かい時期となり、あれだけ満開に咲いていた桜はもうすでに散り始めている。未雲は柊明との花見の約束で、桜で有名な公園に来ていた。
「屋台たくさん並んでるんだね。人もいっぱいだ」
「この時期は有り得ないくらい人来るよ。いつもは閑散としてるのに」
「どうする? あの中入る?」
「うーん、できるなら行きたくないかも……」
申し訳なさそうに未雲が呟くと、柊明はパッと顔を明るくさせて「おれも」と言う。そうして手を繋ぐと、あまり人のいなさそうな屋台の並んでいない方へと移動した。
空いているベンチに座り、真上にある桜を眺めながら二人はしばし無言になる。等間隔に離れた別のベンチにはお年寄りやベビーカーを側に置いて桜を見ている夫婦がいて、どの人も静かに桜を鑑賞していた。
「……どんどん桜散っちゃってるね」
「風も強いし、来週には殆ど散りそう」
「儚いなあ」
「まあ、それが桜の醍醐味でしょ」
言った途端また風が吹き、散った桜の花弁がひらひらと舞って目の前に落ちてくる。
そういえば子供の頃に空中で掴めると良いことがあるなんて言ってたな、ふと昔のことを思い出して未雲は思わず手を前に差し出した。
花弁が不規則な動きで空中を飛んで、あと少し、というところで強い風が吹く。花弁は手を掠めて地面へと消えていってしまった。
手の平にはもちろん何もなく、ただただこんな子供じみたことをしている自分が残っただけ。そんな状況に恥ずかしくなって未雲は誤魔化すように一つ咳をした。
「あ、それ知ってる。桜を掴むと幸せなことが起きるんだっけ?」
「子供の頃にやってたなあって思い出しただけだし」
「おれもやってたよー。当時は本当にそんな奇跡が起きるって純粋に信じてて、すごい頑張ってた」
「……成功した?」
うーん、と柊明は暫く考え込んで、「掴んだことはあったかもしれないけど、もう覚えてないや」と何とも言えない答えを出した――前にも見たことのある寂しそうな横顔をしながら。
「じゃあさ」未雲は顔を正面に向けてまた手を空へ伸ばした。
「今からやろう。そんで、どちらかが掴んだら奢ってもらうことにしよう」
柊明が驚いてこちらを見てくるのは知らんぷりをして花弁を掴もうと躍起になって手を動かす。今は気恥ずかしさよりも胸中の靄を晴らしたくて精一杯だった。
「え!? 急に始めるのは無しだよ!」
不満を言いながらもさっきまでの表情はどこへやら、柊明はまたいつもの笑顔に戻って同じように懸命に手を伸ばす。
最初は互いに妨害していたのがいつの間にか協力プレイになっていて、最終的に一枚の桜の花弁を二人の両手を使って捕まえた。成功した途端、何してんだろと同じ気持ちだったのだろう。二人は顔を見合わせて堪えきれずに噴き出し、暫く声も出せないほどだった。
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